別視点~みどりのおっさん~
――子供を拾った
このあたりではよく見ぬ髪色の(この場所にあってはことさら珍しくもないが)小さな人間。一度は見捨てようとも思ったが、どうにも死にかけらしく家の目の前で腐られても迷惑だ。
よくあることでもないが、さりとてありえぬことでもない。また何者かが山に捨てたのだろう。
人の世はとんとわからぬが、今日もあれらは争い、殺し合い、すべてを無くしたがる。
子がいねば栄えぬ、なのに捨てる。理解はできぬがここは「そういう場所」なのだ。行き場のないもの、何もかもを奪われた者たちが流れ着くところ。
……あるいは俺のような偏屈な者。
とにかく俺は明日も岩を掘らねばならぬ、これは村の方に預けるとしよう。
今日はもう遅い、ひとまずは家で寝かすこととする。粗末もいいところの飯もくれてやる。それで終い、自らに情けというものがまだあったことに驚きすらする。
岩を掘ること以外考えなくなって久しい。大馬鹿の爺さんが置いていった呪い。なにゆえこんな枯山で、狂ったように掘り続けたのか。親父はなにを思いそれを引き継いだのか。俺たち「おく」は山間で争いを嫌い慎ましく暮らしている種族だそうだが、その中でも爺さんは変わり者であったのだろうか。
俺もいずれはそこに行かねば跡取りも残せぬが、子にもこの呪いを渡すことになるのであれば、このまま孤独で良いのかもしれない。
確かに岩を掘っている間、俺もまた妄失に囚われた如く時を忘れてしまう。一夜中作業をしているのも珍しくない。だがその先になにがあるのかわからない。この山になにがあるというのか、それとも掘ることそのものに意味があるのか。
親父はついぞ見いだせぬままこの世を去った。俺もそうなるのかもしれない、残された時はまだいくらもあるが、それもあっという間だろう。小さい人間はおぞましいほど欲に飢えていると聞く。常に何かを求め、ときに殺しあう。
そうであればもっと簡単だったのではないかと思ったこともある。だが違うのだ、なにもかもが。ゆえに掘る、明日も、その先も。
そして目を覚まし、今日も堀りにゆく。
そこで昨日拾った人間の子供のことを思い出す。まだ寝ている。このまま放り投げるのも哀れに思いそのままにしておいた。
何時間経過したか、坑道の中であっては時間などわかる目安もなければ知ろうともしない。だがいくらかは経ったであろう折、何者かが近づいてくる気配がした。
それは唐突であり、長い坑道の奥で作業に没頭していたがゆえに気が付かなかったのだろうか。かなり近くに来て初めてわかった。
横目でチラと見れば、昨日の童だった。それはなにやら知らぬ言葉で話しかけてくる。なんとなく礼を言っているのだろうと思ったので適当に返しておいた。
やつは俺の作業をじっと見つめ、なにか観察しているようだった。気が散りそうになるが、努めて無視をしていればやがて俺も存在を忘れるようになっていった。
それから数日、どうにも懐かれたらしく童が居着いてしまった。こちらがひとつ返すのに対し十の言葉を投げかけてくる。実際はもっと少ないかもしれぬが、話など滅多にすることもなくどうにも相手に困る。
ぽつりぽつりと、いくらか相手をしているうちに童が言葉を、俺にわかることを話すようになった。
人のことはよくわからぬが、才があるように思えた。それを捨てたものはよほど恵まれているか、盲の部類か。
だが言葉がわかるようになると雑音から騒音に変化した。一度村の方へ行ったので終いと安堵したのだが、夜には戻ってきた。
いらぬ知恵をつけたのか、さらに口数が増えた。俺のことを尋ね、村のことを聞き、はてはなんとも返事に困る些末なことまで。
人間とはこれほどに鬱陶しく、遠慮を知らないのだろうか。
無理やり追い出そうと考え始めれば、今度は森の方へ向かうと言い出した。あっちには獰猛な獣も多くいる。気まぐれに使う弓矢はあるが、童には扱えぬだろう。
一応警告はしたが、あとはどうなろうと知ったものではない、もし帰ってこなくともそれはそれだ。
などと思って夜、家に戻ればいつもの飯に木の実が二つほど増えていた。まあこんなものかと思い、生きて帰ったことにいくらか失意の念を覚えた。
ところが翌日、あれが兎を持ち帰ってきた。自ら仕掛けた罠により捕らえたと語る童。
まれに村の方へ行ったとき、あれと同じくらいの背丈の子供は犬のように駆け回るばかりで知恵が回る風ではなかった。それと比べれば使えるほうではないだろうか。
こうなってくるといくらか話が変わる。家にいる間少々、いや相当にやかましいことを除けば肉を調達する便利なものである。
俺も好きでまずい飯を食っているわけではない。岩を殴ることしか知らぬ男に狩りなどよほど出来ぬ。隠れしのぶのも苦手とくれば森に入ったところで団栗のひとつが精一杯だろう。
であれば苦渋の決断だが、あいつを存在を許容することにした。騒がしい猿だと思えばいくらも我慢できる……やもしれぬ。
話すという行為がどれだけ体力を要するか身にしみながらも、数ヶ月も経てば慣れるものだと己に言い聞かせている。
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