第10話 最後の試練

 午後8時。

4つの試練をクリアした竜太は、未だ1人樹海を彷徨う。

そろそろ体力も限界に近付いている為か、思うように共鳴の波動を操る事が出来ず、焦燥感に駆られる。

 次はどんな試練なのか、何が待ち受け何を試されるのか。

不安と緊張が、焦燥と疲労を強くしていく。

「はぁ……。」

 ため息をつきながら倒木に腰掛ける、木枯らしに近い冷たい風が木々の間を吹き抜け、ざわめかせる。

 上下ウィンドブレーカーという寒さに強い恰好をしているものの、さして激しい運動をしているわけでもない。

木々を抜ける風が、同時に竜太の体温を奪っていく。

「少し休んでからもう一回探すかなぁ……。」

 そういいながら、倒木に手をついて空を見上げる。

竜太がいるのは倒木が多い場所で、上を見上げれば星が見える。

「綺麗だなぁ……。」

 休憩がてら星を眺める。

ちょうど時間がよかったのか、流星群がキラキラと流れていく。

「もうちょっと……。」

 と言いつつ、気を抜くと眠ってしまいそうになる。

共鳴の波動は使い慣れてるものからしたら、起きている間ずっと使っていてもそこまで消耗しないが、慣れていない者がそれをすると多大なスタミナと魔力を消耗する。

「もうちょっと、なんだって?」

「え!?」

「竜太見っけ。」

「父ちゃん!?」」

「竜、お疲れ様。」

「浩まで!」

 ぼーっと体力を回復しようとした矢先、声を掛けられて飛び起きるように反応する。

声の方向を見ると、浩輔を背中におぶっているディンの姿があった。

「そろそろ限界だと思って、こっちから来たぞ?」

「こっちから……、ってことはじゃあ次の相手は父ちゃん?」

「そうだよ。」

 えーっという顔をする竜太。

 実際、竜太は戦うという意味ではディンが苦手だ。

のらりくらりと攻撃を躱され、すぐ後ろを取られてしまう。

特訓中の話で言えば、竜太は一度もディンに剣を出させたことすらない。

「戦うの?」

「ああ、そうだ。」

「無理だよ……。」

「なんでだ?」

「だって、特訓の時に剣も出したことないじゃん。それって、それだけ実力差があるってことでしょ?」

 最初から諦めムードな竜太。

疲労と自らが感じている実力差が、やる気をなくさせていく。

「さあ、それはどうだろうな?浩、降りて少し離れててくれないか?」

「うん、父ちゃんあんまり竜の事いじめちゃだめだよ?」

「わかってるよ。」

 浩輔を背中から降ろし、指示をする。

浩輔はからかうような声を出しながら素直に従い、15メートルほど離れた。

「よし、そこでいい。」

 ディンは浩輔に伝えると、左手を前に出し竜太に翳した。

「竜太、今回は真面目にやるぞ?」

「……、わかった。」

 竜太を黄緑色の淡い光りが包み、体力と魔力が回復していく。

「竜神剣・竜の愛」

 竜太が呟くと、背中に鞘に収まった剣が現れた。

「竜神剣・竜の誇り」

 ディンも同じように呟くと、翳したままの手の前に抜身の剣が現れる。

「ついでに結界も張っとくか。」

「4段階開放、竜陰術・竜陰絶界」

 ディンを尋常ならざる闘気が包み、ディンと竜太の間を中心として、浩輔の足元までを五芒星が覆い、光の壁が包む。

そしてその中心に翼を広げた竜の絵が描かれ、結界を絶対的なものとする。

と同時に結界内の倒木がディンの魔力で押し出され、戦闘の場が整えられていく。

「これくらいしねえと危ねぇからな、封印3段階。」

 結界発動の瞬間にディンが纏っていた尋常ならざる闘気が、一瞬で霧散した。


「さて、と。今までの特訓の成果、今日の試練で学んだこと、全部ぶつけてこい!」

「はい!」

 高らかに、そして楽しそうに竜太を鼓舞するディン。

そして剣を抜き構える竜太、最終試練が今始まった。


「とりゃぁ!」

 始めに動いたのは竜太の方だった。

剣を横に構え、前方に跳躍した。

