第20話 家族との別れ

 12月31日朝。

 悠輔は大掃除の為に早起きをしようと6時には起き、1人で珈琲を啜っていた。

ディンがいないことを少々疑問に思いながら。

 その後、朝食を作ろうと鼻歌を歌いながら準備をしている途中、あることに気づいた。

「……。」

 家にいる人間の気配が多すぎる気がする。

些細な疑問だった、寝ぼけて変なことを考えているのかもしれない。

 しかし、なぜか勘付くような感覚。

「なんだ……?」

 準備の手を止め、静かに2階に向かう。

 ゆっくり、ゆっくり。

足音を立てないように、何があってもいいように。

 そして、一番近くにあった裕治と陽介の部屋のドアを、音を立てずにあけ、絶句した。

「母さん!?」

「あら、悠輔。おはよう、早いわね。」

「いや、ちょっと!?なんでいんの!?」

「シー。皆が起きちゃうから、リビングで話しましょ。」

「!?!?」

 目の前に、母がいた。

死んだはずの母が。

 そして、この世界では自分の事を知らないはずなのに、悠輔の名前を呼んだ。

驚いた顔のまま、悠輔は母に手を引かれリビングへおり、向き合うようにテーブルに座った。

「なんで!?なんで母さんが!?!?」

「……。悠輔、大きくなったわね……。」

「いや、それよりも!」

「ディン君から聞いてない?」

「ディン!?朝からいないぞ!?」

「そう……、実はね……。」

 聞いていない、というところに驚きつつ、悠輔の母はゆっくりと夜中の出来事を話始めた。

 とっくのとうに天に召されていたのに、ディンの声が聞こえた。

そのまま言われるままに地上へ降りたら、この家の前にいた。

 ディンは自分達が家に入ったあと、どこかにいってしまった、と。


「えーっと、じゃあディンは何かの術で母さんを蘇らせた?しかも、俺達の時間軸の?」

「そういうことね。ディン君、器用なことにここの私達から竜太の記憶を引っ張ってきてくれてね、知らない間に息子が1人増えてたわ。」

「でも、ディンの魔力は封じてたはず……。」

「それはディン君の特異体質みたいなものらしいわ。眠っている間に、何度か竜神様にお話をしていただいたんだけど、その時になにかおっしゃられてた気がするし…。」

 説明されても衝撃が収まらない様子の悠輔。

対して母は、にこやかに悠輔の顔を見ている。

「ディン君……、竜神王様には感謝してもしきれないわ。私達をこうして、もう一度息子達に会わせてくれたんだもの。」

「……。そういえば、ディンのことは知ってたんだっけ……。」

「ええ。悠輔達には辛い思いをさせてごめんなさい。」

「うーん、そこはもういいんだけどさ…。あの時、別の方法とかってなかったの?」

「正直、なかったわね。組織の異常なまでの情報収集能力と執着心から子供達を守るには、ああするしかなかったの。」

「こっちの世界での母さん達の事は……?」

「知ってるわ。使命を与えた竜神王様と、その親族を間違え、騙されてしまったんですってね。みんなには本当に申し訳ないことをしたわ。」

 ごめんなさいねとため息をつく母に、悠輔はこの人は変わってないなと考える。

昔からため息をつくときに癖のある人だったのを思い出し、思わず口元が緩む。

「それと、悠輔の事も聞いたわ。大変だったのね……。」

「いや、もう気にしてないよ、何百年も前の話だし。」

「あら、そんなに時間が経ってたの?」

「600年くらいはディンの中で眠ってたしね。今はみんながいる、だからそれでいいんだ。」

「……。ほんと、知らないうちにおっきくなっちゃってこの子は……。」

「そんなことより、母さん達……。」

「お化けーーー!」

「陽介!」

「行きましょ!」

 悠輔は何かを聞きたげな顔をしていたが、陽介の叫び声が家に響き渡り、慌てて2階に上がった。

 勢いよく陽介の部屋のドアを開くと、笑いながらも困り顔の陽介のご両親、戸惑う陽介の姉と、部屋の隅で泣きながら震える陽介がいた。

 裕治は至近距離で大声を出されたにも関わらず、いびきをかいて寝ている。

