状況整理

 緑色のおっさんと出会ってから数日が経過した。あれから知り得た情報が複数あるが、正直まだ理解しかねている。

 そもそも自分がどうしてここにいるのか、記憶が曖昧なのか。生きるために最低限の知識は持っているが、どうにも虫食いのように欠けている部分がある。というか失ったほうが多い感じがする。

 考えつくことはいくつかあるが、確信を得るにはまだ至っていない。

 内側の問題についてはひとまず棚上げし、外側の問題に取り掛かることにした。大切なのはいつも衣食住。いちばん大事なのはやはり食だ。おっさんは相変わらず無口だが、こちらのことは気にかけてくれているようで、彼が食事をするときには二人分用意してくれていた。

 とても有り難いし嬉しい限りなのだが、何もせずに養われるのにはやや申し訳無さを覚える。客観的には迷子の少年、ここの常識はわからないが、自立して生きるには早く思える見た目であるわけで、誰かの庇護のもとにあるのは至って普通な気もする。

 だが精神と肉体がちぐはぐな自分にとってはそうもいかないのだ。


 そう考えおっさんの家を離れ、少し遠くに見えた集落へと向かった。おっさんの家よりはしっかりとしているが、それでも立派とは言えない――ふんわりとした記憶による所感だが――ものが十ほど立ち並んでいた。

 当然住人と見られる人影もあり、少々緊張しながらも話しかけてみた。

 無口なおっさんといては言葉の習得には苦労する、もとい全く進んでいないが、身振り手振りで境遇を伝えようと試みた。

 だが彼らの反応は芳しくなかった。異物を見るような表情、子供に対しても不快感を隠そうともしない。近寄ってもすぐに離れ、遠巻きから複数人でひそひそと会話をする。

 不愉快極まりないが我慢をし、何度も挑戦したがどうにもならなかった。

 同じ年頃の子どもたちもいるが、親が止めて挨拶すらさせてもらえなかった。

 ここまで露骨に嫌われると自分の失われた記憶の部分で、なにか悪さをしたのではとも思ったが、そもそも自分のことを知らないふうな反応だったことからその線は薄い気がする。

 コミュニケーションは一旦諦めたが、こちらとしても何もせずにはいられない。人目を避けながら彼らの生活などを観察させてもらった。その際に子どもたちに見つかったが、教育の賜物か、石や泥を投げつけられたので、お礼に動物の糞を投げ返すなどして戯れたりもした。

 それでわかったのは、少なくともここの人間たちは自分の記憶よりもかなり低水準の、より適切な言い方をするならば、「はるか昔」の生活様式に見えた。電気、電子機械の類は一切見られず、金属類も高度に加工されたものは見当たらない、原始的なそれらがほとんどだった。

 もちろん、ここが特殊であるということも十分考えられるが、現状はまるで「タイムスリップ」したかのような印象だ。

 にわかには信じがたく、また証拠が足りないので可能性の一つにとどまってはいる。

 ただおっさんのような、緑の肌、極端な受け口と上向きの鋭い犬歯。自分から見れば「異常」と感じられる存在は別の発想を後押ししている。

 しかしこちらのほうが荒唐無稽であるため、まだまだ薄い線としておくことにした。

 それにおっさんの他は自分の常識内の、普通の人間の見た目をしている。おっさんがそれらと距離をおいているのはそれも関係あるのかもしれない。


 悲しいかな、おっさん以外には友人、知り合いと言える存在すら見つけることが難しい状況では、やはりおっさんに頼る他なかった。


「今日はなにするの!」

「岩を取る」


「なんで岩殴ってるの?」

「岩を取るから」


「この肉はなんの動物?」

「猪」


「ねえねえねえねえ――」

「うるさい」


 決心をしたもとい、開き直った俺はおっさんに話しかけまくった。無口なおっさん、言葉がわからない相手だろうとお構いなしについて回った。嫌われて追い出されても仕方がないと思いながら続けていると、十に対して一の割合で言葉を返してくれるようになった。

 本当に怒らせたくはないので仕事中にはそっとしておいたが、それ以外のときは鬱陶しいとしか言えないほどに話しかけた。

 これで怒らないのだから、わかっていたがやはりおっさんはやさしい。

 やさしい緑のおっさんのおかげでわずかながらも言語を身につけること、単語をいくつか覚えてきた。

 ここに来てから約一週間、少しばかりだが状況が改善したことに喜びを覚える。

 それと同時におっさんへの感謝の気持ちがましていったので、なんとか役に立ちたいと思うようになった。

 だから俺は近くの森へと足を踏み入れることにした。

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