自分の周囲の空気を押しのける勢いで、まだ剣を握っていないディンに強襲を仕掛けた。

「……。」

 ディンは緩慢ともいえる動作で剣を握る。

そして、さして力を入れずに竜太の剣を受け止めた。

剣と剣が交わった瞬間、風が吹き荒れ木々を揺らす。

「く……、まだまだぁ!」

 防がれたことを理解し、剣を引いて一回転。

回転の勢いを乗せ、今度は右から袈裟に斬りかかる。

「おっと!」

 2撃目を予想していなかったのか、少し驚きながら剣を振り上げ、弾くように防ぐ。

「くっそ!」

 攻撃を弾かれ、悔しさに声を上げる。

がしかし動きに乱れはなく、弾かれて上に向いた剣を流れるように左から袈裟に斬る。

「お、いい連携じゃねえか!」

 左腕を引くようにして剣を引っ張り、その勢いで体をひねる。

そして瞬時に剣を逆手に握り、3撃目を防いだ。

「まだ終わりじゃない!」

 ディンの剣に這わせるように剣を振り下ろし、力が入るように手元を整える。

そのまま、下段から腰を狙い剣を一閃した。

「おおっと!」

 受けきれないと判断したディンは、後方に体を反らす。

体の動きに置いてきぼりを食らったディンの上着が、竜太の剣の切っ先で破かれる。

「あぁ!あとちょっとだったのに!」

 ディンが後ろに下がるのを目視し、自身も一度距離を取る。

5メートル程飛びのき、剣を正眼に構え直す。

「たった1か月でここまでとは、やるじゃねえか!」

「父ちゃんには内緒で特訓してたからね!」

 呼吸一つ乱さずディンが褒める。

竜太もまた、呼吸一つ乱さずに返す。

「今の、どうなってたの……?」

 結界の外で2人の戦いを見ていた浩輔が、ポカンと口を開ける。

剣を振るところは見えていた。

 が、自身も剣道を嗜んでいる身として、驚かざるを得なかった。

普通ではありえな動きでの斬撃、あり得ない体勢での受け身。

そして剣が交わる度に巻き起こる風。

 弩級の能力を持っていることは理解しているつもりだったが、間近で見ると驚かされる。


「さ、次はどうする?」

「余裕だね、父ちゃん。」

「竜太も本気出してないだろう?」

「えへへ。」

 竜太は構えを解かず、ディンは持ち方を順手に戻し構えずに余裕で話をする。

「じゃ、今度はこっちからだ!」

 声を発した刹那、ディンの姿が消えた。

正確には、目に捉えられない速度での前方跳躍。

重心を一度後ろにずらし、振り子の勢いで速度を増す。

ディンが、竜太に最初に教えた技術だ。

「うわぁ!」

「はは!よく防いだ!」

 しかし、竜太には見えていた。

跳躍とともに、外側から剣を横に振るうディンの姿が。

跳躍した瞬間地面が抉れ、周囲に風が吹き荒れ、木々が悲鳴を上げているところが。

そして瞬時に腕を引き、剣を縦に構え受けた。

「だけど、力が入ってないぞ!」

 鍔迫り合いに派生する前に、ディンが力を込め竜太の剣を弾いた。

「だって、いきなり!だから!」

 剣が弾かれるのを感じ取り、反射的に半歩下がる竜太。

「まだ行くぞ!」

 一度剣を振りきって、反対側から横に斬撃を加える。

「嘘ぉ!?」

 動作のあまりの速さに驚きながら2歩下がり、回避をする。

「いい判断だと言いたいけど、甘いな!」

 竜太の足さばきに合わせるように踏み込み、剣を逆手に持ち替え柄頭で竜太の腹を突く。

「いたっ!」

 みぞおちに吸い込まれる柄頭。

重心が後ろにいっていたこともあり、そのまま勢いよく転がされてしまう。

「竜!」

 竜太が突き転がされたのを見て、慌てて駆け寄ろうとする浩輔。

しかし結界に触れた瞬間、無理だと悟った。

 強烈な力の脈動。

陰陽師の血を引いている浩輔が、無意識のうちに備えている感覚。

「これ、通れない……。」

 何者も通さない。

それだけ強い結界が張られている。

 竜陰絶界。

ディンが使う結界術の中で、最も強力な結界。

