第21話 災禍の始まり

 年が明け、3ヶ月が経った3月の末。

 子供達は学年が上がったり裕治に関しては中学生になったりと、バタバタと準備を済ませる。

 世間ではディンの立ち上げた未成年自殺防止プロジェクトが功を奏し、未成年の自殺率が格段に減少。

 それに応じ魔物の出現率も大分少なくなり、デインが1人で対処していた。

 ディンは専ら仕事に明け暮れ、悠輔と竜太は子供たちの面倒を見る。

 デインはちょうどいいからと、自分の役目と魔物の討伐を優先的にする事を申し出た。

無論、対処しきれない場合や理由があった時には他の3人も赴くが、それは稀だった。

 3月31日、その日ディンは仕事で家を明け、デインは1人魔物の討伐に向かい、珍しく子供達だけで過ごしていた。

「なんか、2人がいないってだけで静かになるもんなんだな。」

「そうだね、いっつもデイン叔父さんがうるさくして父ちゃんに怒られてるからね。」

「あの2人、とうとう歳が逆転したんだってよ?」

「そうなの?じゃあ、父ちゃんの方が年上なんだー。なんかほんと、2人とも見た目変わんないからわかんないよ。」

「そんなこと言ったら俺だって600だぞ?」

「そういえばそうだったっけ。悠にぃも変わんないよね。」

「まあ魂が、の話だからな。変わってたんなら俺もしわくちゃの爺さんじゃすまねえぐらいになっちまってるよ。」

 珈琲を飲みながらのんびりとしている悠輔と竜太。

2人とも魔物の気配を察知する事は怠っていないが、デインは上手くやっているようで、どんどん気配が薄れていくのを理解し、気を抜いていた。

「ところでさ、みんな何してんの?」

「さあ、2人は昼寝2人はゲームだとして、雄也と源太は何してるんだろ。」

「また2人でしんみり話でもしてんのかもな。あいつら、2人っきりだと以外と静かに話してるっぽいし。」

「ね。源太はともかく雄也は結構うるさいから、そんな風に静かに出来るなんて知らなかったよ。悪い言い方すると猿みたいだし。」

「そうだなぁ。元気いっぱいなのはいいんだけど、ありゃ小学生だ。」

「見た目通りといえばそうなのかもしれないけどね。」

 などと笑いながら話をしているうちに、時間はゆっくりと過ぎていく。

 気が付けば魔物の気配は無くなっていたが、デインはここ2ヶ月程魔物討伐の後フラフラと観光をしていると聞いている為、さして気に留める事もなかった。

「にしても、静かなだな。」

「ほんっと、やることなくって暇になっちゃうね。」

「な。デイン、今頃何……。」

 そこで悠輔は言葉を切る。

いや、言葉を失う。

「悠兄、どうしたの?」

「竜太、今すぐディンに電話してくれ。俺は一足先に行く。」

「……、わかった。」

 先ほどまでとは空気が違う。

何が起きた事を察した竜太は、急ぎディンへと電話を繋いだ。

 そして悠輔は言葉通り、転移を使いどこかへと消えていった。


 ところ変わって東京都心のビル最上階。

NPO法人「最後の場所」

「社長、書類のチェックをお願いしたいのですが……。」

「ん、了解です。そこに置いといてもらっていいですか?」

「はい……。社長、失礼かもしれませんが何を書かれているんです?」

「政府に提出する論文と調書ですよ、明日までに出せなんて無茶ぶりされてまして。」

「はは、大変ですね。現場にも出向かなければならないというのに、こんな長い論文まで……。」

「まあ仕方ないですよ、それだけこの仕事は大事なことなんですから。そうだ長野さん、お昼食べました?」

「いいえ、それを仕上げていたのでまだです。これから牛丼でもと思っているんですが、社長は食べられましたか?」

 似合わないと子供達にからかわれたスーツを着こなし、ディンは代表としてパソコンに向かっていた。

 勿論能力を使うわけにはいかないため、左手だけでタイピングをしているのだが…。

両手でのタイピングと差異のない速さで打ち込んでいる為か、左手首には湿布が貼ってある。

