第19話 交わした約束

 同日午後2時。

ディンは村瀬と合流し、渋谷のとあるビルに来ていた。

 15階建てのそのビルには、1階と15階を除き13の会社がオフィスを構えており、1階は警備やビル管理のために使われているようだった。

 2人は管理室にいた警備員に軽く挨拶をするとエレベーターに乗り、15階へと向かった。

 到着すると少し狭い廊下があり、少し奥にあった扉にはセキュリティカードを読み取る機械が設置されていた。

 そこにディンがカードを読み込ませ、中に入った。

中はまだ何もなく、スッキリとしていた。

 2人は給湯室などを覗いてから、窓際に向かい、ビル街を見下ろした。


「いやぁ。こんなところに構えることになるとは思わなかったよ。」

「全くだ。ここは高かっただろう?」

「まあね、でも資産はバカみたいにあったから、問題ないよ。」

「そうなのか。そういえばディンは実は金持ちだったな。」

「ま、株とかで大儲けさせてもらってますから。それに、討伐報酬も最近多いからね。一日に500万とか。」

 他愛のない話をしながら、2人は笑う。

 実はディン、自分が受け取っていた報酬類の中のあまりプラスαを全て投資し、多大な利益を得ていたのだ。

なんのこともない、過去にもやっていたこと。

 株の値を記憶と記録から引っ張りだし、一番利益が大きいところに投資していたのだ。

それはすぐに実り、今では高級マンション自体を買収し、利益を増やしていた。

「大変だったけどねぇ、特に最初は。」

「色々と切り詰めたのか?」

「まあね。食材なんかは全部別世界から持ってきてたし、そもそも資金もここによく似た世界で時間かけて捻出してたから。」

「それがこんな形で意味を持った、ということか。」

「そのつもりでやったわけじゃないんだけどね。色々とお金は必要だし、みんなに不自由な暮らしはさせたくなかったから。」

 まったくという顔の村瀬を見て笑う。

 時間は有り余る程あった。

だからこそ出来た所業だと、村瀬は考えていた。

 しかし、それはディンが多く年を取ると言うこと。

今でこそ聞かなくなっていたが、それでも最初は年齢を聞いては嘆いていた。

「そうだ、年明けからオフィスとして稼働するのに、まだ空っぽなのは平気なのか?」

「うん、4日の午前中に全部運んで貰うし、その日の午後に何件か面接の予定も入ってるよ。」

「そうだったのか。しかし、表面上NPOとして動くのに、そこから面接開始で平気なのか?」

 NPO法人の開設には色々と条件がある。

そのうちの一つは、社員が10人いること、あとはボランティア要因が何十名か必要だった。

「最初は普通の会社名乗るよ。人数集まったらNPOの申請する形で。非営利は貫くから、おそらく問題ない、はず。」

「ほうほう、ボランティアの方はどうするんだ?」

「そこは色々とつてを回ってる。討伐者に好意的な人間に訴えかけて、動いてもらう形を取ろうと思ってるよ。今んとこ20人集まった。」

「ほお、意外と集まってるものなんだな。」

「光枝さんもOKくれたよ?」

「何!?彼女にも打診していたのか!?」

「まあね。村さんから評判聞いてたし。二つ返事で了解もらったよ。」

 光枝さん、とは村瀬警部の妻で、ディンや子供たちとは顔見知りだ。

というより、時折村瀬を通じずに家にやってきては、煮物などを差し入れてくれる良妻賢母といった人だった。

 実際村瀬自身とも関係は良好、喧嘩など10年伴侶として過ごして一度もないとか。

「まあ光枝さんなら了承するだろうが……。私に一言言ってくれても……。」

「あんまり変な心配かけたくなかったんじゃない?あと、光枝さん専業だし子供好きだから、自分に出来ることがあればなんでもするってさ。彼女児童心理専攻だったんだって?」

「そういえばそうだったな。結婚していなければ心理士の仕事をしていた、と大分前に打ち明けられたよ。でも、私が警察という立派な仕事をしているから、支えさせて欲しいと言われたものだ。」