デインとの闘いで使用した五重結界のさらに上の力である八重結界に、竜神の守護の力を加えたものだ。

例え天変地異が起ころうとも崩れない、究極の結界。

「竜……。」

 ディンなら間違えることはない。

そうわかっているつもりだが、やはり不安なことに変わりはない。

 しかし、自分はただ見ている事しか出来ない。

それを悔やみながら、浩輔は2人の戦闘を見守った。


「どうしたよ竜太、まだ一発入れただけだぞ?」

「うぐぅ……、こんなんじゃまだ終わんないよ!」

「お、その調子だ!」

 突きで5メートルほど転がされるも、即座に体勢を立て直し反撃に転じる。

特訓途中の竜太では考えられない程素早く、的確な判断。

ディンに向かい走り、勢いよく踏み込んで剣を突き出す。

「よっと!」

 上体を捻り剣を避ける。

が、見切りが遅かったのか剣が軽く頬を掠めた。

「もういっちょぉ!」

 更に気合を入れ、引っ張り込むように剣を振るう。

「まじか!」

 ディンはブリッジの勢いで体を反らし、何とか剣を回避する。

「えやぁ!」

 回避し体勢が崩れた所に、剣の勢いを利用して思い切り脇腹を蹴り飛ばす。

「うわっ!」

 さすがに回避しきれず一撃をもらうディン、そのまま吹っ飛ばされ結界に背中を打つ。

「僕だって強くなったんだからね!」

 竜太はディンに一撃を入れられた事を喜び、声を大にする。

「驚いたよ、まさかここまで成長してるなんてな。」

 ディンは立ち上がると、口元に笑みを浮かべる。

「まだまだ全部は出してないよ!」

 竜太は剣を下段に構え、ディンに向かい走る。

そしてディンの少し手前で飛び上がり、上に剣を振り上げまっすぐ下ろす。

「そうかも、な!」

 ディンは思い切り剣を振った。

剣が生み出した風圧が、竜太を体ごと吹き飛ばす。

「うわぁ!」

 予想だにしなかった反撃に対応出来ず、そのまま高く打ち上げられてしまう。

そして着地体勢を取る間もなく重力に従い落下する。

「っ!」

 背中から落下したことでの痛みとショックで呼吸が一瞬止まり、痛みの声も出ない。

「やべ、やりすぎたか!?」

 竜太が落下するのを見て、慌てて駆け寄ろうとするディン。

「まだ、まだいけるよ…!」

 呼吸を整えながら立ち上がり、手放してしまった剣を拾う竜太。

戦う事への意志はくじけておらず、ゆっくりと剣を下段に構える。

「そっか、まだいけるか!」

 それを少し嬉しそうに見つめるディン。

実際嬉しかった、今までは後ろを取られるだけで弱音を吐いていた竜太が、目の前で立ち上がって来る。

嬉しかった、しかし同時に悲しくもあった。

「でも、あんまり無理するなよ?」

 我が子を育て、戦わせる。

自らが果たせなかった使命の重みを、痛みを。

自分の息子にも背負わせてしまっている、それが悲しくて虚しい。

「戦ってること自体が無理してるようなものなんだから、今更言わないでよね……。」

 竜太は呆れたように言葉を返す。

事実、いくら体力と魔力が回復したところで、父親と戦うことは竜太にとってすなわち無理をしているという事だ。

 苦手意識がどうこうではなく、純粋に父親を傷つけたくない。

しかしこれが最後の試練だというのなら、無理をする価値はある。

早くディンと肩を並べて戦いたい、早く一人前になりたい。

「さ、続きいくよ!」

 呼吸が整ってきた所でまた竜太が仕掛ける。

今度は横から走り寄ることで、点の攻撃を躱しつつ攻撃するつもりだ。

「そうだな!」

 竜太の戦法を推測したディンは、剣を腰の位置で留める。

剣に魔力がたまり、水泡のように水が湧き出てくる。

「これをなんとか出来るか!」

 ディンはその場で剣を振るった。

すると剣から濁流のような勢いで水が溢れ、結界内を浸食していく。

「いいか竜太!魔法と魔力は違うんだぞ!」

「源太から聞いたよ!」

