第9話 魔力と優しさ

 午後6時。

薄闇が空を静かに包み込み、星々が躍りだす。

 雲一つなく天体観測をしたくなるような夜空の下を、竜太は歩く。

目を瞑り、世界を波動で感じながら。

 ブリジール戦った場所から、すぐに探知は出来た。

しかし、そこまではそれなりに距離があるように感じる。

 試練の中で、竜太の共鳴能力は少しずつ上がっていた。

訓練ではなく実践で行う事で、能力の上昇速度が速まっているのだろう。

「遠いなぁ。」

 肉体的にというよりも、精神的に疲労がたまっていく。

敵はいないにしても、12歳の竜太には大きすぎる物事だ。

 それがまだ続くとわかっているのだから、当然といえば当然だろう。

「ここら辺……、あ!」

 共鳴の波が強くなり、目を開ける。

すると、そこには陽介よりも少し小さい年下に見える男の子と、自分と同い年くらいの女の子がいた。

「暗いよぉ!お姉ちゃーん!」

「文句言わないの!早くママたちと合流しなきゃ……。」

「もうあるけないよぉ!」

 月明りが差す樹海の中。

緑と黄緑の明るい洋服を着た少年がヤダヤダと体を揺すると、その場に座り込んでしまった。

青いワンピースの少女が焦りを感じさせる声で少年を叱責するも、少年は動く気配を見せない。

「もう!元はといえばあんたがふらふらしてるからじゃないの!」

「だってぇ!」

「だってじゃない!」

「うええぇぇん!」

 少女は腰に手を当て、少年を見下ろす。

そんな少女に叱責され、少年は泣き出してしまった。

「あのー……。」

「誰!?」

「わあぁ!?」

「ごめん!君たち、もしかして迷子?」

「だったら何!?あんたもそうだっての!?」

「いや、違うよ……。」

 2人を心配して声をかけると、少女は食って掛かるように声を荒げて反応した。

少年はというと、自分と姉以外の人間を見て怯えているようだった。

「良かったら、外まで案内しようか?」

「あらありがとう!でもあんた、あたしと同い年くらいに見えるけど、付いてって平気なの!?」

「おねぇちゃーん!」

「あんたは黙ってなさい!」

「ま、まあまあ。」

 迷いだしてから時間が長いのか、荒々しいままの少女。

少年に対して怒鳴り声を出してしまい、少年は声を上げて泣いてしまう。

 目元まで伸びた髪の毛が、少年の動きに合わせてゆらゆらと揺える。

「まったく!はぁ、他に手はないしあんたについていくわ。」

 頭を抱える少女。

鎖骨当たりまで伸びていう髪の毛が、だらりと横に垂れる。

確かに自分だって心細いだろうに、横で泣きだされればそうなるだろう。

「あたしは水奈、こっちは風太。あんたは?」

「僕は竜太、よろしくね。」

「ええよろしく、どうせここ出るまでだけど。」

「ははは……。」

 つんけんとした水奈に内心呆れつつ、竜太は風太の横にしゃがみこむ。

「風太君、もう疲れちゃった?」

「グス……、もうあるけないよぉ!」

「わかった、僕がおぶってあげるね。」

「……、うん……。」

 暗がりの中でも風太に笑いかけ、背中を向ける。

風太は少し躊躇ったが、疲れには敵わないのかゆっくりと竜太の背中に乗っかった。

「さ、早く行きましょ!こんなとこやだわ!」

「そうだね、行こうか。」

 水奈に急かされ、3人は動き出した。

竜太はいったん来た道を引き返し、そこから外に出ようと考えた。

(試練の事はあるけど仕方ないよね、迷子なら放っておけないし……。)

