第18話 可笑しな日常

「えー!俺の力を一時的に封印するぅ!?」

 珍しい声が響く坂崎邸、ディンと悠輔の部屋。

 よく晴れた12月の終わりの昼頃、ディンを除いた全員の満場一致の意見が伝えられ、本人は眼を丸くしている。

「じゃ、じゃあさ、魔物が出てきたらどうすんだよ!?」

「僕達で対応するよ。父ちゃんは少し休まないとダメ!」

「対処するって……。」

「ねえディン。僕等、少しだけでもディンに休んで欲しいんだ。」

「それならなんで封印なんだよ!?」

「だってディン、封印でもしねえということきかねえだろ?」

「そりゃないぜー!」

 竜太、デイン、悠輔に諭されるが、納得できないといった顔をしているディン。

能力の一時的な封印は、それだけ大きな事柄だからだ。

「僕達だって戦える。父ちゃんは本当に少し休まないと、身体壊しちゃうよ?」

「そうそう。だから任せてよ、一応僕は1000年前1人で戦ってたんだよ?」

「そう言われてもなぁ。最近は日常的に魔力使ってっから、使えねえってなるとかなり困るんだけど……。」

「首相や村さんならOKくれたぜ?」

「てえ回すのはやすぎだろ……。」

 あれこれと不利益を並べても、笑顔で返される。

ディンは頭を掻きながら、ため息をつく。

「あのな、俺の能力封印するって、多分無理だぞ?俺の中に流れてんのは自分だけの力じゃねえから。」

「だから、魔力だけ封じるんだよ。」

「はぁ。じゃあ、その間になにかあったらどうする?外界の事は?呪い関係は?」

「それは……。起こらないように祈ってるよ、起きちゃったら仕方がないけど。」

「その時には封印解除するよ。ディン以外にはできないことだから。」

 そこは仕方がないと皆で決めた妥協点は、要するに自分達に解決できなければやってもらう、という所だった。

 そこまで縛ってしまうと、確実に拒否されてしまうから。

「なあディン、みんなお前を心配してんだ。だから、少しでいいから安心させてやってくれないか?」

「どんだけのことすんのか……。は悠輔とデインはわかって言ってんだもんなぁ……。仕方ない、たまには言うこと聞くよ。」

「ありがとう、それでこそみんなの父親だ。」

「茶化すなやい。」

「じゃ、早速やっちまおう。一応、期間は半月だ。」

「りょーかい。」

 仕方がないという顔のディンを連れて4人が庭に出ると、そこにはもう封印を行う為に待機していた子供達の姿があった。

「あ、みんなする気まんまんだったのな。」

「まあまあ。今回は俺が主導でやるから、ディンは真ん中に立っててくれ。」

「はいよ。」

 ディンが重い足取りで子供たちの中心に立つと、他の3人もそれぞれの立ち位置に動いた。

「さあ、ディンの魔力を封じるのは結構体力いるから、みんな踏ん張ってくれよ?」

「僕達も必要なの?」

「ああ。陰陽師だけの力じゃ封じきれない膨大な魔力の持ち主だからな。守護師の2人と竜神である2人の力も借りるんだ。」

「流石はオヤジ……。スケールが違いすぎるぜ……。」

「さて、と。今から術発動するから、動くなよ?」

「はーい。」

 悠輔は宣言とともに右手をディンに向かいかざす。

すると、陰陽師である子供達の立っている場所を起点とし、五芒星が現れた。

そして、守護師である雄也と源太、竜神であるデインと竜太、そして悠輔の5人を起点とし、陰陽師の魔法陣に重なるようにもう一つ五芒星が現れる。

「なんだか、どんどん体力が吸われてるみたい、だ……!」

「力が抜けてく……?」

 悠輔が術式を強固にする為に念じていると、竜神の2人が自らの変化に気づいた。

「力が抜けてるんじゃない、それだけ魔力を使ってるってことだ。」

「そうなの?」

「なんだか、ふにゃってなっちゃいそうだぁ。」

「これが、魔力を使うってことなの?」

「これ、きつい、かも……!」

 ディンが真ん中から解説を入れているうちに、子供達もだんだんと気づいてゆく。

呼吸が乱れ、全身に疲れが来る。

 小学生の3人は、立っているのがやっとといった様子だ。

「さあ、封印するぞ!」

 悠輔が眉間に皺を寄せながら力を込めると、2つの五芒星は一際輝き、緩やかに消えていく。

 そしてそれと同時に、限界が訪れたのか皆一様に膝から崩れ落ちた。

乱れた呼吸を整えようとする音が、幾重にも重なって聞こえる。


「……。全く、無茶するなよな。」

 その中心で、唯一余裕な表情をしているディンの左手首に。

正確には竜が描かれている紋章の、ちょうど首を囲うように五芒星が刻まれていた。

「これで、ディンの能力は封印できたの?」

「これ、すっごい疲れる、ね。」

「みんな、お疲れ。中で、休もう……。」

 中学生組はフラフラと立ち上がるが、小学生の4人は立ち上がることもままならないようだ。

 座ったまま、辛そうな顔をしている。

「全く、歩けるやつは自分で戻ってくれよ?」

見かねたディンが陽介のもとに向かい、脇に抱えるように持ち上げ家に入っていく。

「大志、行こうか。」

「悠兄さん、ありがと……。」

「大樹、僕達も戻ろう。」

「竜太お兄ちゃん、ありがと-……。」

 一応子供を抱えるくらいの体力は残っている悠輔と竜太が、大志と大樹を抱える。

 そしてゾロゾロと家の中に戻ると、皆リビングでゴロゴロし、そのうち3つの寝息が聞こえ始めた。

「やっぱ、疲れたよな。ほんと、バカみてえな魔力だよ、ディンのは。」

「仕方ねえだろ?そんくらいなきゃ対応しきれねえんだから。」

「まあ確かにそうだけどな。」

 寝てしまった大志の頭を撫でながら、悠輔は乾いた笑い声を上げる。

「そういや、なんで半月なんだ?オヤジのこと考えたら、もう少し長くてもよくねえか?」

「あー。それはな、俺達全員の力を使っても、ディンの魔力だけを封じれるのは半月くらいが限界だからだよ。」

「魔力だけ?どういうことなんだ?」

「ディンのすべてを封印するのなら、陰陽師である子供達だけで事足りるんだ。そういう特別な契約を、先代の竜神王達が結んでるから。でも、魔力だけとなると、繊細な封印が必要でな、そっちの方は大変なんだよ。」

