神無月。神々は出雲に、妖怪達は武蔵野に。
雛田いまり
第1話
神無月。
日本における新旧暦10月として知られているそれは、出雲に神々が集まる特別な月。
俗説では、各地から神が不在となることから、その名が付けられたとも言われている。
一方で、神が集まる出雲では逆に「神在」月と呼ばれていた。
そんな特別な月、全国から集まった神々が出雲まで出張して、何をしているのかと言えば人々の縁を話し合っているのだとか。
それは、男女の縁だけに留まらない。ありとあらゆる人々の繋がりの縁を指すもの。
結ぶ縁あれば、切れる縁も有り。
神々が縁の結びを決めているのであれば、誰が縁切りを話し合っているのか?
それは妖怪と呼ばれる者達が決めていた。
神無月。
神々が出雲へと出払っている中で、全国津々浦々の妖怪達がある場所に集まり、あーでも無いこーでも無いと喧喧諤諤の議論を交わしているのである。
その場所とは意外や意外。
古くは武蔵の国、現在は人の営みが照らす都会の輝きの中でポツンと残る自然。井の頭公園だった。
京王井の頭線、井の頭公園駅から徒歩30秒。
昼間は家族連れや、カップル等多種多様な人々で賑わう緑豊かな自然公園。それが夜中になれば、妖怪達の会議場となっているとは誰も思うまい。
これは各地を代表する妖怪達が、人の縁切りについて論争を交わす。そんな神無月の夜のお話。
無機質な光だけが闇を照らす朔の夜。
昼間は人々で賑わっていた井の頭恩寵公園は、夜に生きる者――妖怪で溢れていた。
其々の地方から来た多種多様な妖怪達が一堂に顔を合わせる様子は、昔人から見れば百鬼夜行だと思い、現代人ならば盛大な仮装パーティーだと思う事だろう。
そんな今の世では、信じられなくなった者達が何をしているのかと言えば、仕事をしているのだ。
出雲に座すそれぞれの上司達から言いつけられた仕事を、愚痴を吐いて嫌々ながらも、怒りを哀しみを顕わにしながらも熟しているのだ。
そこに、1年ぶりに知り合いとあった集まり感は無く、精々土日を挟んで会った同僚程度の馴れしかなかった。
それもそのはず、悠久の時を生きる彼らにとっては、1年など昨日のようなものなのだから。
場合によっては、寝て、たたき起こされたらこの時期になっていたという者もいるくらいだ。
そんな現代社会人のような、哀愁漂う妖怪達の中で、一人妖怪が頭を悩ましていた。
小山のような巨躯を持つ、この場所にいるどの妖怪よりも大きな巨人ダイダラボッチだ。
ダイダラボッチは、目の前に置かれた箱を見て思わず唸る。
「これで仕分けは終わりかぁ?」
彼にとっては普通に発したつもりだったが、その声は空気を揺らし、井の頭の雑木林を風に吹かれたようにざわめかせる。
彼の近くにいた小さな妖怪は慌てたように、近くの者にしがみついたが、それでも膂力が無いものは衝撃に耐え切れずに転がってしまう。
「ダイダラ!そんな大きな声を出さなくても聞こえてるよ。案件の仕分けは終わったよ!!」
転がった拍子についた土や枯葉を払いながら、後追い小僧が抗議する。
他の妖怪達も、またかといった様子でダイダラボッチと後追い小僧に視線を向ける。
それに、しまったという様子で口に手を当てるダイダラボッチ。
「おぉ、皆すまんな。」
先程よりも抑えた声で、近くにいた妖怪達に謝るダイダラボッチに、妖怪達も気にするなと手を振って其々の仕事へと戻る。
「そうか、これが今回の儂等の仕事か」
ダイダラボッチの目の前には、不倫やストーカー、イジメと書かれた3つの箱が置かれていた。
その他にも人々を悩める悪縁が書かれた箱が無数にあったが、その3つは他と比べても異様に中身が詰まっていた。
「今年もこんなに溜まっているとは驚きにゃ!最早、人の世は吾輩達妖怪よりも魑魅魍魎が跋扈してるにゃね」
二つに分かれた尾を揺らした猫又が箱を覗き込んで、顔を顰めた。
「文句言ってないで始めるぞ!今回、座敷童子は引越しの準備とかで後半にしか来られないんだから、手早くやらないと3匹じゃ終わらねぇよ!」
そう言って、後追い小僧は不倫と刻まれた箱から一本の組紐を取り出す。
取りだされた組紐は、端から赤黒く変色しており、真ん中のあたりだけが嘗ての鮮やかを残こす。
そんなお世辞にも美しいとは言えない組紐の両端には名前が彫られた人型の木札に括り付けられていた。
人の縁を具現化したそれは、両端の人型は当人達を、紐を縁に見立ているもので、人の業によりその姿を変える代物だ。
妖怪達はそれに触れることで、結ばれた人間達の思念を読み取り、どの様な縁か分かるようになっていた。
「……職場不倫ねぇ、最近不倫といえばこればっかりだな。人間って地獄に堕ちるの怖くねぇのかな?」