 なぜこんな時間にこんな所にいるのかは疑問に思ったが、それは聞かないことにした。


「にしてもさ、あんたはなんでこんなとこに?」

 30分ほど無言で歩いていたが、退屈になったのか水奈が竜太に問う。

風太は泣き疲れたのか、寝てしまっている。

「僕?僕は……、ちょくちょく来るんだよ。」

 竜太は嘘が嫌いだが、仕方がない。

正体がばれると危険、それはディンに一番最初に言われた言葉だ。

「はぁ?あんたかわってんのね。」

「よく言われるよ……。」

「なんか理由でもあんの?」

「なんとなく、ふらふらしてると落ち着くんだよ。」

「はぁ、あたしらも変なのに助けられてんだね。」

「……、あれ……?」

「なに?」

 変なものを見ている目をしている水奈に適当に返事をしていたが、ふと疑問が頭をよぎる。

「同じとこだ……。」

 30分かけて歩きだいぶ進んだはずだったが、元の場所に戻ってきてしまった。

樹海の中でどうしてわかるのか。

 共鳴の波動がものにぶつかる感覚が、2人を見つけた場所と全く同じだったからだ。

「嘘でしょ!?なんでわかんの!?」

「いや、なんとなくだけど……。」

 探知能力の事を言えるはずもなく、ごまかすように答える。

「気のせいよ、だってまっすぐ歩いてきてるんだし!」

「そう、かなぁ……。」

「そうよ!さっさと行きましょ!」

「あ、待って!」

 当然信じて貰えるはずもなく、水奈はさっさと歩きだしてしまった。

竜太は背負っている風太をよいしょと背負い直し後をついていく。


「あんた、よく来てるって割りに頼りになんないのね!」

「ごめん……。」

 15分が経った。

水奈が疲れたという事で、倒木に腰掛けながら竜太を貶す。

風太は太い倒木の上に寝かせられている。

(また同じところだ……。)