「そーなのか。」

「そーなのだ。」

 悠輔の気の抜けた声で、場が笑いに包まれる。

「さて、チビ達こんなとこで寝かせておくと風邪ひいちまうから、部屋に連れてってくるな。」

「あ、ありがとディン。」

「みんなも疲れてるだろ?少し休めな。」

 ディンはそう皆に伝えると、陽介を抱えてリビングから出ていき、部屋の前まで来る。

そしてそこで、当たり前だがディンにとっては何百年ぶりの問題にぶつかった。

「あ、ドア開けらんねえ。」

 隻腕であるディンが左腕に陽介を抱えているのだ、当然しまっているドアを開けるはずがない。

そう、当然出来ないのである。

 しかし、今そのことに困っている男にとってそれは当然ではなかった。

つい先ほど、出来なくなってしまったことなのだ。

「どうしたもんか……。」

 陽介を抱えたまま、何とかドアを開けようと悪戦苦闘するディン。

しかしその努力は虚しくも意味のない時間を過ごすだけになってしまった。

「仕方ない、か。おーい、悠輔ー。」

 諦めたように階段の前まで戻り、悠輔を呼ぶ。

すると、すぐにドタドタと悠輔が階段を笑いながら上がってきた。

「やっぱダメだった?」

「やっぱって、わかってたんか?」

「まあね。普段魔力使ってやってんの知ってるからな、困ってんじゃないかって竜太と話してた。」

「笑わんでくれよな、まったく……。」

「ごめんごめん。」

 悠輔は笑いながらドアを開け、大志と大樹の部屋のドアも開け、下に戻っていった。

デインはその姿を見てため息をつきながら、陽介をベッドに寝かせた。

「まったく……。」

 よくよく考えると、魔力を封じられたという事は、それで補っていた事がほぼほぼ出来なくなるということ。

 上は瞬間移動から、下は両手を使うことすべてが制限されてしまうということ。

「半月、かぁ。」

 大志と大樹を順番に部屋に連れて行き、自室に戻って一人呟く。

「新しい試みのこともあるのに、なんでオッケーしちゃうかなあの人たちは。」

 つい先日会議で決定した新しい事業とでも言うべき試み。

それを遂行するのには、ディンの能力は必要不可欠だった。

「まあ、準備期間って考えるか……。」

 そう言いながらパソコンの電源を入れ、いつものように操作しようとし、またできないことを思い出す。

「あー!こなくそぉ!」

 10分もしないうち、やりづらさに苛立つディンの叫びが響き、それを聞いたリビングに居る子供達は乾いた笑いを上げるのだった。


(……。電車なんて何百年ぶりだ……?)

 次の日。

平日の通勤ラッシュの時間帯に、ディンは一人心の内でため息をつく。

 新事業のための会議と調整の為に都内へ向かおうと、スーツに身を包み電車に乗っている。

(まったく、窮屈だ……。)

 満員電車の中、いくら普段から鍛えているとはいえ人波に揉まれ疲弊する。

(こんなん毎日ってのは辛いな。)

