2023年1月
新成人めっちゃかわいい!
居間の隅にあるもとは電話台だった棚の上に、写真立てが並んでいる。
椿はそのうちのひとつを手に取って、ほうと息を吐いた。
写っているのは向日葵だ。黄味の強いオレンジに色とりどりの花が咲いた振袖を着ている。
なんて可愛らしいのだろう。たった四年前だが、これを見ていると向日葵は大人になったように感じる。振袖姿の二十歳の若々しく初々しい向日葵の姿はいじらしく、守ってあげたい。この年に初めて枕を交わしたとは信じがたい。急に自分が獰猛で野蛮なけだものだったかのように思えてくる。椿は向日葵を椿からも守りたかった。
「なに見てんの」
後ろから声をかけてきたのは義母の桂子だ。椿の手元を覗き込む。
「ああ、可愛いでしょ、ひまの振袖」
「はい、ほんまにかいらしゅうてかいらしゅうて」
「これを見た時心底女の子を育ててよかったと思ったね。なんて可愛いんでしょう、私が育てたのよ、私が育てたのよ、って世界中に言いふらしたくなったね」
「ほんまですわ、お義母さんとお義父さんに感謝せなあかんな」
「女の子はいいわよお、本当にいいわよお」
こたつでみかんを食べていた向日葵が赤い頬をして「なに言ってんの」と突っかかってくる。
「今日は世間では成人式なんやってな。あ、今は二十歳の集いていうんか」
「それでわたしの写真眺めてるの?」
「せやねん。振袖のひいさん見たなって、お義母さんに聞いたら居間に飾ったはるて言わはるから」
「ひゃー!」
向日葵が口元に笑みを浮かべる。
「か、か、可愛いら!?」
「日本一やで」
「そこは何言うてんねんって言うところだよ!」
桂子が「可愛いもん、可愛いもん」と口を尖らせる。
不意に話の矛先が変わった。
「椿くんは?」
椿は「えっ」と目を見開いた。
義母がにこにこと微笑んでいる。
「椿くんの成人式、どうだったの? スーツ着て家族写真撮ったりしたの?」
言葉を詰まらせてしまった。
校区で用意した成人式にも一応出た。父母が地元の横のつながりも大切にしろと口を酸っぱくして言っていたからだ。しかし中高一貫校に入学した椿に中学時代の友達はおらず、顔も名前も思い出せない小学校の同級生はわずらわしかった。
記念の写真も撮った。椿一人の写真が何枚か、父母と撮ったものも何枚か、京都にいた一族みんなの集合写真が一枚あるはずである。
しかし、椿はこの写真をあまりひとに見られたくなかった。
実家では当たり前の習わしが、世間では当たり前ではない。
最初に向日葵に見せた時仰天されたのを思い出し、口をつぐんでしまった。
だがその向日葵は当時のことを覚えていないのか、得意げな顔で言った。
「椿くんの成人式の写真、あるよ。上賀茂神社で祈祷した時に撮ったというすごいやつが」
「あるよってなに? あんたが持ってるの?」
「そうそう、送ってもらったの。見せてあげる」
向日葵が自分のスマホを手に取った。椿は血の気が引くのを感じた。
「あかん、なに勝手に見せようとしとるんや」
「見せたいの、わたしのとっておき、一人でも多くの人に見せたいの」
「あかんて、僕もう一生人に見せたないねん」
「なんで」
「ひいさんが微妙なリアクションだったからや」
「えっ、わたしのせい? すごい可愛いしかっこいいねっていっぱい言ったじゃん」
「そうやなくて、そうやなくてな」
向日葵からスマホを取り上げようとした。しかし向日葵は椿を振り払ってタップし、スワイプし、目的の写真を表示した。
「見て見てお母さん」
椿の手がスマホを捕まえる前に桂子がスマホを手に取った。
「あらっ」
桂子も目をまん丸にした。
「なにこれ!?」
「本物の衣冠束帯!」
「これが!? すごい! こんなの大河ドラマとニュースの皇族でしか見たことない!」
椿はその場にうずくまった。
一般の人は着ないらしい。
知らなかった。
「いや、似合うね。雅な雰囲気、お上品なお顔立ちだから着れるやつだね。現代日本でこんなの着れる人百人もいないんじゃないかな」
「だら!?」
「恥ずかしい……」
「おばあちゃんにも見せてあげよう」
「やめぇって言うてるやん」
「おばあちゃーん! 本物の貴族の成人式ってさー」
「あかん!」
ますます言えなくなってきた。
それは特別に仕立てたもので、将来結婚式でも着るはずだったので、実家を継ぐ弟が処分していなければ今もどこかにあるはずなのだった。
言えない。
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