 成る程ねと首を振るディン。

 子宝には恵まれなかった2人なのに、しかもボランティアには二つ返事だったのに専業主婦をしている理由がわかった気がした。

「まあ俺としても、児童心理専攻だった人がいるのは心強いよ。ほんとは社員としての打診だったんだけど、私にはいるべき場所がありますってさ。」

「彼女がそんなことを……。いやはや、ディンには恥ずかしいところを色々と見られてしまっているな。」

「全然。恥ずかしくなんてないよ、胸張って自慢してやんな。うちの嫁さんは自分をいつも待ってくれてる良妻だって。」

「それもそうだな。如何せん、社交辞令が板についてしまっているようだ。」

 苦笑しながら頭をかく村瀬と、その姿を見て笑うディン。

2人揃って誠実なお似合いの夫婦だよ、とは口には出さなかった。

「さて、と。ここに呼び出したのはそんな話じゃないんだろ?」

「お、そうだった。実はな……。」

 そう言って村瀬が語り出したのは、警察内でのディンの評判と批評のことだ。

 ディンには特権が設けられている。

そこには、警察と同じ権力の行使が含まれているわけだが、本庁では意見の違いから対立が生まれているようだ、と。

「まあそうなるよね。当たり前だよ。」

「分かっていたのか。なら何故?」

「魔物減らすため。」

「それだけか?私には心は読めないが、ディンがそれだけの為に動くとも思えないんだが……。」

「……。ほんとにそれだけだよ?」

 一通りの話を聞き、ディンは首を振りながら想定内だったことを打ち明ける。

村瀬もその答えは想定内だったのか、確信を付くような質問をし始める。

「なあディン、私には本当のことを話してくれないか?今更君への信頼がなくなる訳でもないのだから。」

「本当の目的が実質的な権力の掌握だったとしたら?」

「……!?」

「流石に嘘。そんなこと望んだってなんか変わる訳でもなし、そもそも実力行使すりゃ社会牛耳れるでしょうに。」

「では、何故?」

「……。ただそうしたほうがいいと思ったから、ってだけ。前回の時にそう思って、今回もそうした。嘘偽りはないよ?」

「……。」

 イマイチ信憑性が薄いと考える村瀬。

ディンは頭が回る方だ、メリットデメリットを細かく考え動く。

 少なくとも村瀬は、そう判断している。

「魔物が負の感情から生まれるなら、それを未然に防ぐための対抗策は必須。犯罪っていうのは長引いたほうが鬱屈としやすいから、迅速な解決の手助けってだけだよ。」

「それは魔物を減らすため、という言葉を細かくしただけだろう?私にはどうにももう一つくらい理由があるような気がしてならないんだ。人間社会の為などという綺麗事を考えるようなタイプでもないしな。」

「今日はやけに突っ込んで来るねぇ。」

「どうしても知っておきたいんだ。君を信じている人間として。」

 ディンはヘラヘラと笑いながら答えようとしないが、村瀬は珍しく食い下がる。

 守秘義務というわけではないが、胸の内に秘めている心は触れるべきではない、という村瀬の心情には反することだが、今回は違うらしい。

「……、わかったよ。ただ、意外と単純だよ?」

「それでもいい、真実を教えてくれ。」

「人のために何かをする。それが、約束だったからだよ。」

「約束?」

「うん、他の世界で一緒に戦った戦友との約束。そいつには素性とか現状を教えててさ、憎いかもしれないけど、それも人間の愛おしいところだ、なんて言ってたよ。自分は迫害されてたのに、ヘラヘラして。最後には人間に殺されたのに、さ。」

「……。」

「だから、それからこっちに戻ってきてからしばらく考えたんだ。悠輔の事があった徒でさ、そいつの言葉を思い出してさ。竜神として、俺として。なにかできないかって考えたんさ。」

 もう800年ほど前の話。

 ディンが向かったとある世界で、その世界で人間を守護していた少女との約束。

涙を流し血まみれの少女を抱き抱えていたディンの頬に手を添えながら、少女は笑った。

(例え何があっても、私は人間が大好きだから。だから、守りたかったんだ……。)

 と。

「彼女は泣かない子だった。当時俺は50歳くらいだったんだけど、彼女17歳ですっごい驚かされたよ。」

「……。そんなことがあったのか……。」

「そ、だからその子との約束守ってんの。ちなみにその子、人間と精霊の混血だったよ。」

「精霊?」

「精霊。その世界の万物を守護する役目を与えられた種族、彼女はその中でも、人間を守護する種族の精霊である父と、人間の母の間に生まれたんだ。異種混血は忌避されてたんだけど、彼女はそれでも人間を守りたいって言って、そうしてた。最後には冤罪かけられて磔さ。」

 当時の記憶が蘇り、苦笑いを浮かべるディン。

その後結局、人間の守護を司る精霊がいなくなって、人間は大変な目にあっていた。

 ディンはそれを見届けてから終決させ、その世界を離れていった。

「俺はその時、改めて人間の醜さを理解したよ。でも、あの子との約束を破りたくなかった。人を愛し、人に愛されず、それでも人を愛し続けた純粋な少女との約束なんて破ったら、竜神の名折れだからね。」

