友だち
森で少女を助けてからはや数ヶ月。おっさんとの慎ましい暮らしは続いているが、その中でも変化したことは多々ある。
まずは個人的な、自分自身の成長。おっさんが話し相手となってくれ、言葉をいくつか覚えることで適切なコミュニケーションが可能となった。より具体的に教えてほしいことなどを伝えられるようになったのだ。
ここ周辺の事情や、文化などを聞くことができた。
それでわかったのはここがとても田舎で、おっさんがいわゆる世捨て人であること。
鉱石の採掘は需要のある職ではあるようだが、おっさんが掘っている鉱山は正直言って資源豊かなものではないらしい。それをなぜ延々と掘っているか、それはおっさんにもわからないそうだ。
そもそもここに住み着いたのはおっさんの祖父であり、数で言えば200年ほど前になるらしい。
若干計算が合わないがひとまずその話は置いておくとする。
理由は不明だがおっさんのおじいちゃんはここを見出し、採掘を始めた。実りが良くないので当然儲からない、それでも掘る拳は止めなかった(拳で掘るのも祖父ゆずりらしい)。
彼は死ぬその日まで岩を掘り続け、その狂気は息子に受け継がれた。現状から分かる通りそれはおっさんにも伝わっており、その理由を探すのも目的なのだとか。
結局わかったのは先祖代々変わり者だということだ。
ちなみに村の者たちとも少ないが交流があるらしく、数は少ないが鉱石を稀に来る行商人を介して金銭に換え、それをもって食料などを村人に融通してもらっているのだ。
よくは思われてないらしいが、ずっといるので「そういうもの」として扱われているようである。
ちなみに以前森の奥に立ち入ることを禁じられたが、そのことを聞くとやはり危険な生き物が多くいるらしく、村の人間で入ったきり戻ってこない者も少なくないという。
おっさんの年齢もわかった。正確には分からないが、およそ100歳と少々らしい。
外見は緑色の肌も相まってわかりにくいが、多く見積もっても50歳半ば。毎日労働していることからも心身は健常そのものである。つまり長寿、そういう人種ということだ。
これは自分から見れば異常なことであり、それを伝えたのだがおっさん曰くこのあたりでは珍しい種族ではあるが、広く世界を見ればありふれたことであるという。
さてこれは摩訶不思議なことだ。
そして変わったことその二。
友人ができた。
以前助けた少女、名は「シレナ」という。
森で窮地を救ってからというもの、折を見ては家の近くまで寄ってくるようになった。
最初はおっかなびっくりであったが、こちらが特に嫌がることもないことを知るに連れ頻度も多くなっていった。
それでも三日に一回ほどではあるが、それ以上になると母に勘付かれて叱られるのだとか。
とうに怪しまれているのではないかと思うが、彼女はまだ大丈夫だと言い張っている。
自分に不都合はないが村との関係に影響があればおっさんも立場が悪くなるかもしれない。そう思いながらも笑顔で駆け寄ってくる彼女を見れば無碍にはできなくなってしまう。
シレナは俺に森で食べられる植物や木のみを教えてくれ、動物を捕まえるための罠を張ることなどを手伝ってくれる。
ただ方向音痴なので目を離すと明後日の方向に進んでいることがしばしばあり、遠く離れられないのが難点でもある。
森での採取や狩りを繰り返すことでおっさんにも俺の実力を認めてもらうことができた。それにより多少であれば森の深くまで入ることも許してくれ、そこで見つけた動物を弓で仕留めてその日の夕餉になることもあった。
シレナはそうした腕前などをいたく感心した様子でなんども褒めてくれる。弓は村の大人よりも精確だとか、勇気があるなどと、とにかく熱の言った様子で語ってくれるのだ。こそばゆいが嬉しいのは確かなので甘んじて受け入れている。
森での付き添いなども含めて、年齢で言えば彼女が上だと思われるが、まったく逆のように思えてしまう。
彼女もその自覚はあるようで、なんとか自分が年上で頼れる部分があるということをしきりに訴えてくる。
その中の一つが「魔法」だ。
そう、魔法。
初めてそれを耳にしたときは何度となく聞き返してしまった。なにかのたとえ、あるいは見栄を張るための虚言だとも思えた。
実際、シレナは魔法を使えない。だが今はいない父親が魔術師だったのだという。
魔法でなにができるか尋ねると、翌日やその先の天気を教えてくれたり、耕作などの吉日などを言い当てていたようだ。
また鳥を飼っていたらしく、それを森に放てばその目を通して獲物の位置などを正確に言い当てたのだとか。
まったく胡散臭い話の数々だが、そこには確かな理論と術式の行使がともなっていたと彼女は語る。
彼女の父が残していった魔術書にはそうした方法などが書かれているらしいが、父がある日家を離れてからも言いつけを守り実践はしていないと言う。
なので彼女が教えてくれるのは難解な魔術書のごく一部、ほんの触りの部分でしか無い。
これを超常的な技だと認識するのは正直むずかしい。
だが彼女曰く、大魔術師にもなれば個人で都市をつつむ大火事を起こすことや、空をも操りはては寿命さえも自由自在だとか。
星読みなどの技術は太古から存在するもので、俺も多少であれば天気を読むこともできる。
だから彼女の言葉を話半分、軽く聞き流してはいる。
しかしそれとは別に、森で狩りをするうえでいくつか不可解な痕跡を見たことがあった。
木の表面に熊によるものと思われる傷、おそらくマーキングの跡があった。危険なのでそれ以降近づいてはいないのだが、その爪痕はなぜか「焼けただれて」いた。
そう新しいものには見えなかったのだが、それは木を蝕むように赤黒く燃え続けていた。
また猪ではないかと思われる糞を見かけたことがある。それは一見ただの糞だが、妙にどす黒い色をしていたので木の枝でつついたのだが、軽く触れると急にウニのような棘が飛び出し、木の枝に強く絡んできた。
シレナに尋ねたが、彼女は両親から教えられていたようで特に驚いてもいなかった。
彼女の言う「魔法」は信じていないが、これらの痕跡を「そういう生き物」で片付けることができなかった。
俺は前々から思っていた違和感を踏まえ、ここが俺の知るものと違う「別の世界」である可能性を思い始めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます