散策
森に入る理由は食料の確保だ。おっさんは日がな一日坑道に籠もっているので、食料といえば干し肉、山菜、木の実。この三つであり、その種類もあまりにバリエーションに乏しい。
近くに川があるかは不明で、目を覚ました初日に見かけた水場はやや深く入ったところにあるので、現状はノータッチとすることにした。
おっさんが普段使っている弓矢を、当人の許可を得て借りた。彼は最初、否定的なように振る舞ったが、最後は渋々承諾してくれた。だが森に深入りするなというのは彼の指示でもあるのでそれは守ることにした。
食料採取にあたって、また一つ認識できたのは自分には狩りや、それに付随する技能があるようだ。毒草の見分け方、獣の足跡の追い方。それらが知識というよりは感覚の部分で把握できる。
現状は記憶を引き出すと言うよりは、行動をしてそれが適切かどうかの判別ができるような印象だ。
つまり論理的に説明はできないが、自分だけで行う分には問題がない。
これが自分の生い立ちや境遇に強く関係していると思うが、それ以上は思い出すことも、わかることもない。
記憶に関しては追々わかっていくと信じ、今はこれをもって狩りに望むこととする。
蔓で編んだ籠を手に、森の中を少しずつ進む。まずはいつも食べているものを中心に、それから慎重に見分けつつ違うものを手にとっては籠に入れたり戻したり。
見慣れない形の野草が多く感じる中で、毒の有無を見分けるのはかなり気を使う。万が一があってはまずいので念入りに、ごく少量を口に入れたり、絞った汁を手にとったり。
なので二時間ほどかけて収穫は一食分程度。そもそも普段の食事でおっさんが足りているのかもわからない。生きているのだから大きく問題はないかもしれないが、肉体労働をしているのだから十分な量を食べたほうがいいだろう。ただでさえ体が大きいのだから。子供一人と成人男性の二倍の大きさのおっさん、この二人の胃袋を満たそうと思うとやはり肉だ。
小動物用の罠はいくつか仕掛けたが、成果が出るのは少し時間がかかるだろう。できればもっと大きな、猪や鹿のような生き物がいるといいのだが。
日頃食べているのだから猪がこの森にいるのは確かだが、他に食べられそうな生き物がいるかはわからない。
熊はいるらしいのだが、危険度が大きいので決して近づかないよう言い渡された。
もう一つの危険として、狼を挙げられた。話す中で、自分の知るそれとは多少異なるニュアンスで伝えられたが、つまるところ狼だと思う。
猪だとか熊だとか。これらも大まかには正しそうなのだが、いずれも特徴を聞くとどうにも知らないものがあった。熊に鱗がある、猪に角がある。例として挙げられるこれも自分の思うそれとは乖離する部分があった。
この点に関して気になることもあるのだが、今は食べられるという知識があれば問題はない。
ただ熊と狼はとても危険だということで接触しないこと、しそうだと思ったらすぐに引き返すこと。そもそも遠くまで行かないこと。これらがおっさんとの約束だ。
子供扱いだが、納得は行かないが客観的には間違いないので諦める。
午前中に出発し、日が傾くまで粘っていたのだが今日のところは残念ながら時間切れだ。肩を落としながら帰路についていると、ふと視線を感じた。
どこからのものかとあたりを見渡すと、集落がある方角の木の陰に人影があった。それは一度見かけたことがある、集落の子供の一人の少女だ。
年の頃は自分と同じかやや上。他の子供達はまだ顔も覚えていない(碌に行ってないので当たり前だが)が、あの子はわかる。
なにせ石を投げてくるクソガキの中で、唯一それをしていなかったのだ。ガキどもの後ろから恐ろしそうにこちらを見ていたのを覚えている。別にそれで好感度が上がるわけでもないが、他と違うという点で記憶に残っている。
二の腕ほどまである長い赤ら髪の少女は愛嬌のある顔立ちだが、困り眉を作りながらこちらを覗き見ている。
こちらが露骨に視線を送ってないからでもあるが、彼女はこちらが気付いていることはわかっていないようだ。
森になに用かはわからないが、集落からはやや離れた場所に一人でというのは不用心にも思えた。近くに大人がいるのだと思うが、どうしてこちらを見ているのだろうか。
まあ異物扱いされている俺が気になるというのはわからないでもないが、こちらとしては隠れ見なくとも話しかけてくれれば喜んで相手するというのに。
見られっぱなしというのも何なのでこちらから話しかけることにした。
「どーしたのー?」
「!」
気づかれたとわかった瞬間、彼女は踵を返して走り去っていった。
「……悲しいー」
口をついて出てしまうが致し方ないだろう。こちらは怪物でもないのに。
だがその時思った。
「あっちは集落じゃないのでは……?」
大人がそちらにいるのだろうか。そう思い帰ろうとしたが、どうしても気になったので後を追うことにした。少し奥に入ることになるが、少しだけ、少女の姿を確認するだけだから……。
おっさんに対する後ろめたさを覚えながら進んでいく。
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