「いや、まだ食べてないですね。長野さん、迷惑じゃなかったら特盛持ち帰りで買ってきてもらってもいいですか?」

「構いませんよ、ご一緒に食べましょう。」

「お、それは嬉しいお誘いです!是非一緒に食べましょう!代わりといっちゃなんですけど、牛丼代くらい僕が出しますよ。」

「お、それはありがたいです。トッピングなどはどうしますか?」

「じゃあ、チーズ牛丼とおろしポン酢牛丼、それぞれ特盛でお願いしようかな。」

「特盛2杯……、食べますね……。」

「そうですか?まあ胃袋はでかいってよく言われますが。」

「見た目も相まってか食べ盛りの高校生のようですよ。私はもう31ですが、それだけ食べたのは学生の時くらいのものでしたから。」

 長野明人、彼はこの会社に一番最初に入社した31歳のこぶとりの男性で、同い年の妻と10歳になる娘、7歳の息子がいる。

 前職は営業をしていたらしいが、肌に合わないと退職。

ちょうど求人が出たこの会社に面接を受けに来たという。

 営業職の宿命なのか休憩をあまり取ろうとせず、最初はディンが促さないと定時で帰ろうともしなかった。

「では行って来ますね。」

「お願いします。あ、適当に飲み物もお願いしていいですか?」

「ええ、コーラか何かでいいですか?」

「なんでもいいですよ。適当に目に付いたもので。」

「了解しました、では今度こそ行ってきます。」

 長野は笑いながらオフィスを退出し、ディンは1人になる。

他の社員は皆ランチに出かけている為、静かなものである。

「さて、と。」

 ディンは伸びをしながら1人呟くと、パソコンに目を戻す。

 現在まとめているのは今まで戦ってきた魔物の種類と特徴、危険度を詳細に連ねた物で、細分化まで含め数百種類に分類されている。

 生物学とは少し違うが、取りまとめを行ってそれを専門とする機関を設立したい、という政府の意向を汲んだ結果だ。

 しかし、結局専門家として機能する事はないだろうなとディンは腹の中で考えている。

近づく事は死を意味する魔物に対し、知識を持ったところで、というのが正直な意見だからだ。

「めんどいけど、あっとすっこ……。」

 左手を振りながら気だるげに首をかしげ、少し休息を取る。

そして体をほぐすように動かしている途中、ピタリと動きを止めた。

 その直後、携帯電話が鳴り響く。

ディンは通知も見ずに通話ボタンを押すと、一言放ち電話を切った。

「なんの用かはわかってる。みんなを起こして、俺達も向かうよ。」


「これで最後っと!」

 同日午前中、京都府京都市。

デインは1人魔物の討伐に趣いていた。

 数が少なく力も弱いと判断し、2人には休んでもらおうと考えたからだ。

「よし、終わった終わった。」

 実際魔物の数はそこまで多くなく、15分ほどで戦闘は終わってしまった。

戦い終われば呆気ないもので、デインは観光をしようとのんびり宙に浮いている。

「なんだっけ、たこ焼きっていうのが美味しいってディンが言ってたっけ?」

 人気のない路地裏で私服に着替え、フラフラと商店街を歩き回る。

平日だが商店街は賑わっており、主婦や観光客がわらわらと動き回り波を作っていた。

「人が多いのやだなぁ、近くに公園とかないかな?」

 人ごみをなんとか縫うように歩く事30分。

広めの公園を見つけ、休むのにちょうどいいベンチに腰掛け買ったたこ焼きを頬張る。

「ん、美味しい。買ってよかったー。」

 傍目から見れば観光に来て名物食べてる外国人なデイン。

無駄に日本語が流暢な為不思議な目で見られこそするものの、不審がる人はいない。

「……。ほんと、美味しい。」

 公園で遊ぶ子供達を眺めながら、ふと寂しげな声を出す。

子供を見ていると、自分が[子供]として過ごした時代の事を思い出して悲しくなってしまう。

 物心ついてから戦いに身を投じるまで、そう時間はかからなかった。

双子の兄弟であるディンの父、ディランと遊んで過ごした時間も少ない。

「ディラン、なんで僕だけ残っちゃったんだろうね……。」