「ゆ、悠にいちゃ!お、お化け!母ちゃたちのお化け!」

「はは、だいじょぶだぞ。」

「でも!お、お化けが!」

「お化けじゃない、ほんとにいるんだよ。」

 陽介の家族をとおり抜け、震える陽介の背中をさする。

震える背中をさすりながら、なんどもなんども大丈夫だと伝える。

 陽介の震えはすぐに収まったが、まだ怖いのか、悠輔の腕のなかにすっぽりと収まる

「ほんとに……、父ちゃなの……?」

「そうだよ陽介。寂しい思いをさせてごめんな。」

「陽介ったら、まだお化けが苦手なの?まったく、おねえちゃんの心配通りだったわね。」

「だって……。」

「またそうやって!男の子がうじうじ!」

「やめろ。俺の弟に怒鳴るな。」

「弟!?あたしは陽介のおねえちゃんだよ!?」

「俺は陽介の兄だ。血じゃなくて、心の繋がった兄弟だ。」

 小学5年生の姉がまくし立てそうになったところを、冷静に止める悠輔。

年上の男の気迫に圧されたのか、陽介の姉は両親の後ろに引っ込んだ。

「実はな、ディンがみんなの家族を生き返らせてくれたみたいなんだ。どうやったかはディンがどっか行っちまったから分かんねえけど、とにかく本物だよ。」

「そうなの……?」

「そうよ陽ちゃん、驚かせてごめんね?」

「母ちゃ……。かあちゃぁ!」

「よしよし、陽ちゃん頑張ったわねぇ。えらいわぁ。」

 悠輔の言葉を信じたのか、陽介は思いきり母親にしがみつき、再び泣き始めた。

陽介の母はしゃがむと、陽介の頭を撫でながら言葉をかけ続けた。

「それにしても、彼には本当に驚かされるよ。」

「彼?ディンのことですか?」

「そうだ。僕達は僕達で世界の行く末を見届けたからね、まさかデイン様を救い出してともに戦い、悠輔君を蘇らえせてともに過ごしているとは思わなかったよ。」

「えーっと、少し勘違いを訂正させてください。僕を蘇らせたのはディンだけじゃない、僕達の時間軸のみんなが僕を起こしてくれたんですよ。」

「……!そうだったのか…。では、前の時間軸の子供達は……。」

「今僕とともにあります。子供たちは、僕のなかに。」

「そうか……。」

 神妙な面持ちの陽介父。

やはり、一度自分達の子供も死んでいるのだから、当たり前と言えば当たり前だ。


「ねえパパ、今日はみんなで出かけるんでしょ?」

「お、そうだったな。陽介、今日一日は家族で出かけようか。」

「ほんとに!?やったー!」

 先ほどまでの涙はどこ吹く風。

大慌てで準備をしたかと思えば、陽介一家は7時にはどこかへ出かけて行ってしまった。

「嵐だわね……。」

「嵐だね……。さて、そろそろ……。」

「ギャー!」

「ほれきた。次は大志と大樹か。」

 似たような悲鳴が聞こえ、似たようなやり取りがあり。

結局、悠輔達以外の家族は皆どこかへ出かけてしまった。

 そして、朝9時。


「みんな、知らないうちに大きくなったなぁ。」

「そういえば、父ちゃんと一緒にあんまり入れなかったもんね。」

「ほんとにごめんなぁ。」

「謝ることじゃないよ。病気は仕方がないんだし。」

「ありがとう。にしても、悠輔がみんなのお兄ちゃんかぁ。俺は一足先にいなくなっちゃったから、ほんとにびっくりだよ。最後に見たとき、みんな2歳だったからなぁ。」

 特に悠輔に似た口調の父。

 裕治以外の3人にとっては、2歳の時以来。裕治に至っては、初めて出会う父。

親子はどこか似る、という言葉が至極しっくりくるような、似た雰囲気の父。

 悠輔は落ち着いているが、他の3人はどこかぎこちない。

結局3人は母親と話をし、悠輔が父と話している。

「竜太と悠輔の事は知っていたけど、いやはや。恵美さんからディンくんのことも聞いていたけど、彼はすごいんだなぁ。」

「そりゃ、ほぼほぼ全知全能の神様だからね。」

「それにしては随分人間臭かったような?」

「ディンはずっと俺と一緒だったからね、神様っぽくはないんだろうよ。」

「そうなのかぁ。」

 ふむふむと頷く父。

動作がどこか自分と似ているからか、思わず笑う悠輔。

 最初は肩を震わせる程度だったが、次第に抑えられなくなったのか声をあげて笑ってしまう。