 つり革に捕まりながらぼんやりと考える。

赤茶髪で襟足の長く、しかもオッドアイで眉間に大きな傷跡があるディンは電車の中で好奇の視線にさらされる。

 そして……。

「痴漢!この男、私のお尻触ったわ!」

 すぐ近くで発せられた不愉快な悲鳴。

自分には関係ないと無視していたディンだが、スーツの袖を思い切り掴まれて気づく。

「は?」

「あんた触ったでしょ!わかってんのよ!」

「……。」

 思わずそちらを向き、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をする。

目の前には、顔立ちや体型はそこそこ整っているが、目が釣り上がり、怒りに顔を歪ませたキャリア風の女性がこちらを睨んでいた。

「はい?」

「だから、あんた私のお尻触ったでしょ!」

「いや、触ってませんけれども。」

「バレてんのに嘘なんて見苦しいわよ!警察よ警察!」

「いや、あの。」

 満員電車でバカのように騒ぐ女性。

 ほかの乗客は様々な反応を示していた。

痴漢などと馬鹿にした顔、哀れみの顔、怒りの顔、なにも知らないといった顔。

 そんな中で呆れて引き攣り笑いをしているディンに対し、女性のすぐ後ろにいた長身の男性が声をかけてきた。

「おい君、君は自分がなにをしたのかわかっているのか!」

「いや、なにもしてませんけど。」

 エリートリーマンのような風の男性は、ディンに向かい声を荒げる。

「ふざけるな!私は見ていたぞ!この女性の尻を君が触っているのを!」

「そうよ!絶対あんたよ!」

「いや、触るもなにも、僕右腕ないんですけど。」

「なにをふざけ切ったことを言っている!降りろ!警察まで連れて行ってやる!」

「はあ、まあいいですけど。」

 ちょうど駅につき、男性はディンの服の襟を掴み引っ張る。

渋々ついていくディンと、怒りきったままの女性もともに下車。

 そして、男性は思い切りディンを放るように腕を動かし、ディンはよろけながら数歩前に進んだ。

「さあ、駅員を連れてきてやるから待ってろ!」

「いや、一緒に行きますよ。面倒ですけど。」

「あんた、犯罪犯しといて何!?開き直ってんの!?」

 露骨に面倒がるディンに、女性はヒステリックに叫ぶ。

騒ぎを聞き駆けつけた駅員とともに、3人は駅員室へと向かった。

「それで?何があったんです?」

「こいつ、痴漢したのよ!右手でいやらしく私のお尻もんできた!」

「そうです!私は目撃しました!」

「はあ、めんどくさいなぁ。だから右腕ないって言ってるでしょ?」

「なにをふざけたことを!」

「じゃ証拠、はい。」

 駅員が冷静に対応しようとするも火に油を注いだようにボルテージが上がっている2人の前で、ディンはスーツを脱いだ。

 下にはカーディガンを着ていたが、勿論右手があるはずはなく、空調で右の袖がひらひらと揺れる。

「ね?ない腕でどうやって触れと?」

「わ、私は左手で触られたって言ったのよ!」

「そ、そうだ!」

 それをみて、急に慌て出す2人。

女性の駅員が、どうしたのかと疑問の目を向けている。

「いや、左手でつり革握ってましたし、なにより貴方、僕の服の右袖掴んでましたよね?」

「か、勘違いよ!私は!」

「さっき確かに右手で触ったっておっしゃられてましたよね?ですから、ない手でどう触れと?」

「ふ、ふざけているのか君は!」

「ふざけているのはどちらです?というより、お2人揃って慌てていらっしゃいますけど、共犯かなにかですか?」

 呆れ笑いのディンと、慌てふためく2人。