 そのディランは、もういない。

ディンに全てを託し、この世を去ってしまった。

 母であるレイラも、親戚や同族も皆。

力の継承、あるいは対立闘争によって命を落としてしまった。

 何人かは残っているらしいが、何千もの竜神がデインが眠っている内にいなくなってしまった。

「なんで僕だけが……。」

 寂しいのだろうか、それとも悲しいのだろうか。虚しいのだろうか、もしや苦しいのだろうか。

 涙が目の端を伝い、食べかけのたこ焼きの上で踊る鰹節を濡らす。

 年齢自体は高いが、ほとんどの時間を眠ってきたデイン。

精神年齢は浩輔達とそう変わらないのに、背負うものが大きすぎた。

「あの時、僕も……。」

 死んでしまえたらよかったのかもしれない、そう思うことがないといえば嘘になる。

むしろ、1人の時は強く考えてしまっている。

 孤独。

確かに今はディンが隣にいてくれる。

竜太も子供達もそばにいてくれる、受け入れて愛してくれている。

 だが、何処か違う。

「みんなは、今に生きてるんだもん……。」

 自分は過去の遺物だ。

1000年前の守護者、1000年前の遺物。

 ディンは500年前に遡って色々したといいはするが、生まれたのはこの時代だ。

生きた時間の違いが、デインに孤独感を芽生えさせる。

「僕だけ……。」

 そしてその孤独は、デインの中に残っている闇を増幅させる。

 わかっていた。

自身の悩みが、自身の中にある1000年前の人々に植えつけられた闇を膨らませている事を。

 その感情が、蛇のように自身を締め付けている事を。

しかし、その思考を止めることが出来なかった。

 涙が止まらない。

まだ冷たい初春の風がデインの頬を撫ぜる。

「なんで……、なんで僕だけが……。」

 苦しみで心がぐちゃぐちゃになっていく。

光に包まれていたはずのデインの心はいつの間にか、どす黒い闇に覆われていた。

 自身がそれに気づかないまま、しかし無意識に押さえ込んだまま。

膨れ上がった闇が、デインの思考をもかき回していく。

「もう、やだよ……。」

 そのつぶやきは、何を意味するのか。

戦うことなのか、生きることなのか。

孤独に苛まれることなのか、それすらわからない。

 わからないまま、デインの許容量を超え大きくなっていく。

 否。

とうの昔に、許容量など超えていたのだろう。

 しかし、ディンや子供達がそばにいたから、なんとかそれに支配されずに済んできた。

 だが今は1人。

溢れんばかりの闇を抑えるものも、それを優しく包み込んでくれる人もいない。

「……。」

 デインの美しい空色の瞳が、赤黒く蝕まれてゆく。

穏やかだったはずのデインを纏う気配が、触れる物を蝕む瘴気へと変化してゆく。

「もう、いいや……。」

 穏やかな春の陽気が、デインの瘴気を運ぶ魔の風と化す。

魔の風は瞬く間に広がり、空に暗雲を生み出した。


「明日奈や!どうしたんや!しっかりせえ!」

 どこからか悲鳴にも似た老人の叫びが聞こえた。

デインが虚ろな目で周りを見渡すと、そこには地獄が広がっていた。

「明日奈!明日奈ぁ!」

 ついさきほどまで元気に走り回っていたはずの子供達が苦しげに地に伏し、家族が泣きそうになりながら身体をゆすり、声をあげる。

「……。」

 それが自身から放たれる気配のせいだということに、デインはすぐ気づいた。

しかし、どうするわけでもなかった。

「ごめんね……、ディン。」

 その言葉とともに、デインの意識は闇へと沈んでいった。


「デイン!」

 直後、その名を呼ぶ声が聞こえたが、デインは反応しなかった。

 違う。

デインアストレフは、もはや存在していなかった。

 転移した先で悠輔が見たもの。

それはドス黒く蠢く、ディンの背中から出てきたものと同じ、それが人間の5倍程度に巨大化したものだった。

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