 竜太は慣れない集中をし、剣に魔力を蓄える。

ディン程早く出来るわけではない、しかしたった1日という期間で竜太は成長していた。

「いっけぇ!」

 共鳴の波動。

それを長く発動していた事により、無意識に魔力の使い方を理解していたのだ。

 竜太は剣を一文字に振るう。

するとそこから目には見えない波動が、衝撃波のように広がっていった。

「お、やるなぁ!」

 ディンには見えていた、竜太の剣から放たれた魔力が。

それが自らの魔法を打ち消し、濁流を切り裂いた所を。

「てやぁ!」

 竜太は即座に剣を下段に構えなおし、そして空高く飛び上がった。

「くらえぇ!」

 100mほどの高さから、ディンめがけて降下する。

剣を右に振りかぶり、横に一閃する算段だ。

「まだまだ届かねえぞ!」

 ディンは対応すべく上を向き、剣を逆手に構え振りかぶる。

重力の作用を利用し威力を上げた竜太の斬撃と、振りかぶりからの遠心力を使ったディンの迎撃。

 どんどんと近づく距離、竜神の親子が本気で剣を振るったその刹那。

交差した剣から、爆風が吹き荒れた。

 その風は結界を超えて吹き荒れ、木々を激しく揺らす。

そしてすぐ傍にいた浩輔にも、その爆風はぶつかる。

「うわぁ!?」

 浩輔は叫ぶ。

そして近くにあった倒木にしがみつき、なんとか吹き飛ばされないようにこらえた。

恐ろしい、浩輔は本能的な恐怖に襲われた。

2人が自分を襲う事はない、これは守るための試練。

それはわかっていた。

 だが、恐ろしかった。

初めて感じる、強大すぎる力に晒されて。


「……。」

 風が収まり、浩輔は恐る恐る目を開いた。

そして結界の中を見た、その瞬間。

「竜太ぁ!」

 竜太はディンと風の力で思い切り結界に打ち付けられていた。

そして、風が収まるとともに地面に突っ伏した。

結界に頭部を打ち付けたのか、起き上がる様子を見せない。

「竜太!」

 そんな様子をみて、ディンは声を上げる。

「しまった……!」

 斬撃の瞬間、ディンは本気を出していた。

いくら力を段階的に封印しているとはいえ、今の竜太にとってディンの本気は強すぎた。

「う、うぅ……。」

 呻き声をあげる竜太。

体がぴくりと動くが、起き上がろうとしない。

「竜!」

 浩輔は結界の外から叫んだ。

竜太がかすかに動くのをみて、少し安心した。

安心しながら、倒木の山を踏み越え結界沿いに竜太のすぐそばまで走った。

「竜!」

 呼吸している姿が見えるが、起きない。

不安と安心とが重なり、声が大きくなる。

「父ちゃん、もう……!?」

 浩輔の言葉は最後までは続かなかった。

「……。」

 竜太が起き上がったが、しかし様子がおかしかった。

「竜……?」

 浩輔はすぐ気づいた、竜太が纏う気配が違う事に。

戦いを知らない浩輔でさえ、気づいた。

「竜太……!」

 ディンは浩輔よりも早く気付いた。

竜太が起き上がる直前、纏っている闘気が異質なものになった。

「……、ふふ……。」

 笑った。

頭を垂れたまま、竜太は笑った。

「ふふ、はははは!」

 笑いながら、思い切り空を仰ぐ竜太。

浩輔にはその顔は見えなかったが、ディンにはしっかりと見えた。

「はは、ハハハハ!」

 竜太は気絶していた、少なくとも正常ではなかった。

「りゅう……、た……?」

 白目をむき笑う。

そんな竜太に、浩輔は恐る恐る声をかける。

 また本能的な恐怖が襲ってくる、脳内に警鐘が鳴り響いている。

今の竜太は違う、何か恐ろしいものがそこにあると。

「ハハハ、ハ?」

 声の方を見やる竜太。

浩輔の姿を認識すると、そちらに向かいフラフラと歩み寄る。

白目をむき、笑いながら。

「ど、どうした、の……?」

 浩輔は後ずさる。

怖い、竜太のはずなのに。

体が震える、足に力が入らない。