駅員も、何があったのかなんとなく察したようだった。

「警察がもうすぐきますので、このままお待ちくださいね。」

 ほかの駅員がそう告げると、2人は更に慌て始める。

 そして、揃って駅員室から出ようとするが、最初からいた駅員がドアを塞ぐように立っている。

「お望み通り警察が来るんですよ?ここでゆっくり待っていればいいじゃないですか。」

「ふ、ふざけるんじゃない!」

「私は忙しいのよ!」

「いえいえ、もう連絡してしまっていますし、駅前の交番からすぐにでもお巡りがきますから。お時間は頂かないので、少々お待ちください。」

「そうですよ、僕のない右腕でどうやって貴方のお尻を触ったか詳しく話してくださいよ。」

 笑い出す駅員。

流石に冤罪だと気づき、ディンに強力してくれているようだ。

 それを理解し、ディンは声をだして笑い出す。

「通報を受けてきましたが、どうなさいましたー?」

 駅員室の外から、ノックとともに声が聞こえる。

「ほら、来てくれたみたいですよ、どうぞお入りください。」

 駅員の女性が快く警官を中に誘うと、でっぷりと腹の出た中年の警官が入ってきた。

「なにやらこの女性が、奥に居る隻腕の男性に痴漢されたと仰られるんですよ。しかも、ないはずの右手で。」

「ははぁ、そうですか。とにかく、お話を……。」

「わ、私は忙しいからこれで!」

「お待ちください。お話をお聞きしないことには出て行かれては困ります。」

「だそうですよ、お2人とも、落ち着かれては?」

 何が起こっているのかを理解した警官と女性駅員に強く促され、2人は諦めたように室内のパイプ椅子に座った。

「えー、何があったかはなんとなく察していますが、取り敢えずお聞かせ頂いても?」

「聞く必要も無いでしょう?冤罪ですよ冤罪。どうせこの2人、グルになってこの方をはめようとしてたんですよ。」

「まあそうでしょうな。でなければ僕が来て慌てることもないでしょうし。」

「じゃあそういうことで、応援呼んでいただいても?」

「分かりました。こちら駅前派出所、痴漢冤罪で2人の男女の身柄を拘束、応援願いたい。」

 呆れるような速さで話が流れ、思わずディンも驚く。

座っている2人は、観念したのかうなだれ、沈黙している。

 数分後、応援できた警官に2人は連れて行かれ、ディンは事情聴取の為に駅員室で中年の警官に話をすることになった。

「今回は災難でしたね。」

「いえいえ、おかげさまで、何事もなく済みそうです。」

「まったくあの2人、今までもああやって誰かをはめてきたのね絶対。許せないわ。」

「……?」

 どこかで聞いたことのあるような声で話す女性駅員。

ディンは首をかしげながら、不思議そうに駅員をみる。

「よりによってディンさんをハメようだなんて!」

「……?どこかでお会いしたこと、あります?」

「ええ。というより、気付かなかったの?」

 そう言って駅員は目深にかぶった帽子を取り、ディンをまっすぐ見つめる。

「吉野さん!」

「やっと気づいてくれた!まったくディンさんったら、ひどい人ね。」

「いやいや、喫茶店のウェイトレスさんとこんな所であうとは誰も思わないでしょ!」

「まあ確かにね。みんなにそう言われるわ。」

「そりゃそうでしょうよ。」

 驚くディンを尻目に、1人どこかに行ってしまう吉野。

 ではこれでと警官も出て行ってしまい、1人残されてぼーっとしているディンの元へと、奥で作業していた駅員がやってきた。

「あのー。ディン、さんは吉野さんと仲がよろしいんです?」

「たまに喫茶店でお話するくらいですけどね。」

