頭痛

「最近治安良くね?良すぎない?」


 テレビを見ながら朝食を食べ、呟く。最近は妙に治安が良い。いつもなら不謹慎かもしれないが、殺人事件や強盗事件で溢れかえっているニュースだが、子猫が保護されたや余命少ない子が治ったみたいな明るいニュースしかやっていない。違和感がすごいのだが。


「確かにそうかも。でも良いんじゃない?」


 音羽が返答する。


「まあな。でも違和感がすごくないか?治安が良いならそれで良いんだが、なんだか平和すぎてな。」


 変な感じだ。ていうか、思い出してみたら退院してから物騒なニュースを一度も見ていないかもしれない。


 まぁ、深く考える必要もないため、朝食をすぐに平らげる。


「ごっさん!」


 僕はそう叫び、着替えをして準備を進める。学校の支度をしていると、クリスマスデートのことを思い出す。


「あいつら怒らないと良いけど…」


 どっちかを振ると確実に死を感じるため、どちらともデートをすることにしたのだが、構わないだろうか。24日に僕と汐恩と有栖の三人で遊ぶ。完璧である。


 そういうわけでおそらく迎えにきているであろう汐恩に報告しようとして、家を出る。


「行ってきます!」


「はいはい。」


 妹の音羽の迎えをありがたく思いつつ、目の前に視線を向ける。するとそこには二つの影があった。


「…………お?」


 朝日に照らされて少しみずらい。だが、なんとなくはわかった。汐恩と有栖だろう。相変わらず僕のことが大好きな奴らである。


「おはよ。」


 短く挨拶をする。するとハイテンションな声が二つ響いた。


「おはよう!」


「おはようございます!」


 僕はその光景に苦笑した。


「行こうか。」


「はい!」


 相変わらず朝から元気すぎるやつである。学校に対して憂鬱とかいう気持ちを抱いていないのだろうか。そんなことを考えながら歩いていると、汐恩が話しかけてきた。


「クリスマスデートどっちと行くことにしたのかしら?」


 忘れていた。さっきまで言うつもりだったのにもう忘れていた。僕の頭は鶏かもしれない。


「あぁ、そのことなんだが」


 僕が言おうとすると、二人とも食い入るような表情で僕を見つめる。どんだけこいつらにとって重要なんだよと思いつつ、僕はその答えを口にした。


「24日にこの3人で遊びに行かない?」


「…………は?」


「は?」


「え?」


 二人の圧を孕んだ声を聞き、僕は素っ頓狂な声を上げる。なんか怖いんだけど。有栖の目がガチなんだけど。いや汐恩もだわ。


「………秀先輩……もう一度言ってくれませんか?聞き間違いかもしれません。」


 なるほど、聞こえなかっただけだったのか。安心安心。そう思い、僕はもう一度さっきの言葉をつなげる。


「24日3人で遊ぼうって話。」


「は?」


「は?」


「え?」


 またもや同じ反応である。どうしたのだろうか。もしかしなくとも言葉のチョイスを間違えただろうか。


「ねぇ…」


 汐恩が短く言葉を漏らす。


「な、なんだよ…」


 不安になる僕。


「それ、本気で言ってるのかしら。そうだとしたらありえないわよ…」


「え、えぇ…僕は最善な行動をしたつもりだったんだけど…」


「秀先輩は女の子の気持ちを弄ぶのが好きなんですか?」


「そんなことねぇよ!!僕そんな性格悪くないもん!」


 ひどい言われようである。これには流石の僕も傷ついてしまう。


「デートを誘ったのに3人で遊ぼうって…無神経にも程がありません?」


 可愛い有栖が…可愛かった有栖の目が恐ろしい眼光を孕んでいる。今にも赤く光りそうだ。


「えと…怒ってます?」


 状況が理解できない僕はとりあえず怒ってるか聞くことにした。


「逆に怒ってないと思ってるんですか?」


「………思っておりません。」


 萎縮してしまった。後輩に萎縮する男の先輩。威厳もクソもない。というか汐恩が無言なのが怖いんだけどぉ!?


 ちらっと汐恩の方を向く。


「………あ。」


 あれはまずい。あの顔は鉄拳が飛んでくる前兆である。僕は恐怖ですくみ上がってしまい


「すみません許してください食べないでください。」


 平謝りするしかなかった。女二人、そのうちの一人は後輩である。そんな奴らに頭を下げる僕。男にはやらなければならない時が存在する。それが今である。恥ずかしいんだけど。