 まるで、足元からすっと力が抜けてしまったかのように、崩れ落ちるように尻もちをつく。

「竜太!やめろ!」

 ディンは怒鳴りながら走り出す、竜太を止める為に。

「竜っ!」

 そして浩輔と竜太の間に立ち、左腕を上げた瞬間。

「っつ!」

 その左腕が、宙を舞った。

竜太の剣が残像を残しながら振り下ろされ、ディンの左腕を切り裂いた。

「父ちゃん!」

 浩輔の目が見開かれる。

見てしまった。

竜太の剣がディンの腕を切り裂く瞬間を、、鮮血とともに宙を舞い落ちていくその腕を。

「あ……、あぁ……。」

 ショックとともに目の前が真っ暗になる。

浩輔は体の血が抜けてしまって様に顔を青ざめさせ、そのまま気を失ってしまった。

「竜……太……!」

 痛みに耐えながら、わが子の名を呼ぶ。

普段笑ってばかりのその顔を、苦痛に歪ませながら。

「あは、あはは、アハハハハ!」

 笑う。

顔を醜悪に歪ませ、狂気の笑みで。

「まさか……、力の暴走……!」

 痛みに耐えながら瞬間的に答えを出す。

その答えを口にし、その言葉が脳で反芻する間もなく。

右の肺を貫くように、剣が刺さる。

「が……!」

 思わず口から吐血する。

驚きに目を見開きながらも、何とか剣を抜こうと後退する。

「ハハハ!」

 だがその必要はなかった、狂気の笑いとともに剣は無造作に引き抜かれた。

「ぐ……!」

 ゆらゆらと後ろに下がるディン、何とか立ち続ける。

「竜……がぁ!」

 止血ししようとした所に、今度は脇腹を貫かれる。

「ハハハハ!」

 笑い続ける。

笑い続けながら、竜太はディンを文字通りめった刺しにする。

「……!」

 対応できない速度で切られ、刺され、声を上げる事すら出来ずに地に伏すディン。

あたりには鮮血が飛び散り、地面が流血を吸っていく。

「……。」

 朦朧とした意識の中、ディンは考える。

 こうなった理由は2つ。

1つは竜太の潜在能力の高さ、潜在能力は竜太の方が上だろうとディンはわかっていた。

 そして、竜太自身の思考。

竜太はどこかで自分の力を怖がっていた。

優しすぎる性格が転じて、無意識に力を否定していたのだ。

もしも人に力を使ってしまったら、その気持ちは恐怖となる。

そして、その恐怖も無意識に抑え込んでしまっていたのだろう。

「竜……太……。」

 それらが、自分との戦いの最中で意識を失う事で、狂気という形で表に出てきてしまったのだろう。

「…。」

 狂気の笑いを響かせる竜太をみてディンは2つの決断をした。

当たり前の事だが、この状況を打破する。

 そして、竜太を最小限の痛みで正気に戻す。

 2つ、竜太の能力を封印する。

ディンのように自分の判断で外すことが出来ないように。

一度すべての力を、そして竜太が正気に戻った後選ばせる。

戦うか、力を捨てるか。

こうなってしまった後だ、力を使うのは勿論怖いだろう。

だからどうするか選んでほしい、その結論に異議を唱えることはないだろう。

「完全……。」

 それを実行するためには、使わなければならない。

「解放……!」

 禁断の力を。


「ハハ、ハ?」

 狂気の笑みが消え戸惑いの色を見せる

両腕を無くし目の前で死にかけていた父の、纏う闘気が一気に膨れ上がったからだ。

「ハハ?」

 戸惑うが笑う。

いや、それ以外に言葉を発せないのだろう。

 理性がどこかに吹き飛び、力と本能のままになっている今の竜太。

その本能が告げている。

「今、治してやるからな。」

 ゆらりと立ち上がった父が、本気になっている事を。

決して解いてはいけない、封を開けてしまった事を。

「……!」

 結界のぎりぎりまで後退する、そして見つめる。

目の前の存在を、本能が告げる恐怖に支配されながら。

「竜神王剣・竜の意思。我が腕となり、わが力となれ!」

 ディンが唱えると、目の前に一本の剣が現れた。

