汐恩とのクリスマスデート

 今日は12月25日。クリスマスイブの次の日、クリスマス本番である。この日はさまざまな恋人がデートに出かけたりすることだろう。そして、それは僕も同じである。


 昨日は有栖とデートをしたが、今日は汐恩とのデートの日だった。有栖とのデートの前に感じたワクワク感は今は感じず、ただただ罪悪感が募っていく。だって、僕はもう有栖に惚れてしまっているから。その事実を汐恩は知らないまま、今日僕とデートをするのだから。その汐恩の心境を考えると、とても楽しむ気にはならなかった。


「楽しめるかなぁ〜。」


 1番の懸念点はそこである。せっかく誘ってくれたデートなのに、楽しまなければ不快感を与えることになってしまう。だが、本気で楽しんだとして、僕が汐恩に惚れたと勘違いされてしまったら、汐恩は傷つく。絶対だ。なぜ断定できるのかと言うと、僕が同じ立場だったら絶対に傷つくからだ。


「ほら、いつまでもダラダラしてないでシャキッとしなさい!」


 ソファでグデーっとしてると後ろから音羽に叩き起こされる。


「お前は僕の親かっての。」


「妹だけど?」


「知ってるけど?」


 知ってますけど??てかなんでマジレスで返すのさ。


「そんな雰囲気でデートしたら汐恩さんも楽しめないでしょ!」


 つまるところ、僕にはデートを楽しむ義務が存在するといことか。だが、それでも僕に今回のデートを楽しむ権利があるとは思えない。楽しんでしまったらそう言ったそぶりを見せてることになりそうだからだ。僕は女たらしじゃない。


「楽しんでも良いのかな?」


 すると音羽はニコッと笑って


「もちろんだよ!」


「………ハッ。」


 音羽にそう言われ、僕は今までの自分の考えを笑い飛ばす。


「確かに、誘ってくれたデートなんだ。楽しまなくちゃいけないよな。」


 そこで気がつく。今までの決断の全ては、音羽の助言により決めることができていた。僕は音羽が居なくなったらダメかもしれない。そう思ってしまった。


 音羽に彼氏なんて作られてしまったら終わりだ。そうしたらこんなダメダメな僕を見放すに違いない。だから僕は


「音羽!お前は彼氏を作るんじゃない!お前には僕がいるから彼氏を作るんじゃない!」


「いや、それ有栖さんへの浮気宣言だからね。それに、兄弟という壁があるのでごめんなさい!」


「いや、有栖とはまだ付き合ってないから…」


「はい言い訳。兄さんその癖直さないと有栖さんに見放されるよ?」


「…うぐ…」


 それだけはダメだ。多分僕立ち直れなくなっちゃう。


「……やばっ!」


 時計を確認して、集合時刻が迫っていることを確認する。思うんだが、僕いつも慌ててない?


「じゃ、行ってくる!」


 僕はそう叫び、返事が聞こえるよりも先に家を飛び出した。




 僕はダメダメかもしれない。だって、2連続で女の子に先を越されて集合されてしまっているから。


「お、おはよう。」


 なぜかすらっと言葉が出ず、一度噛んでから挨拶をする。すると、汐恩はにっこりとした顔で振り返って


「おはよ!秀!」


 と元気に挨拶をしてきた。この笑顔を見て、僕は決意を固めた。今日、僕が有栖に惚れてしまったことを伝えなければ、きっと汐恩に対する裏切りになってしまう。汐恩だって本当のことを知りたいだろう。だから、時を見計らって言うことにしよう。


「それじゃ、行くわよ!」


 張り切って先導する汐恩。どうやら有栖の時とは違い、汐恩がデートプランを組んでくれていたようだ。だからこそ楽だったのだが、真実を伝える機会があれば良いけど…


 



 それから汐恩とはデートをし続けた。内容は、有栖の時とは違って学生がするようなショッピングがメインだった。まぁ、普通はこっちの方だろう。僕が少しズレていただけな気がする。


 今は14時。少し遅れた昼食を喫茶店でとっている。


「お前…そんな食ったら太るぞ…」


 僕はそう呟かずにはいられなかった。だって、汐恩と僕の目の前に広げられた料理は巨大パンケーキ。汐恩の注文だ。確かに、今回のデートで何かしらやるとは思っていたが、早い。想像よりも早くて驚いた。