「おや、なんか笑うとこがあったかな?」

「いや、おか、おかしくて!あんまり似てるから!」

「はは、成る程そういうことか。確かに、ろくに一緒にいられなかった割に似てるのかもしれないな。」

「兄ちゃん、すごい笑い方……。」

「ふふ、悠輔ったらお父さんそっくりね。」

 思わず呆れ顔になる竜太と、笑う母。

それに釣られて笑う兄弟。

 更に笑う悠輔と、その顔をみて笑う父。

きっと、夢に見た一家団欒、家族揃っては、初めての事だった。

「そういや、ディンはどこいったんだ?」

「そういえば……。父ちゃん朝から見てないけど……。」

「俺達も家に入ってからは見てないなぁ……。」

「せっかく家族で一緒なのにね。」

 ディンの行方を案じる一同。

気を使っているのだろうとなんとなく考えはつくが、どうせなら一緒に居ればいいのに、と思ってしまう。

 特に悠輔は。

「そういや、デインもどっか行っちまったのか。」

「まったく、気遣いがすぎるよ。一緒にいたいのに…。」

「まあまあ、あの子達なりの配慮だ、素直に受け入れてやるのが家族だろう?」

「まあそうなんだけどさぁ…。」

 不服そうな竜太。

口を尖らせながらいいはするものの、しかしなんとなく理由はわかる。

 自分も、ここにいていいのかわからないから。

しかし、ディンはここにいて欲しいと思ったから連れ出さなかったのだろう。

 そう思うと、仕方ないとも思える。

「さ、俺達もどこかに出かけようか。せっかくだしな。」

「そうね。さ、みんな準備してね!」

「はーい。」


 午前10時。

全家族が出かけた。

源太と雄也は珍しく帰ってきていた源太の両親に会いに行ってしまった。

 そうして、珍しく無人になった家に、2つの影。

「よかったの?みんなと一緒じゃなくて。」

「俺はいいんだよ、子供達はまだしも、家族は俺がいたらやりづらいだろ。」

「ふーん。じゃあ、2人でゆっくりしようか。」

「何言ってんだ?これから大掃除するぞ?」

「えー!?日本ってそういうの面倒臭いんだよなぁ、僕の頃はそんなのなかったのにー。」

 無人になったのを確認してから帰って来たディンとデイン。

デインはゆっくりするつもり満々だったのだろうが、ディンはテキパキと大掃除を始めた。

 そんなディンをみて、やれやれとデインも手伝い始める。

「そういえば、どうしてこんなことしたの?」

「こんなこと?」

「みんなの家族呼んだこと。居なくなった後余計辛くなっちゃうんじゃない?」

「……。」

「まさか、そのことに気づいてなかったとかじゃないよね?」

「当たり前だ。」

「じゃあなんで?」

 ソファをどかし、カーペットを外に干し、あれこれしながらデインは問いただす。

会えるのは嬉しい、でも再び別れが来てしまったら余計辛くなる。

 それを、重々知っているから。

「……。記憶を留めておけなくなり始めてるんだ。」

「記憶?」

「前の世界の記憶だ。俺の魂のなかに留めてる記憶が、この前子供たちの魂が悠輔と一緒になった以降、少しずつ薄れてきちまってるんだ。」

「だから、なくなっちゃう前に呼び起こしたの?今の世界の家族じゃダメなの?」

「……、今の世界のみんなの家族の魂は存在しない。レヴィノルの術に犯されて消滅しちまってる。」

「そうだったんだ……。なんとなくわかってきたよ。」

 ディンは冷蔵庫の中の整理、デインは食器棚の整理をしながら、話は続く。

 ポツリポツリと、なにかを告白するように。

「俺が記憶を留めることができなくなれば、あの世界は消える。誰にも認知されない世界は、なくなっちまうからな。」

「悠輔は覚えてるんじゃない?」

「いや、悠輔も忘れかけてる。昨日このこと伝えたら、俺もだって言ってたから。」

「成程ね。でも、村さん達は?」

「俺と悠輔の記憶以外、悠輔が一度死んだってことも含めて、残ってないっぽい。記憶の転写も完璧じゃない、俺達は関わってるから覚えてるけど、それ以外は。昨日会った時に、前の世界で聞かれたのとまったく同じ質問されたからね。」

