クリスマスデート!

 目的地につき、僕たちは電車を降りた。目が覚めてから今の今まで、膝枕をされていたことに恥ずかしさを覚えて、有栖と目を合わすことができない。仕方がないだろう。僕だって男なのだ。あんなことされたら意識してしまうに決まっている。


「秀先輩。」


「ひゃ、ひゃいっ!」


 いきなり話しかけてくるので、辺な声が漏れた。


「何に驚いてるんですか…全く…」


 有栖は少しだけ呆れた様だった。


「それで、よく寝れましたか?」


 表情がガラリと変わり、笑顔になった有栖はそう聞いて来た。意地悪だよな。言ってないだけで僕が目を合わせない理由も驚いた理由も察してるだろうに。その上こんな質問をしてくるのだ。


「ま、まぁ、よく寝れたけど。」


 歯切れ悪く僕は答える。正直な話、家の枕じゃ物足りなくなるほどに寝心地が良かった。だが、そんなことを言えるわけがない。僕は変態にはなりたくないのだ。


「なら良かったですっ!」


 ぱぁぁぁっとした顔で笑う有栖。僕はその笑顔を、恥ずかしさを感じながら見るのだった。


 それから僕たちは繁華街に出向き、ぶらぶらとしていた。僕のプランではこの時間はこの辺りをぶらぶらすると決めていたのだ。まぁ、だからいろんな店を回っていたのだが、予想よりも有栖のテンションが高すぎてついていくのに必死である。


「秀先輩っ!これ食べませんかっ?」


 有栖が指を刺していたのは可愛らしいトッピングがされていたイチゴとチョコのクレープだった。そんなものを食べたいと言っている有栖にどきりとしながらも僕は首肯した。


「少しお腹すいたしちょうど良いかもな。」


 クレープが出来上がり次第、僕たちは少し歩いた先にある広場に行った。そうして僕たちは空いていたベンチに腰掛けてそれを食べ始める。


「はむり………お、美味しい…」


 あまりの美味しさに有栖は絶句していた。その姿を見て僕も一口。


「うま…」


 気がつけばその言葉が口から出ていた。甘すぎない生クリームにイチゴの甘さとそれに合うチョコの控えめな苦さと甘さ。うん。甘い物好き大歓喜である。


「秀先輩ってチョコ好きですか?」


 なぜ今この質問なのかと思ったが、それは口に出さない。


「好きだよ。僕は甘党だからね。」


 僕と言う人間は甘いものが大好きである。事故に遭う前はケーキ食べ放題の店によく通っていたものである。


「…あれ?」


 僕の突然の言葉に有栖はキョトンとした顔をする。


「どうしたんですか?」


「いや、事故遭う前は1週間置きくらいにケーキの店通ってたんだけど、場所忘れちゃってさ。」


「え、えぇ?そんなことありますか…?」


 ありえないと言った顔をする有栖。今では普通の表情だが、一瞬だけ顔が青ざめた様な気がした。気のせいだろうか。


「う〜ん。どこだっけなぁ。」


 またケーキを食べたかったので、僕は場所を思い出そうとするが、頭に靄がかかったかの様に思い出せない。


「そんなに気に入ってたのに忘れちゃったんですか?」


「まぁ、そう言うことになるかなぁ。」


 正直自分としてもなぜ忘れたのかわからない。普通、好きなものや好きな店を忘れるだろうか。まぁ、答えは否だろう。普通は忘れない。


 そこで僕はもう一つの違和感…いや、疑問を見つけ出した。


 僕って前まで甘いものって何食べてたんだっけ……


 かなり慌てたが、流石にこれを言うと有栖も驚いてしまうと予想し、このことは僕の中に止めておくことにした。以外にも冷静な自分に少々驚く。いつもの僕だったら慌てていただろう。だって、今の僕には、大袈裟に言うと記憶障害の様なものが起きていたから。まぁ、忘れたのはそれだけでそんな深く考える必要はないと結論づけた僕は、一旦そのことを忘れるのだった。