「殴っても良いかしら。無神経鈍感タラシ男。」


「ひどい言われようだなぁ!?僕そんなにひどい男じゃないよ!?」


「さっきの発言を思い返してから否定してくださいね!」


 笑顔。笑顔。うん笑顔。その笑顔が怖いんだけど。狂気を感じるよ。もし僕が浮気している男だとしたら今すぐに首を絞めてきそうだ。


「本当に申し訳ありませんでした。」


 何が悪いのかわからなかったが、僕には謝るしか選択肢が残されていなかったのだった。





 時は放課後。あの後、24日に有栖と。25日に汐恩とデートをすることでなんとか許してもらえた。右頬が痛い。最近の僕はボロボロな気がする。


「おいお前…なんだかやつれてねぇか?」


 下校中、隣にいる真夏に心配される。モテない誰かと違ってモテる僕は大変なのだよ。


「平気だよ。少なくとも真夏には一生理解できない苦しみさ。」


「なんだその言い方。まるで俺が何もわからないみたいな。」


「実際お前じゃわからないと思うぞ。」


 すると真夏は変な顔で笑う。何その顔。


「何があったか教えろよ。この真夏様が解決してやるから。」


「もう解決はしたけど。」


「いや早。」


 なんともタイミングが悪い男である。まぁ、話してみたら案外わかるかも知れないので、僕は話してみることにした。


「二人にクリスマスデートに誘われて同じ日に遊ぼうって言ったら殺されかけた。」


「なんで?」


「いやお前もわからないのかよ。」


 全くもって無意味じゃねえか。なんのために話したんだよ僕。思わずそう思ってしまう。


 今はまだ四時。空はまだ明るいので、僕たちは寄り道をすることにした。


 繁華街につき、ブラブラとする。こういう時女の子がいれば楽しいのだろうが、生憎と女軍団は今日は用事があるらしい。


 男二人なので会話が弾んだりすることもなく、適当なことを話すだけだった。


「なんか行きたいとこある?」


「正直ない。」


「だよな。」


 流石は僕の大親友である真夏。考えてることもそっくりだ。ちょっと気持ち悪いと思ったのは内緒である。


「帰る?」


「帰る。」


 会話終了。これが大親友との距離感って奴だ。まぁ、この無言の間が心地よかったりするんだけど。


 帰り道、結局僕らは目の前の欲に負けてメンチカツを頬張りながら帰っていた。真夏の家の方面から帰ってるため、いつもとは違う道だった。だが、今から渡ろうとしている横断歩道。それは見覚えがあった。


 ゾワリと背筋に悪寒が走る。嫌な汗が流れてきて、少しだけ焦燥する。なぜここまで反応をしてしまうのか、それはここが僕が事故にあった場所だからだ。


 真夏は先を歩いていたが、僕が立ち止まっているのに気づき、振り返って歩いてきた。そして苦笑していた。


「悪い。ここトラウマだもんな。」


 トラウマ…なのだろうか。僕の性格上、生きていたのだからそれで良いと思うから、トラウマになんてならないと思っていた。だが、実際は違う。久しぶりにここに来たら、息は乱れて冷や汗が流れ続けている。動悸が激しい。


「………いや、大丈夫だ。」


 嘘だ。なぜかはわからないが、胸が痛かった。何かが頭に訴えかけてくるような感覚がした。


 一刻も早くここから立ち去りたかった僕は、歩き出そうとして


「うっ…」


 呻いた。頭痛だ。だが、今までのとは比べ物にならないほどの頭痛。僕は思わず近くの電柱に手をかけ、うずくまる。


「お、おい。どうしたんだ?」


 真夏は心配そうにこっちに来る。真夏は僕の頭痛を知らないのだから当然だ。少し顔を上げと、心配そうな顔をしている真夏が目に映る。


「悪い…頭痛がしただけだ。」


 数回深呼吸をしてから、僕は立ち上がる。少しだけ休んだからか、頭痛はそれなりに収まっていた。


「もう平気だ。帰ろうぜ。」


 僕はそう言い、帰り道を先導した。真夏はなんだか魂が抜けたような、青ざめた顔をしていた。僕が頭痛を感じていることがそんなにも心配なのだろうか。大袈裟じゃないか?


「な、なぁ。本当に頭痛なのか?」


「な、なんだよ…普通に頭痛だけど…」


 真夏が意味のわからない質問をしてきた。いつもなら覇気のある真夏だが、今の真夏は覇気を感じなかった。


「そんなに心配なのか?お前僕のこと好きすぎだろ。」


 なんだか僕まで不安になってきたので、茶化すことにした。


「あ、あぁいや。そんなわけねぇだろ。お前のことを好きなのはあの二人だけで良いだろ。」


 真夏の顔にはなんとか笑顔が戻ったが、まだ本調子というわけではなさそうだった。


 なぜ頭痛を感じている当の本人よりも心配そうな顔をしているのだろう。それはなぜなのかはわからなかったが、明日になれば忘れているだろう。そう結論づけた僕は、真夏と別れ、家に向けて歩き出すのだった。


 道中また頭痛がしてきたが、あんまりひどくはなかったので助かった。何やら不穏な気配を感じ取った僕は、少しだけ怖くなりその日すぐに布団に潜り込んだのはナイショの話だ。

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