「そうなんだ……。」

 複雑そうな顔のデイン。

 自分自身は記憶の転写などに関わっていないが、記憶が薄れていくというのはどういう感覚なのだろうか、と自身の自我が闇に飲まれていく感覚を思い出す。

「それに、俺もあの人たちには礼を言っておきたかったんだ。忘れちまう前に、いなくなっちまう前に。俺達一族のせいで人生狂っちまったのも謝りてえしな。」

「そうだね……。僕達がなんとか出来てれば、あの子達もこんな目に合わないですんだんだもんね。あ、それとさ、どうやって術発動したの?魔力封じてあるでしょ?」

「ああ。それはな、俺の特異体質ってか、出来るようになっちまったやり方でやったんだ。」

「出来るようになった?竜神の守護の力じゃなくて?」

「それじゃない。過去に戻った後さ、色々あって魔力がないのに色々やろうとしてた時に出来るようになったんだ。多分、みんなに言ったら怒られる方法。」

「どんな?僕には思いつかないよ。」

「……。生命力を魔力に転換する方法。いろんな形の魔力に転換出来るから、本来は使えない魔術でも使えるようになる。」

「それって……!?」

 パリンと陶器の割れる音にディンがそちらを見ると、目に入ったのは驚きを通り越して固まるデイン。

 生命力を転換するという事は、の部分は理解しているからこそ、固まってしまうのだろう。

直後、悲しげな表情に代わり、目の端に涙を浮かべ始めた。

「なんで……、なんでそうまでするの……?」

「それは……。」

「なんで!なんで自分ばっかり犠牲にしようとするんだよ!僕だって守護者だよ!?ディンの叔父さんなんだよ!?なんで…、なんでなんにも相談してくれないの……?」

「デイン……。」

「僕、ディンに助けてもらってばっかりで……、力になりたくて、頑張ろうって……。」

「ごめん……、今までずっと1人だったから。誰かに相談しようとしても、なんて言えばいいのかわかんなかったんだ。」

 我慢できなくなったのか、泣きじゃくりながらディンの胸を叩く。

怒りを感じているのか悲しいのかディンには判断が出来かねた。が、その行為を止めようとはしなかった。

「僕やディランは王様に選ばれなかったから信用ならないの……!?それでも僕は……、僕はディンを助けたくて……。」

「違うよ、そんなん関係ない。デインや父さんには、負担かけたくなかったんだ。」

「……。そんなこと、考えなくたって良かったのに……。もっと、もっと頼ってよ……。なんで、命削ってまでそんなことするのさ……。」

「どうしても、最後に会わせたかった。どうしても、最後に伝えたかったんだ。消えてしまう前に、ありがとうって。」

「……。ディン、バカだよ。いつだって誰かの為にって、みんなを気遣ってさ……。それでディンが死んじゃったら……、みんな辛いんだよ……?」

 叩くことをやめ、縋り付くように泣きじゃくるデイン。

デインは確かに世界を守る守護者であり、ディンよりも年上ではある。

 しかし、蓋を開ければ10代の少年。

そんなデインに頼る事は、どうしても出来なかった。

 そして……。

「俺さ、長生きしたくねえんだ。」

「え……?」

「竜神の寿命って何百万年だろ?俺はそんな長生きしたくねえ。みんなと一緒に過ごして、みんなと一緒に逝きてえんだ。」

「……。」

「それに、俺は自分を大事にする権利なんてねえ。デインと違って世界を守れなかった、みんなを守れなかったんだ。もう一度チャンスをなんて勝手にやってさ、リュートまで危険な目にあわせてる。そんな奴が、保身になんて走っちゃいけねえよ。」

「そんなことないよ……。ディンはみんなの為に生きていかなきゃ。」

「みんながじじいになって召されるまでは死ぬつもりはねえよ。ただ、それより長生きするつもりはねえってだけだ。」

 お前より先に死ぬだろうけど、と心の中で呟く。

このまま順当に進めば、デインのほうが先に死ぬ。

 しかし、ディンは時間経過の速度が周りの何百倍、ヘタをすれば何万倍も早い。

 そして、生命力を魔力に転換する力。

それらを加味してしまうと、現時点でおそらく竜太よりディンの寿命は短い。

「まあそう構えんな。5年10年で死ぬわけじゃねえんだから。」

「ならいいんだけどさ……。やだよ?先に死なれたら。」

「確約はできねえけどな。」

「もぉ!」

 普段通りのディンのペースに巻き込まれ、穏やかさを取り戻すデイン。

その後2人は、他愛ない話をしながらどんどん大掃除を終えていった。


 夜10時。

外に出かけていたそれぞれの家族が帰ってきた。

 リビングには20人がそれぞれの形でのんびりして、皆で年末の特別番組を眺めていた。

「そろそろ年明けかぁ、今年はすっごい早く終わっちゃったね。」

「そうだな、色々ありすぎて、バタバタと時間が過ぎちまったな。」

 竜太と悠輔は年越し蕎麦を茹でながら、この一年を振り返る。

 全ての始まりは5月。

6月に家族がいなくなり、7月にディンが現れた。

9月には竜太の試練が執り行われて、10月にデインと悠輔が加わった。

 わずか半年。

わずか半年で、ここにいる全員が使命や運命を目のあたりにした。

 わずか半年で、ここにいる子供たちは成長した。

竜太は皆の兄として、感慨にふける。

「最初はどうなっちゃうんだろうってすっごい不安になったけど、以外となんとかなるものなんだね。」

「だな。俺も昔同じこと思ったよ、ディンが俺のなかにいたり、ちょっと今とは違うけどさ。」

「そっか、悠にぃの時はデイン叔父さんもいなかったんだもんね。」

「そうだな、みんなにもバレないように……、あれ、どうしてたんだっけ?」

「忘れちゃったの?」

「かもしれねえな。歳はとりたくねえもんだ。」

 もう、こんなところまで思い出せなくなってきてるのか。

悠輔は悲しげな表情を見せながら、竜太にバレないように蕎麦を茹でる。

 記憶の欠落、それを認識できている分かえって辛くなる。

前の世界のみんなの事は覚えている。

 でも、どう過ごしてきたのかが、少しずつ思い出せなくなってきている。

「悠にぃ、茹で過ぎじゃない?」

「あ、やべ!あっち!」

「あれ、悠輔どうしたの?」

「母さん!何でもないー!」

 竜太に指摘され、慌てて鍋をつかもうとして熱いところを掴んでしまった。

思わず声を上げ、坂崎母がひょっこりと台所に顔を出すが、なんでもないと取り繕う。

 母はふーんという顔をして、テレビの方に目を向けた。

「まったく……、こんなヘマするんは恥ずかしいもんだな。」

「はは、そんな日もあるよ。さ、全部できたし出しちゃお!」

「そだな。みんなー、年越し蕎麦できたでー!」

「おおー!」

 ささっと年越し蕎麦を配っていき、最後に自分達も丼を持つ。

ぐるっと全体を見回して、配っていない人がいないことを確認すると、ディンに目配せをする悠輔。

「お、俺が音頭とんのか?」

「当たり前だろ?お父ちゃんや。」