 あれから少し経って、僕たちは景色を観光し出した。今来ている場所は滝である。この国で確か3番目で大きい滝だっけ。迫力が凄まじい。


「すずしぃなぁ。」


 滝の風圧で押し寄せてくる風に身を委ねながら、僕はそう呟く。だが、有栖を見ると寒そうにしていた。そりゃそうだろう。今の季節は真冬なのだから。この滝ももう少ししたら凍るのだろう。だが、本当に凍るのだろうかと疑問に思ってしまうほどに迫力がすごい。


「本当に凍るのかね。」


 僕がそう独り言の様に疑問を口にすると、有栖は体をワナワナと震わせながらも


「凍るから写真になってるんですよ……サムッ…」


 寒そうにしている有栖を見て、自分の体が冷えて来ているのを自覚する。ここままここにいたら風邪をひきそうなので、僕たちは違う場所に観光をしに行くことにした。


 しばらく僕たちは歩いた。


「ぶっ」


 僕は吹き出した。有栖が困惑している。


「ど、どうしたんですか?もしかして、風邪ひいたんですか!?」


 慌てる有栖に対して僕は笑いながらも


「いや違うよ。なんか僕たち夫婦みたいなデートしてるよなって思って。」


 学生のデートというのはショッピングが主のような気がする。だが、僕たちのデートは自然を観光しに行っている。結婚した後の夫婦がしそうなデートである。


「ふふ。確かにそうかもしれませんね。でも構いませんよ。私は秀先輩と一緒にいられたらそれで良いですから。」


「ほんと、よくそんなセリフが恥ずかしげもなく言えるよな。」


 僕には一生できない芸当である。今は平気だが、駅から出た直後なんて、僕は有栖の顔さえ見ることができなかったのだから。愛の力、凄まじき。


 しばらくバスに乗り、僕たちはある山まで辿り着き、リフトに乗っていた。そして重大なことに気がついてしまった。滝は風圧で寒い。じゃあリフトはどうだろうか。そう。高度が高いせいで寒いのだ。


「ブエックションっ!!」


 僕は盛大に空中でくしゃみをする。その反動でリフトが揺れる。


「ちょちょ、先輩揺らさないでくださぁい!!」


 僕は寒がり、有栖は高所に怯えている。たが、有栖のその姿は木に登って降りれなくなった子猫を連想させた。うん。可愛い。それはもう見惚れてしまうほどに。


「……っ!!…あの、恥ずかしいのであまり見ないでください…」


 有栖にそう言われて初めて見惚れていたことに気がつく。


「わ、悪い……」


 うん。気まずい。しかも寒い。ここは地獄か?


 そう思っている隙に、リフトは頂上に到着した。頂上は、一度リフトから降りてから、山を一周したのちにリフトで下まで降りる様になっていた。


「ふぁぁ〜。」


 盛大な伸びと共に欠伸をする。厚着をしていたため、寒さはあまりなく、心地よい冷えた風邪が辺りに吹いていた。まぁ、ファッションをとって少し薄着になった有栖は寒そうにしてるんだけどね。


「行くか。」


 僕がそう言うと、有栖は頷き、着いてきた。


 山からは辺りの景色が一望できた。家の付近では見ることのできない街並みや、少し遠くにある海。普段見ない故か、そう言った景色を見るとぼーっとしてしまう。


「先輩、後ろ詰まってるんで行きますよ!」


「あ、あぁ悪い。ぼーっとしてた。」


 有栖の言葉で我に帰り、慌てて前に進む。


 今の僕たちは、周りからはどのように思われているのだろう。僕は急にそんなことが気になってしまった。


「なぁ、有栖。」


 山の周りを歩きながら、有栖に質問する。


「今の僕たちって周りからどんなふうに映ってるのか?」


 その問いに有栖は少しだけドヤっとした顔を浮かべて言った。


「カップルに違いありません!」


「そ、そんな自信持って言うことなのか…」


 まぁ、実際僕もそう思っていたし、周りにもそう思われているのだろう。でも、なんだろう。なぜか嬉しいと感じる自分がいた。


 ………なんで嬉しいって思ってるんだ?僕たちは恋人同士ってわけでもない。結局のところ僕たちは友達なだけであって、普通だったら勘違いされたら嫌に感じるはずだ。にも関わらず、僕は嬉しいと感じている。この気持ちは一体なんなんだ?


 結局、この気持ちの正体が掴めないまま、デートは過ぎていくのだった。

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