坑道

 坑道はかなり深く、長い年月をかけて掘られていることが道中にあった道具の経年感でわかった。

 ここだけのことなのか、それらはひどく原始的で、木で編まれた簡易的なかごであったり、麻袋しかなく採掘用の金属製の工具すら見当たらなかった。彼の家にも電気や近代的なアイテムは無く、まるで映像作品で見たような古い年代の生活を思わせた。

 つまり自分は科学の発達した文明の中で生きていたようだ。記憶が欠けていても、一般常識やおおまかな生活スタイルの自覚はある。なにかというと自分に関する記憶の大部分が失われている。誰と、どうやって生きていたのか。年の頃すら曖昧であるが、相棒のことのようにすべてを忘れているわけでもない。

 なので気にはなるが生きていく上で極めて不便なわけでもないのが救いである。だがわからないことが多すぎるがゆえに今後の目標が決められないのが最大の問題だ。

 それもこの幼い肉体でということが困難に拍車をかけている。

 なにはともあれ大事なのは現状把握、とりあえず身近なところから調べていこう。


 そうこう考えていると(いくつかの分かれ道を行ったり来たりしながら)やがて人影を見つけることができた。

 自分の視界は暗視ゴーグルのように視えているのではなく、日中のように色も完全に判別できる。確か(誰に聞いたかは思い出せないが)相棒がそのあたりを補正してくれているのだそうだ。

 だから彼が、本当に緑色の肌をしていることがわかった。たくましい背中を向け、若葉のような淡い緑色の肌を上半身のみ晒して、彼は岩を殴っていた。


「あのー」

「……」


 無視された。

 少し悲しくなりながらもう一度尋ねる。


「昨晩はお世話になりましたようで、その説は大変――」

「―――、――」


 おっとこれは。

 残念ながら彼の言葉は全く知らない言語だった。自分は五つほどの言語を扱えたはずだが、そのどれにも該当しない。更に言うと今まで聞いたどの言語とも類似しない、ほんとうに全くの未知の言語であった。

 話せない、聞き取れない言葉であっても系統というものはある。それすらカテゴライズできないほどに聞き慣れない発音や音であった。習得するのは少々骨が折れそうだ。

 ということで今この瞬間は彼と言葉でコミュニケーションを取ることは不可能のようである。ひとまずは感謝の意を伝え、ここがどこかを尋ねたかったのだが言葉を覚えるまでお預けである。

 しかし言語に関してはいくらか自信があった、全てはわからなくとも単語をつまんで言いたいことを伝える程度はできたのだが。まだまだ世界は広いということだろう。

 なので伝わるか不安であるが、不適切でないか気にしながらペコリとお辞儀をした。自分の常識で、誠意を伝えるために直角に背を曲げた。

 それを首だけこちらに向け横目で見たのち、特にリアクションもなくまた岩を殴り始めた。彼がなにをしているのか、場所を考えればまず間違いなく採掘だと思うのだが、なぜ素手なのだろうか。

 家が質素にすぎることから裕福ではなさそうだが、最低限の道具は必要だろうに。

 だがじっと見ていると、彼の拳が岩に衝突する時、放たれる音は鋼鉄で叩いたかのような硬質なものだ。少し横に移動して手元を覗き見る。やはり空拳である。

 その拳は一般な体型から言えば一回り以上大きく、また使い込まれたが故だろう、真ん丸な格闘家を思わせるような形だ。

 他にも見て回りたいが、彼が気になってしまい離れられない。一時間ほど座って彼の仕事模様を拝見していた。ただ黙々と、岩を殴り続けている。やはり採掘をしているようで、時折砕いた岩を観察し、その殆どは投げ捨てられるが、たまに横のかごに入れられていた。

 それを観察してみたが、そちらの知識は乏しいので普通の岩との違いがわからなかった。

 そうして時間が過ぎていき、そろそろここから出ようかと思い始めた時に自分の腹が大きくな鳴った。音が響きやすいのもあって一体によく広がった。当然彼にも聞こえたろうが、集中していれば気が付かないかもしれない。こちらも恥ずかしいのでそうであることを願っていると。久しぶりに彼がこちらを振り向いた。

 目があったが、気恥ずかしいのでなんともないように振る舞うと、彼は鼻を鳴らし横に置いてある袋を探りこちらになにかを投げてきた。

 上手に受け取れたので確認すると、それは干し肉だった。


「……いいんですか?」

「……」


 なにも言わずにまた作業に戻る男。単純だがこれだけで彼が悪人ではないと思ってしまう。善意に甘えそれを頬張る。味付けといったものはなく、素材の味そのものといった感じだが、空腹と優しさで美味しく頂いた。

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