それは光の奔流となってディンの右腕に集まっていき、人の腕の形となる。

「……。」

 銀に輝く腕が機能している事を確認すると左腕を持ち上げ、くっつける。

「待ってな、すぐ終わる。」

 くっつけた左腕を黄緑色の光が包むと、すぐに消えた。

そこにはまるで最初から斬られていないかのように繋がっている腕があった。

体中の傷も煙を上げながら一瞬で癒えていく。

「が、がぁ!」

 笑う事すら出来ず唸る竜太、狂気が恐怖へと変わりさらに力と本能が肉体を支配する。

「ぐ……がぁ!」

 まるで獣のような叫び声をあげ、竜太はディンに向かって力任せに剣をふるった。

「……。」

 無言で右腕を上げ、造作もなく刃を掴む。

「……!」

 竜太の動きが止まる。

「竜太、ごめんな。」

 ディンは優しく声を発し、左腕に力をためる。

「竜陰封!」

 そして左手を掌底の構えにし、思い切り竜太の鳩尾に叩き込んだ。

「ぎゃあぁぁぁ!?」

 竜太が苦しみに吠える。

しかし、吹っ飛ぶ事はなかった。

吸い込まれるように、竜太の体はディンから離れようとしない。

「はぁ!」

 ディンが気合を込めると、竜太の服がばらばらにちぎれた。

そしてへそを中心に五芒星が描かれ、刻印のように刻まれていく。

「封印!」

 ディンの叫びとともに、竜太の闘気が霧散した。

ゆっくりと地面に伏した竜太の腹には、封印術の刻印が刻まれている。

「はぁ、はぁ。」

 息を切らし、詠唱せずに開放を解く。

ディンが纏っていた闘気も霧散し、右腕がなくなる。

「さあ、帰ろう……。」

 ディンは残った力を振り絞り、同時転移を発動。

同時に竜陰絶界は消え去り、樹海は静寂に包まれた。


「……。」

 家に帰った3人。

ディンは浩輔と竜太を寝かせると、子供達の待つリビングに向かった。

「あ、父ちゃん。」

 まず最初に祐治がそれに気づき、声をかける。

「どうだった?」

「竜太次第、ってとこだな。」

 ディンはそれだけ答える。

「あのさ、みんな。」

「どうしたの?洋服ボロボロだし…。」

 大樹が言葉をはさむ。

一応騒ぎにならないように血液は消してきたが、洋服までは気が回らなかったようだ。

「いや、もし竜太がさ、戦いたくないって言っても、何も聞かずに受け入れてくれないか?」

 ディンはそこには触れず、言いたいことを話す。

「……。」

 黙りこくる一同。

何かがあった、それだけはわかった。

「竜太が何を言っても、何を聞いても、竜太の事を嫌いにならないでほしいんだ。」

 ディンは続ける、自分もそろそろ限界だ。

「……、わかった。」

 最初に口を開いたのは雄也だった。

「竜太がどういう答えを出したって、俺たちにとってあいつはあいつだ。」

「そうだね、竜にぃは竜にぃだよ!」

「そうだ!」

「僕達何も聞かないよ!」

 雄也の答えに口々に賛同する子供達。

「それを聞いてホッとしたよ。みんな、ありが……と……。」

「オヤジ!?」

「父ちゃん!?」

 安心して力が抜けたディン。

ふらっと体が揺れたかと思うと、そのまま倒れてしまった。

「……。大丈夫、疲れて寝ちゃってるだけだ。」

 源太が子供達を安心させる為に確認をする。

「こんなとこで寝かしたらかわいそうだから、部屋に連れてってあげよう。」

 そういうと、ディンを担ごうとする。

「源太1人じゃ無理だろ、俺も手伝うよ。」

 雄也が申し出て、2人でディンを部屋に連れていく。

「みんな疲れちゃったんだね、みんな今日は寝ようか。」

 祐治の言葉がもとになり、皆それぞれ自分の部屋に戻っていった。


 試練は終わりを迎えた、だれも予想だにしない形で。

はたして竜太は何を選ぶのか、それを皆が知るのはもう少し先の話だった。

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