「……。じゃ、今年も一年お疲れ様でした!来年もよろしく!いただきまーす!」

『いただきまーす』

 20人の大号令?とともに、しばし蕎麦をすする音だけが反響する。

 そうそうたる光景が目の前に広がっているのをみて、ディンは思わず笑いで肩を揺らす。

集団で子供たち以外と食事を取ること自体が珍しいディンにとっては、珍しいかつ圧巻の光景だったのだろう。


 時間は少し進み、夜11時。

 全員が蕎麦を食べ終わったのを確認してから、ディンは全員を庭に出した。

 タイムリミットが近づいている。

これから子供達に伝えなければならない事を考えると、ディンの心は痛む。

「オヤジー、さみいー。」

「ホントだよ。ディンさん、除夜の鐘には早くないか?」

「……。」

「父ちゃん?」

「……。みんな、家族にお別れの言葉を言うんだ。これが、最後だから……。もう、会えないから……。」

 北風が心なしか強く吹き、それぞれの身体を冷やしていく。

そんな中、ディンの放った言葉に、子供達は凍りつく。

「最後って……。もう、父ちゃ達に会えないの……?」

「……。」

「そっか……。」

「そうだよね……。」

「逆に、最後にもう一回、会えたんだもんね……。」

「僕達の為に、会わせてくれたんだよね。」

「みんな……。」

 てっきりなにか怒られる、涙を流されると思っていたディンの予想とは、大きく違う言葉が発せられる。

 皆、覚悟は出来ていたのだ。

だから、最後の1日を思いきり楽しんだのだ。

「実はね、私達で決めていたんだよ。子供達に本当の事を話そう、と。」

「佐野妻さん……。」

「ディン君は不器用だろうから、本当の事を言わずにこの子達の怒りや悲しみを受け止めようとする、と考えたんだ。」

「河野さん……。」

「だから、勝手だけど私達から話したの。これからのことも、言っておきたからね。」

「ねえディン君、私達がなんで貴方の言葉に素直に応じたかわかる?」

「……。」

 竜太達の母から投げかけられた質問に、無言で首を横に振る。

 素直に応じた意味。

わからなかった。色々と理由は挙げられるが、どれも不確定だった。

「それはね、知ってたからなの。貴方の思いも、世界が消える事も。だから、最後に子供達にきちんと伝えたいこと、言わなきゃって。」

「……。」

「それにね、ずっと愛してるって覚えてて欲しかったの。私達は使命の為に命を賭け、子供達を巻き込んでしまった。でも親として、家族として、ずっと愛しているって。」

「僕だけはちょっと違ったけどね、なんせ、先に死んじゃったから。」

「……。貴方達は……、貴方達はバカだよ……。僕達一族のせいで子供と引き離されたのに、その一族の長である僕の気持ちなんて考えて…。」

「そうかもね。でも、私達は恨んでなんかいないわ。愛する世界の為に、愛する子供たちの為に、そして貴方の為に、やれる事は出来たもの。」

 そう言いながらディンに近づき、手を伸ばしてディンの頭を撫でる竜太の母。

その手のひらには愛を、その仕草には慈しみを持って。

「確かに貴方はレイラ様とディラン様の間に生まれた子で、竜神の長。でも、私達の子でもあるのよ?親が子の為に何かをして悪いかしら?」

「……。ありがとう……、僕は貴方の子供で良かった、みんなの兄で、父で良かったよ……。」