「私、太らないのよ!」


 事実で言い返せないから腹が立った。


「羨ましいなぁ。その体質。」


「何言ってんの?あんたも重度に痩せてるでしょう?」


「それはそうなんだけど。」


 そうして話しているうちに、汐恩はパンケーキを食べ始めた。パクリパクリと大きい一口で、パンケーキは面白いように姿を消していく。僕も自分の頼んだパスタを食べていた。


 僕が自分のパスタを平らげた頃、汐恩のパンケーキの進捗具合を見ると


「お前……」


 硬直していた。まぁ、無理がある。こんな大きなパンケーキを女の子が一人で食べるなんて。


「秀手伝ってぇ〜。」


 間違いない。いつも思っていたが、こいつは正真正銘の馬鹿である。


「仕方ねぇな〜。」


 そう言いつつも、僕は汐恩がまだ手をつけていないところを食べ始める。


「あっま!」


 想像以上に甘かった。僕は大好きな甘さだが、普通の人なら多くの量は食べれないだろう。


 そうして汐恩のパンケーキをしばらく食べ続けて、僕はある重大なことに気がついてしまった。そう、それは


『間接キス』


 である。忘れていた。盲点だった。汐恩はなぜか気にしていないが、僕には色々な事情があるのだ。ここで初ファースト間接キスを捧げるのか?いや、それはダメだ。絶対にダメである。僕が許さない。ゆえに、僕がとった行動は


「もうダメだ………腹一杯だ…」


 諦めることだった。


「えぇ!?あと少しなんだから頑張りなさいよ!」


「いやだってそれお前が頼んだんだしあと少しなんだから食べろよ!」


「…………むぅ。」


 きつそうに少しムッとした表情になりながらも、少しずつ食べ進め、何も意識していなかったかのようにパンケーキを食べ終える汐恩。ほんと、なんでこんな意識しないで食べれるのだろうか。僕が純情なだけだろうか。うん。そうに違いない。そう思った途端なぜか良い気分になったのだった。




 それからも僕たちはデートを続けた。そして、今は夕方。僕のお願いで、休憩がてら公園に行こうと誘って今現在公園のベンチで座っているのだ。もう少しでデートも終わりみたいだから、ここで言おうと思ったのだ。だが、実際に言おうとすると言葉が出ない。だって、その言葉は間違いなく汐恩を傷つける言葉なのだから。


 僕がしばらく黙り込んでいると、汐恩が話しかけてきた。


「秀は楽しかったかしら?」


 いきなり話しかけられたので、少し驚きつつも汐恩の方を向く。


「あ、あぁ。楽しかったよ。」


 確かに楽しかった。だが、有栖とのデートには敵わなかった。まぁ、それは僕が惚れてしまったからなのだが。


「………よし!」


 覚悟を決めた。僕の言葉に、汐恩は疑問を抱いているようだが、関係ない。


「汐恩。」


 しっかりと汐恩の方に向き直る。


「な、何よ…」


 僕が真剣な表情をしている故か、少しだけビビる汐恩。


「大切な話があるんだ。」


「大切な…話?」


 おそらく、今から振られるなんて微塵も考えていないだろう。それどころか、告白されると考えている可能性もある。だからこそ、言いづらい。この話題を切り出しずらい。だが、ここまで言ったのだ。話さなければならないだろう。


「汐恩。今日のデートはすごく楽しかった。これは嘘偽りない本当の気持ちなんだ。」


 僕の言葉を真剣に聞く汐恩。胸が痛い。心が痛い。だが、僕は告げた。言わなきゃいけないから。だから言った。


「でも、僕は昨日有栖に惚れてしまったんだ。」


 その一言を。汐恩はしばらく惚けていたが、やがてハッとした表情になって、切なそうな笑みを浮かべた。


「そう……なのね。……」


 悲しそうにそう呟く汐恩を見ることができなくて、僕は視線を逸らす。


「…………ごめん…」


 僕は謝った。謝るしかできないから。


「で、でも、どっちも魅力的なのは確かで…」


「もう良いわよ。私は負けたんだから。」


 僕が言葉を言い終える前に、汐恩が僕の言葉を遮る形で、負けを認める発言をする。


「私が実力不足だっただけだから。秀が気に病む必要はないのよ。」


 くるりと振り返り、僕に背中を見せる汐恩。


「デートも終わったし、帰ろうかしら。」


 そう言い僕の前を歩き出す汐恩。その声はわずかに震えていた。






 私は今日この瞬間負けた。悔しかった。認めたくなかった。私は秀と関わり始めてからニ年経つ。その間の一年半くらいはずっとアプローチをしていたのだ。にも関わらず、2ヶ月アプローチをしただけの女に、秀は落とされてしまった。自分の実力不足だったことはわかっている。それでも、悔しかった。


「デートも終わったし、帰ろうかしら。」


 私はそう言い、くるりと身を翻し、帰り道を先導した。流した涙に気づかれないように。


 

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