後追い小僧が心底嫌そうな顔で、組紐から情報を抜き取って隣にいた猫又へと渡す。
「本来、結び付かなかった縁を無理矢理結ぶからこんな事になるにゃ。誰も幸せにならないのによくやるにゃ!」
分かれた2つの尻尾で器用に組紐を受け取った猫又は、素早く思念を読み取り事情を察すると、すぐにダイダラボッチへと組紐を投げた。
岩の様にゴツゴツとした手で、それを受け取ったダイダラボッチは、宝物を触る様な丁寧な手付きで組紐に触れる。
「人は我らと違い儚い生き物なのだ。時間がない故に精一杯生きようとする。駄目な事だと知っていても、諦めきれずに足掻いてしまうのだ。」
縁の記憶に触れたダイダラボッチに当人達の、人間の苦悩が流れ込む。
妻と子供がありながら他の女性を愛してしまった男の苦悩。
そんな、男を愛してしまった女の感情。
2人は男が妻帯者となる前から惹かれて合っていた。
不幸な事にお互いの気持ちには気づかずに別の縁が結ばれしまった。
ダイダラボッチの掌にある組紐も、嘗ては赤く運命を感じさせる色だったのだろう。
それが今や、酸化した血の様に黒く変色し始めていた。
しかし、ダイダラボッチには大切な宝物の様に思えた。
お世辞にも綺麗とは思えない濁った色をしていようとも、綺麗な結び付きをしておらずとも、乱雑に結びついたそれは2人の決して離すまいとする意志を感じ、愛しく思えたのだ。
神の意思にも反抗する決意を感じさせたのだ。
「ダイダラ、そうは言っても、この縁は切らないとダメだぞ……この2人がそれを望んでいなくてもだ。今なら完全に黒くなっていないんだ。未だ間に合う内に切ってやるのが、この2人のためだ!」
後追い小僧の言うことはダイダラボッチも理解していた。
この2人はお互いを愛していたが、最後の一線は踏み越えていない。
黒く染まりきっていない組紐がそれを証明していた。
これが黒く染まる事になれば……
不貞行為に及んでしまったら、この2人は生を終えた後に罪を背負う事になる。
それを思えば、放っておく事はできない。
ダイダラボッチは意を決した様に掌に乗せた組紐を後追い小僧へと手渡す。
その時、黒く濁つつある組紐の中にあった確かな赤が輝いた。
少なくともダイダラボッチはそう感じた。
お互いを愛し思いやる故に、最後の一線を守り通し、赤さを守り通したように思えた。
名残惜しそうな目を手放した組紐に向けるダイダラボッチに、後追い小僧が気づいた。
「ダイダラ、一つ一つにそんな感じてたら、持たないからな!」
「ダイダラはその図体に似合わず繊細すぎるにゃ。後追い小僧を見習うにゃ!ちっこい癖に似合わず、尊大な態度にゃ!」
「おい、猫又!それはどう言う意味だっ!」
「そのまんまにゃ!」
2人のやり取りにダイダラボッチも笑みを溢す。
「ふははは、そうだな……お主らの言う通りだ。俺も事まだまだだ。これでは、お主達が国許に帰るのも遅れてしまうな」
「そうだぞ!俺も態々、丹沢から出てきてるんだ。早く終わらせないといつまで経っても帰れねぇよ!」
「後追い小僧は良いにゃ、お前なんてすぐそこの神奈川にゃ!我輩にゃんて、富山の黒部峡谷から出てきてるにゃ」
ダイダラボッチとは異なり、他の地方から出てきた2匹。
仕事を終えなければ、国許にも帰れない二匹からして見れば、手早く捌きたいところだろう。
迷ってしまう自分の為に、2匹は待ってくれているのだ。それを理解しているダイダラボッチは2匹に告げる。
「後追い小僧、猫又よ、真ん中で切って貰っても良いか?また、あるべき縁と結べるように、この2人に同じだけの長さをやりたいのだ」
その言葉からダイダラボッチの気持ちを察した二匹は同意するように頷く。
「……ありがとう」
そう呟いたダイダラボッチに二匹は何も言わなかった。
「猫又、真ん中で切れよ!」
「真ん中で良いにゃね?」
後追い小僧が張り出した組紐の丁度真ん中を見極める様に、鋭い爪を動かす猫又がダイダラボッチに確認する。
「あぁ、そうしてくれ」
ダイダラボッチの確認が取れた猫又は鋭い爪を組紐に当てると一思いに断ち切った。
綺麗に切断され、2つに別れた組紐は黒い靄を吐き出しながら嘗ての赤さを取り戻していく。
均等に切られた2人の組紐は、二度と結び付くことはないだろう。
あるべき縁へ、神々が差配する縁へと結ばれるだろう。
「願わくば、2人に良きご縁が有りますように」
手を合わし、そう願うダイダラボッチ。それに、井の頭の森が呼応する。
遥か遠く出雲の地に、神々の座す場所に、その願いが届くように。

神無月。神々は出雲に、妖怪達は武蔵野に。 雛田いまり @blablafi
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