「こちらこそありがとう、私達を選んでくれて。さ、もう時間がないし、あれやらないと。」

「……。みんな、いっぱい抱きしめてもらえ。一生分、今やってもらいな。」

 ディンは泣きながら微笑む。

そして、その言葉とともに、それぞれが別れの言葉を告げ合う。

「父ちゃ、母ちゃ、姉ちゃ、ありがとう。僕、頑張るからね!」

「陽ちゃん、ずっと好きだからね?」

「おねえちゃんのこと忘れたら、承知しないからね!」

「陽介、ディン君や今のお兄ちゃん達に、迷惑かけるんじゃないぞ?」

「うん!……、さよなら、僕、みんなのこと大好きだよ……。」

 まずは陽介が、家族との別れを告げてディンの横にたつ。

笑って送り出そうとしているのだろうが、目の端から溢れる涙は止まらない。

「お父ちゃん、お母ちゃん、僕……。」

「大樹、父さんも母さんも、お前をずっと見守ってるからな。」

「大樹、何があっても笑ってればいいことあるからね?」

「うん……。」

 続いて大樹が、ディンの元に歩み寄る。

泣いている陽介を見ると、いつもは一緒に泣いているのに、精一杯我慢して陽介と手をつなぐ。

「それじゃ、サヨナラだね……。」

「そうだな。大志よ、頑張るんだぞ。」

「大志、ずっとごめんなさいね、私達、ずっと大志のこと好きだからね?」

「そうよ、ほんとずっと心配だったんだからね?」

「……。ありがとう……。」

 次に大志が。

大志も珍しく、涙を流すことを我慢せず、嗚咽を我慢することもなく。

 久しぶりに、家族の前で感情をさらけ出しながら。

「さて、私達が最後のようね。」

「そうだなぁ。裕治、今日初めて会ったけど、父ちゃんのこと忘れるなよ?浩輔、お前は母ちゃんにべったりだったけど、もう平気か?竜太、お前はいっつも頑張ってたな、少しは息抜きをしろよ?悠輔……、悠輔にはいろんなものを背負わせちゃったな、大変な時は、みんなで頑張れよ。」

「ちょっとお父さん、私の言いたかったこと全部いっちゃってもう!……。私達は陰陽師の血を引く一族。でも、そんなの関係なしに貴方達は最愛の息子達よ。胸を張って生きなさい!」

 そう言うと、4人がなにかを言う前にディンの元へと急かす母。

 言わなくてもわかる。

言ってしまったら、聞いてしまったら。

 きっと、別れが辛くなるから、と。

「竜神王……、いやディン君、後は頼んだよ。」

「子供達のこと、任せたからね!」

「……。」

 坂崎夫婦の言葉に、深いお辞儀で返すディン。

敬意、感謝、謝罪。

全ての気持ちを伝えるかのように、深々とお辞儀をする。

 そして、顔を上げ、最後の時を終わらせる。

「竜神王術!真竜炎!」

 巻き起こる炎の柱。

今までのどれとも違う、青い炎の柱。

死者の魂に安らぎを与える、癒しの炎。

 その中で、12人は形代へと姿を戻し、その形代は緩やかに燃えてゆく。

「……。」

 誰も、何も発しない。

唇を噛み涙をこらえ、方やすがりつくように涙をこぼし。

しかし、誰も目を離さず、送った。

 千年の時を経て、一万年の時を経て尚、使命を果たした者達を。

我が子を愛し、世界を守ろうとした家族を。

 片時も目を離さず、子供達は見送った。

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