「その子に、惚れていたのか?」

「さあ、どうだろう。惚れた腫れたはあんまり好きじゃなかったから、わかんない。」

「いや、ディンはその子がきっと好きだったんだろうな。」

「好きだったよ?というより、愛おしかった。」

「それを惚れたと言うんだよ。」

 少し寂しそうに過去を語るディンに、村瀬は気を遣ってかおちょくるような質問をする。

その意図に気づいたのか気付かなかったのかは別として、ディンは乾いた笑いをあげた。

「そうかもね。ドキドキはしなかったけど。」

「おや、意外と手馴れている感じだな?」

「いや、恋愛インポってやつ。何をもってして恋愛かなんて考えないから、そう感じないのよ。」

「恋愛インポ?成る程、インポテンツを恋愛に置き換えたのか。」

「そゆこと。」

 一瞬考え意味を理解すると、村瀬は笑いだした。

それをみて、なんだかおかしいなとディンも笑いだした。

「しかし、恋愛インポというのなら、子供たちや奥さんはどうなんだね?」

「あれは恋してるんじゃなくて愛してる。だから、恋愛じゃないよ。それと奥さんちゃう、母さんや。」

「成る程そういうことか!いやあ、面白いなぁ。」

「人が昔話してたのにからかわんで欲しいよ、まったく……。」

「いやすまん、なんだか可笑しくなってしまってな。」

 2人は一頻り笑い、村瀬は腹を抱え出してしまった。

何がどうしてか、笑いのツボを直撃してしまったようだ。

 変なのと肩をすくめながら、ディンも笑いで肩が震えていた。

「そうだ、その世界というのは、今どうなっているんだい?」

「彼女がいた世界?」

「そうだ。守護者という事は、ディンと同じような立ち位置だったのだろう?その彼女が亡くなってしまってから、世界はどうなったんだ?」

 しばらく笑ったあと、村瀬はふと思い出したように疑問を呈する。

ディンも笑いを収め、遠い昔を見るような目に成り、語る。

「今も存在してるよ。精霊っていうのは代替わりがきっちりしてるから。継承する者がいなければ、世界意思みたいなので新しく生まれるから。」

「成る程……、なんだか寂しい話だな。」

「まあある意味当然じゃない?守護者っていうのは本来常に存在してるものだから。この世界は所謂ファンタジーとはかけ離れてる世界だから、必要な時にしかいないってだけだよ。」

 当然とは言いつつ、当時は怒り感じたことを思い出す。

彼女が死んでしまってから次の守護者が現れるまで、時間にして8時間ほどだったことを考えると、至極当然ではあるであろうが。

「あの頃は俺も憤りは感じたし理不尽にも思った。でも、それはなければならないものだってのは理解してるし、今ではそれが当たり前になっては来てるよ。」

「そうなのか……。なんだか嫌な事を思い出させてしまってすまなかった。」

「いえいえ、全然平気だよ。」

 表情が少し暗くなってしまった村瀬に、ディンは気にしていないと伝える。

実際、900年も生きていれば大概の理不尽は経験するものだ。

 しかも、守護者関連となれば、もう何百と見てきている。

「……。世界意思、か。もし今ディンと竜太、デインがいなくなってしまったら、同じことが起こるのか?」

「いや、それはないよ。」

「しかし、守護者はいなければ…?」

「この世界は別。この世界の守護は、竜神王の一族しか出来ないようになってるし、俺達   3人が居なくなれば、直系の一族は絶えるからね。親戚みたいなのはいるけど、彼女達は竜神の世界の管理者だから。」