「そうなんですか…。吉野さん、綺麗な方ですよね。」

「そうですねぇ。年齢を全く感じさせないハツラツとした雰囲気、歯に絹着せぬ物言い。ほんと、良い人ですよ。」

「そうですよね……。」

「……?」

 吉野を褒めるとなぜかがっくりと肩を落とす駅員。

精悍な顔は悲しげに歪み、見た目の割に高めなため息をつく。

「もしかしてお兄さん、吉野さんのこと……。」

「わっ!い、今のは忘れてください!」

「ははは、吉野さんには言わないから安心してくださいよ。」

「そ、そうですか……。」

 ディンが最後まで言う前に、慌てて声を上げる駅員。

言わないからという言葉を聞くと、ホッと安堵のため息をつく。

「そういえば、お兄さんお名前は?」

「あ、失礼いたしました!私、大手町所属の遠藤誠也といいます!」

「まことなり、の誠也?」

「はい!」

「成る程、読んで字のごとく素直な人だね。」

 そう伝えると、いきなり褒められた事に驚き、照れるように笑う。

「あの、ディンさんはフルネームだとなんとおっしゃるんですか?」

「ああ、ディン・レイラ・アストレフって言うんですよ。ミドルネームは、母のファーストネームからだそうです。」

「そうなんですか!ちなみに、ご年齢は…?」

「27ですよ、ちなみに既婚です。」

 27歳という年齢はもちろん嘘だ。

ディンはなんやかんや外界にいる事が多く、この時既に900歳を超えている。

 この年齢は、村瀬がこれから始める事業で年齢を聞かれたら面倒だろうと、妥当な年齢を決めたのだ。

「27!僕より4つも年上なんですか!?」

「っていう事は、遠藤さんは23か……。若いっていいねえ。」

「いやいや!ディンさんのほうがよっぽど若く見えますよ!」

「見た目だけはね、時々高校生くらいと間違われるくらいだよ。でも、中身はいい年こいたおっさんだよ。」

「いやあ、すごいですね。」

「そんなことないよ。いろんな所でおちょくられてるからね。」

 ホントは900超えてるけど、とディンは心の中で呟く。

 そんなディンを尊敬の眼差しで見つめる遠藤。

その理由はわからないが、今の話のどこかにそんな要素があったのだろうか、と考える。

「その傷はどうしたんですか?あと、腕がないっていうのは……。いや!今の質問も忘れてください!失礼なことを!」

「いえいえ、気にしないよ。顔の傷は12の頃、不審者に学校が襲われてね、その時に。腕がないのは、15の時に事故に巻き込まれちゃってね。」

「そうだったんですか……。すんません、俺変なこと聞いちゃって。」

「いやいや、気になって当然だと思うよ。事実、会う人会う人に聞かれるからね。」

 申し訳ないと再び肩を落とす遠藤を、ディンは穏やかに慰める。

実際は900年前の傷、というのも無論秘密なのだが。

「今では助かってることもあるけどね。第一印象が強烈だから、すぐ覚えてくれるし。中々忘れられないし。10年ぶりに会った人でも、すぐに思い出してくれるんだ。」

「ディンさん、目も不思議ですしね。なんというか、綺麗な目してますよ。」

「この目は両親が違う人種だったから、偶然なっちゃったらしい。右目の黄色は母、左目の緑は父なんだ。」

「そうなんですか!すごいです!」

「そうかなぁ。」

「そうですよ!外国の方なのに日本語達者ですし、相手の褒めるところすぐ見つけられますし!なにより、初対面の俺とこんな風に話してくれるんですから!」

 目をキラキラ輝かせながら熱弁する遠藤。

そういう人柄なんだと、力を使わずともわかる。

