序章

いつも通りの日常

「おいっ!」


 耳を塞ぎたくなるような声が辺りに響く。


「すまんすまん。あんまり叫ぶなよ〜。」


 僕はその叫び声に対して適当に謝罪で返す。叫んでいるのは森近真夏(もりちかまなつ)。僕の友達である。そういう僕の名前は柳沢秀(やなぎさわしゅう)だ。今僕たちは真夏の家でテレビゲームをしているのだ。


「なんで不正するんだよ!」


 今僕は、負けたら罰ゲームアリで真夏もゲームで競っていた。僕は真夏に勝ったことはなかったので不正をした。と言ってもチートだとかデバイスチートだとかそういう卑怯なものを使ったわけじゃない。あくまでゲームのシステムを使った不正、所謂バグを使ったのだ。まああまり褒められたものではないがな。


「いや〜すまんかった。ほら、この通りだ。」


 僕は誠心誠意気持ちを込めて謝罪の意を伝えるべく土下座をする。


「許さんぞっ!俺は不正が大の嫌いだっ!」


 見ての通り、真夏は不正が嫌いである。だから僕は今真夏の機嫌を直すのに苦労しているわけだ。


「駅前のハンバーグ奢るから!」


「俺は器の広い男だから、仕方がないな。許してやる。」


 うん。こいつちょろいわ。びっくりするほど、普通の人間では考えられないほどちょろいわこいつ。まぁそんなこと言ったらまた拗ねるから言わないけどね。


 そうして僕たちはまたゲームを再開する。


「おぉい!!なんで僕負けそうになってんの!?」


 ゲームを再開してからはや1分。僕は既に負けそうになっていた。


「フハハハハハ。不正を使わなくなった途端それか!無様だなぁ!!」


 僕のことを力の限り嘲笑してくる真夏。僕だって人間である。煽られっぱなしは性に合わない。だから…


「奇跡よっ!起これぇぇぇぇ!!!」


 僕は奇跡を願った。前にだって奇跡が起こったんだ!願いな起こるはず!!!僕はありったけの力を全身に込めて神に祈った。この森近真夏という男に勝てる奇跡を起こしてくださいっ!



 無駄だったわ。ほんと、なんなの?奇跡って起こるんじゃないの?


「モウマジムリ…カエル」


 僕は萎えてしまったので家に帰ろうとする。すると僕の腕が尋常じゃないほどの力で握られた。


「……え、えと……あの、真夏…さん?痛いんですけど…」


 腕にゴリラでも勝ってんのかってレベルの握力で僕の腕を握ってくる真夏。痛い…痛いよ…


「ゲーム始める前に約束したよな?負けた方は勝った方の言うことをなんでも聞くって。」


「いやそれ男に命令しても面白くないから。マジ誰得?」


「いいや、俺は良い命令を思いついているぞ?ちなみに言うと俺得だ。」


「いや、すまん。俺ノーマルだから男は好きになれん。本当申し訳ない。お前の気持ちには応えられないんだ。」


「俺だってノーマルだよ!」


 そうしてゴホンっと真夏は咳払いをして、告げた。                        


「お前に聞いてもらう命令は、庭掃除だ!」


「庭……掃除だと?」


 嫌だ、絶対に嫌だ…だって、だってこの家の庭には…


「この家の庭には大量の女郎蜘蛛がいるじゃねぇか!!嫌に決まってんだろ!?」


 そう。この家の庭には大量すぎると言っても過言ではない女郎蜘蛛がいる。おかしいだろ、こんなにいるの。しかも今冬だぞ!地球上の蜘蛛全部集めてもこんな量にならないだろ……いや盛ったわ。


「ハハ。ハハハ。フハハハハ。お前が負けたのが悪い!しかもお前は最初不正をしていたからな!」


 笑いの三段活用をうまく使って煽ってくる真夏。この時ばかりは不正を使った自分を恨んだのだった。




「おわぁっ!!」


 掃除をしていると目の前に現れた蜘蛛に驚いてしまう。


「嫌だ!きもいきもいきもい!!」


 夜だと言うのに騒いでしまう僕。こんなの拷問でしかない。わかるだろう?蜘蛛のあのフォルムの気持ち悪さ。しかも数本もある足。そして何よりあの模様。許せないよな。わかるよその気持ち。


「お〜い喚くなよぉ〜。近所迷惑だぞ〜。」


 遠くからそんなことを言ってくる真夏に殺意の込めた視線を返して、僕は掃除を終わらせるために蜘蛛の存在に目を光らせながら掃除を続けるのだった。





「やっと終わっだぁ!」


 掃除が終わり、蜘蛛地獄から解放された僕は一息ついていた。


「お疲れさん、助かったぜ俺も蜘蛛嫌いだから。」


「死ぬかと思ったぞ。お前のせいでな。」


 悪いのは僕だが、冷ややかな視線を真夏に送る。


「おいなんで俺が悪いみたいになってんだ。元はといえばお前が不正したからだぞ。」


 ぐうの音も出ない、とはこのことか。と僕は一人勝手に納得していた。そんなこんなで時はすぎて行き、僕は帰るために真夏の家を出るのだった。


「じゃな。」


「おう。」


 そう短くやりとりし、僕は家に帰るために帰路に着くのだった。

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