「そうなのか……。」

「……、この話はやめようか。なんか辛気臭いから。」

「そうだな、すまなかった。」

 ディンの一言で本当にその話を終え、その後は他愛ない会話をして帰路についた2人。

時折村瀬がなにか言いたそうな素振りを見せたが、ディンがそれに応じる事はなかった。


「……。」

 時間がすぎるのもあっと言う間なもので、気が付けば朝方5時。

子供達は夢の中、世界も眠りについた頃。

 ディンは1人、本棚を引っくり返していた。

「うーん、確かこの辺に……。」

「これじゃないなぁ……。」

「この本か……?」

 独り言をブツブツとつぶやきながら、本の山をパラパラと捲っていく。

ディンの部屋に、普通の本はない。

 全て、竜神の書き記したものだったり、魔術に関するものだったり、魔物に関するものだったり。

傍から見ればオカルト本がびっしりと並べられている。

 しかしこれは原本ではなく、内容をそのままコピーして書籍化したもの。

ぱっと見では、普通の本に見えるだろう。

「これは欧米系で……、東洋……。あれ、陰陽術に関するやつどこやったっけか……。」

 ディンの探し物は、子供たちの先祖が遺した書物。

それと、東北は恐山に伝わる、イタコの降霊術に関する書物。

 何百と置いてある書物の中から、その2つを探している。

「……。あ、イタコの本みっけ。」

 15分ほどで1冊を見つける。

背表紙には「イタコ」とだけ書かれた、ハードカバーの分厚い本を机に置く。

「あとは……、あった!」

 そこから5分程で、もう一つの書物を見つける。

背表紙には陰陽師と書かれていて、それだけで広人苑ほどの分厚さの本が3冊程並んでいた。

「えーっと、式神式神……。」

「んー、どこに書いてあるんじゃいこりゃ……。」

「えーーー、あ、あった。」

 1時間程かけ見つけた目的のページには、式封術と書かれていた。

1ページ目には図式がえががれ、次のページには手順が長々と書かれている。

「なになに、用意するものは術式を書いた形代、封じたい魂、か。」

 ふむふむと読み込み、10分ほど黙るディン。

繰り返し手順を読み込み、暗記する。

「さて、次はイタコっと。」

 式封術のページを開いたまま、イタコの術に関する書物を広げ、降霊術の文章を探す。

「あ、あった。」

 こちらはすぐに見つかり、同じように暗記する。

「……。よし、覚えた。」

 イタコの力も陰陽師の力も、血族による継承が前提としてあるため、そこに関しては何も書かれていないようだった。

 ただ、術を発動する方法だけが記されていた為、そこまで暗記に時間はかからなかったようだ。

「後は……。」

 チラリと悠輔が寝ているのを確認し、ディンはつぶやきながら左腕をみる。

少しずつ薄れてきているが、当然封印はそのまま残っている。

「使う、か。」

 目を閉じ、瞑想を始める。

程なくして、ディンから不思議なオーラが発せられ始める。

 封印された魔力ではなく、生命力を使った能力の使用。

その準備のためだ。


「……、よし。」

 5分ほどの瞑想で発動したのか、静かに目を開け、部屋を出て行く。

霜の下りた薄銀の庭に出ると、先ほど確認した式神を作り出した。

「……。」

 12の形代を織り終えると、それを等間隔で地面に置く。

「……。竜神王剣、竜の意思。我が右手となれ。」

 先代ディンの剣を出現、そのまま右手を生成。

生成した右手と左手を合わせ、陰陽師の使う五芒星を錬成する。

「……。もう一度だけ、皆に会ってくれないか…?」

 何かに向かって懇願するディン。

無論、そこには誰もいない。

「もう一度だけ、あの子達と触れ合ってくれないか?」

 もう一度懇願する。

「もう一度だけ、あの子達にほほ笑みかけてくれないか?」

 更に一度。

「もう一度……。」

 懇願し続ける。

そこにはいない、しかしどこかにいるハズの誰かに。

 そして、その願いは叶う。

「……、ありがとう……。秘術、召霊式封。」

 ディンは呟いた。

願いが聞き入れられたと感じた。

 目の端を、涙が伝う。

「君がディン君か、僕達の子供たちがお世話になってるね。」

「いいえ、僕は貴方達の息子を守れなかった。自らの使命を果たすことも出来なかった。」

「でも、今子供達を守ってくれてるじゃない。」

「しかし……。」

「私達は君の時間軸にいた者達、確かに君の言葉は間違ってはいないが、しかしこうして今子供達の為に私達を呼んだのだろう?」

「はい……。」

「ならいいんだ、ディン。俺達は役目を全うした、その上、息子にまた会えるなんて夢のようだよ。」

 五芒星の中には、8人の男女と4人の少年少女が立っていた。

形代と同じ、等間隔に。

 そして、口々にディンに語りかける。

「……。貴方達は、今から18時間だけその姿を保っていられます。どうか、あの子達と……。」

「わかっている。君の気持ちを無下にはしないよ。」

「……。ありがとうございます……。」

「……。我が子達のもとに向かおう、いっぱい、楽しませてあげよう。」

 8人のうち、浩輔や裕治、竜太によく似た男性がそう言うと、12人はゾロゾロと家のなかに入っていった。

「……。」

 1人残されたディンは、涙を浮かべたまま、転移を使い消えていった。

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