それを恋という

「それを恋って言うんだよ?兄さん。」


 夜、僕は動揺を隠しながら家に帰り、妹である音羽に色々と相談した。その中には有栖のことを考えるとドキドキすると言うのも含まれていた。


「……え?恋?」


「そうだよ。それが恋って言うんだよ。」


 音羽曰く、僕のあの気持ちは恋らしい。自分自身では自覚がないのだが。


「自覚ないんだけど。」


 すると音羽は目を細めて呆れた様な視線で僕を見た。


「そりゃ、兄さん恋愛したことないじゃん。」


 正論だった。今まで僕は恋愛をした事はおろか、誰かを好きになった事すらなかった。だからこそ僕には恋という気持ちがわからない。


「まぁ、あれだけ猛烈にアプローチされれば兄さんも惚れるってことかなぁ。」


「僕は墜ちたのか?」


「完璧に墜ちてるねそれ。」


「まじか…」


 僕って意外とちょろいのかもしれない。だって昨日まではこんな気持ち抱いていなかったから。有栖のことは友達だと思っていたから。


「僕ってちょろいか?」


 すると音羽は首を捻って


「ちょろくはないんじゃない?だってあれだけアピールされたら誰だって落ちるよ。だって有栖さん可愛いもん。」


「な、なんか少し安心した…」


 ちょろくはないらしく、かなりの安堵感に包まれる僕。だが、あることを思い出し、今度は罪悪感に駆られ出した。


「明日汐恩とのデートだった。」


 僕はどうやら有栖に惚れてしまったいるようなので、汐恩にはもう勝ち目がなかった。申し訳ない。


「あらら〜?汐恩さん可哀想に〜。」


 音羽がわざとらしく煽ってくる。


「他人事だと思いやがって…」


「他人事だし。」


「……くそぅ。」


 なんとも言えない気持ちである。ただ、これは汐恩とデートをするべきなのか?もう落とすことができないことが確定しているのにデートをしたって、汐恩を傷つけるだけなんじゃないか?


「なぁ、このままデートしたとしても汐恩を傷つけるだけじゃないか?」


 すると音羽は苦笑して


「それでもしてあげるべきだよ。それを伝えるかどうかは兄さん次第だけど、最後くらいお願い聞いてあげたら?もう汐恩さんとデートはしないんだろうし。」


「……それもそうだな。」


 少しだけ苦笑。確かに落とせないのが確定しているのなら、僕がその立場だったとしても最後くらいデートをしたいかもしれない。それに


「有栖よりも汐恩の方が良い可能性もあるしな。」


「その発言クズ男のだよ?」


「じょ、冗談だよ…」


 いやでもあり得る話ではあるのだ。事実、僕は何度か汐恩には惚れかけている。汐恩は無駄な一言さえなければ可愛いのだ。有栖と同じくらいには。


「ふふ。僕って幸せ者だよなぁ。」


 思わず笑う。こんなにも愛されてこんなにも僕のために奮闘してくれる人がいて、これを幸せ者だと言わずになんと言うのだろう。


「兄さんは今幸せ?」


 音羽がニコニコしながら聞いてくる。なんか本当にこいつが母親に見えてくる。ていうか、


「その質問前にもしただろ。」


「そうだけど聞きたくなったんだよ。それで、幸せなの?」

 

 その問いに僕は自信満々に答えた。


「幸せだよ。そりゃもう、過去1。」


「そっか!」


 音羽はなぜか僕の答えに喜んでいた。僕が誕生日プレゼントあげた時よりも喜んでるけど……まぁ、僕の幸せを喜んでくれるのは素直に嬉しいので、深く考えないことにした。


 そこからはいつも通り少しだけ話して、寝ることにするのだった。


 僕は明日の汐恩とのデートで有栖に惚れてしまったことを汐恩に伝えるのだろうか。伝えた方が良いのだろうか。それがわからず、考えていたら気がつけば寝ていて、気づけば朝になっているのだった。

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