 そんな遠藤に、仕方がないとしても嘘をつくことに若干の罪悪感を覚えるが、決して顔には出さない。

 もしもバレて傷つけてしまったら。

言えるわけがない。

「いっても、生まれも育ちも日本だからね。むしろ英語とか話せって言われても日常会話くらいしかできないよ。」

「日系ってやつですか?ちなみにご両親の出身は……。」

「確か、母がイギリスで父がアメリカだったかな?」

「なんか曖昧なんですね、覚えていないんですか?」

「聞いたのが大分昔の話だからね、両親ともども物心着く前にいなくなって、叔父さん夫婦に育てられてきたから。」

「そうだったんすか……。」

「あ、気負わないでね?別になんとも思ってないから。」

 しまったとフォローを入れるディンだったが一足遅かったらしく、しょげる遠藤。

ちょうどそのタイミングで吉野が私服で現れ、微妙な空気をスルーしてディンを連れ出した。

 ディンは駅員室を出る際、肩を深く落とす遠藤を目の端に捉えたが、吉野に引っ張られ声をかけられずに終わった。


「遠藤君となに話してたの?」

「え?他愛のない世間話ですよ、あとは僕の出生とか。」

「え!?ディンさんあのこと話したの?」

「いえ、ニセの経歴ですよ。僕27歳ってことになってます。」

「へー。ディンさんなら10代でも疑われないんじゃない?」

「まあそうでしょうけど、一応大学院卒という肩書きになっているので。」

「どうしてまた?」

「これから始める事で、僕があれだと気づかれず、他人として活動する、それに経歴がないと出来ない仕事なもので。」

「でもそれって、経歴詐称にならない?」

「いえ、ちょっと色々仕込んで、僕が大学と院にいなきゃならなかった期間、関わったであろう人全員の記憶を書き換えました。」

 昼食を取ろうと雑踏の中歩きながらさらりと白状するディンに、絶句する吉野。

戦闘能力は知っていたものの、まさかそんなことまで、とは。

と考えているのが表情から見て取れる。

「え、じゃあ私も……?」

「そんなわけないですよ。絶対条件だからこそやったわけですし、あれやると僕結構疲れるんで。」

「うーん、まあディンさんがそういうならそうなんだろうけど……。」

「信じてくださいとは言いません。確かに、僕は色々と不明瞭な部分が多い、ある種君の悪い存在なことは事実ですし。」

「そういうわけじゃないの!ただ、びっくりしちゃって……。」

「大丈夫です、信じてくれてるのわかりますから。」

「え!?どうして?」

「普段なら心読んでるんですけど、今は力が使えないんで、勘です。」

 再びあんぐりと開く吉野の口。

美人の部類に入る吉野の驚く顔に、思わず声をあげて笑うディン。

 歩みを止め、腹を抱えて笑い出し、それに釣られて吉野も笑う。

「にしても、ほんっとすごい人ね、ディンさんは。」

「そうですか?別段そんなことないと思うんですけど。」

「いいえ、すごい人よ!この人のことなら信じていいって、そんな雰囲気があるもの!」

「はは、ありがとうございます。あ、ここで食べて行きません?ちょっと時間押してるので、そんなに長居は出来ませんけど。」

「あら、こんなおしゃれなお店が出来てたのね!いいわ、ここにしましょ。」

 ちょうど目の前にあった洒落たレストランに決め、2人はそこに入っていった。

好奇の目線にさらされながら、しかし全く気にすることなく2人は昼食を終え、駅まで戻ってそこで別れる。

 ちょうど遠藤が2人を見つけ、凹んだ顔をしていたのはまた別のお話だ。

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