 竜太の疑問は確信に変わっていた。

倒木とそのほかの木の記憶、そして波動のぶつかり方が変わっていない。

「やっぱり、ぐるぐる回ってるみたい。」

「はぁ!?あたしはあんたと違って真っすぐ歩いたわよ!?」

「だって、さっきと同じ木が倒れてるんだよ?」

「そんなのどこにだってあるでしょ!?」

 竜太の言葉にひどく突っかかる水奈。

不安と疲労が、気を荒立てているのだろう。

 顔には疲れが見えている。

「おかしい……。」

 そんな水奈を横目に見つつ、竜太は考える。

自分が歩いてきた道に、倒木は無かったはずだ。

 そして、同じ道を戻っているのなら……。

「あんた!ほんとは出口知らないんでしょ!」

 自分の怒りをいなされ、更に声を荒げる。

「信じらんない!もしかしてここに死にに来ててあたしら巻き込むつもり!?」

 青木ヶ原樹海。

都市伝説的に言えば、死の樹海。

 遊歩道やピクニック用の広場、村が中に1つあれど、そこから離れてしまえば生い茂る木々と自然が作り出す天然の巨大迷路。

そこには、自ら命を絶つ為に入る人間が後を絶たないという話もある。

 その事は竜太も知っていた。

だからこそ、ディンはこの試練の場に選んだんだと。

水奈としては、それを知っているからそうだと思ってしまっている、竜太はそう判断した。

「残念だけど、僕は人生楽しんでるから。死にたいなんて思ってないし、誰かを道連れにするならもっと親しい人を選ぶよ。」

「嘘!どうせボッチだからって死のうとして、たまたま見つけたあたしらを連れて行こうとしたんでしょ!」

「はぁ、そう思いたいんならそう思えばいいよ。」

「何それ!?自分の計画がばれたからって開き直ってんの!?」

「……。」

 水奈の怒りはとどまる所を知らないようだ。

大雨の時の排水管のように、言葉を投じるたびに溢れていく。

「あたしは死ぬなんてごめんよ!一人でだって出て行ってやるんだから!」

「あ、待って!」

「ついて来ないで!」

 水奈は吐き捨てるように言うと、1人で行ってしまった。

しかし、竜太は追わなかった。

「もし僕の考えがあってれば……。」

 共鳴で水奈の位置を追いかけてみると、やはりおかしい。

途中までまっすぐ進んでいたはずの水奈の気配が、途端に消えた。

 そして、正反対の方向から水奈の気配がしたのだ。

その気配もなんだか人間と少し違う、様に感じられなくもない。

「やっぱり、そうなってるよね……。」

 竜太の推論としては森のどこかで回れ右させられているか、空間が切り取られ端から端までワープしているかの2つだった。

「なんであんたがいるの!?」

 竜太の探知通り、水奈は歩いて行った方向と逆方向から現れた。

「だから言ったでしょ?同じところだって。」

 竜太はそんな水奈には目を向けず、探知能力を強く働かせる。

もしもこれが誰かの仕業なら、不自然な波動のぶつかり方をするはずだ、と。

 そして、気が付いた。

「君達だね?」

「なにがよ!」

「ここをぐるぐるしてる理由。」

「はぁ!?ふざけてんの!?」

 ふと問いかけると、水奈は予想通り噛みついてくる。

しかし、竜太はそんなことを気にせずに続ける。

「だって君たちの波の当たり方、少し変だもん。人間でもなくて、魔物でもない。」

「波?魔物?あんたなにいってんの!?」

「よく思い出すとヴォルガロさん達の時にも同じ波があった。」

「ヴォルガロって誰よ!あんた気でも狂ってるんじゃないの!?」

 竜太の冷静な言葉に焦るように噛みつく水奈、それは白状しているようなものだった。

「君達……、いやあなた達は竜ですね?」

「竜って何よ!」

「今回の試練があなた達を見捨てないと終わらないのなら、僕はいつまでもこのままでいい。だって、どういう形であれ人を見捨てるなんて出来ないから。」

「……。」

「父ちゃんが見捨ててでもしなきゃいけないことがあるっていうんなら、僕はそれを出来なくてもいい。僕には出来ない、子供を見捨てるなんて。」

「あんた……。」

 竜太は淡々と語る。

竜太の考えとしては、この試練はブリジールの続きだ。

 女子供を見捨ててでも、やらなくてはならないことがある。

それは出来ない、そんなことをしても弟達は喜ばない。


「フラディア、もういいんじゃないかな?」

「テンペシア!」

「やっぱり……。」

 風太よりも少し低い、しかし幼げな声に振り向くと。

そこには、ヴォルガロやブリジールよりも少し小さい竜がいた。

 太陽を浴びて風になびく草原のような、むしろ風に色を付けたらこうなる、という色の竜が。

「フラディア、竜太はフラディアの仕掛けた魔法に気づいたんだ。」

「……。全くその通り、言われなくてもわかってるわよ。」

 緑の竜テンペシアに諭され、水奈もあきらめたように言葉を吐く。

そして長い髪を後ろからかき上げ、頭頂部でまとめた。

「よくあたしの術を見破ったね!継承者!」

 そのままのポーズで言い放つとともに、水奈が青く光りだす。

するとどこからともなく濁流ともいえる量の水が水奈を包み、竜の形へと変わっていった。

「あたしが受け持ってたのは打ち破る魔力、あたしが張った結界に気づくことが条件だったのさ。」

 あたりに泡のような水を従えながら、淡い水の色をした竜はツンと顔を背ける。

「そして僕の試練は慈愛の心、僕らを見放さないと結界が解けないことを知ってて、それでも見放さずにいられるかどうか、だったんだ。」

 テンペシアは微笑む。

幼いながらにディンに選ばれただけあり、とても大人びた印象を覚える。

「竜太、君は僕達を見捨てようとはしなかった。ブリジールの試練の続きだっていうのは、ちょっと違ったけどね。」

「あたしの結界はちょっと特殊でね、魔力を練り上げて確かめないとそもそもどうなってるのかわかんないのさ。あんたはあたしの結界を確かめる為に魔力を練ったでしょ?」

「だから合格だ、おめでとう竜太。」

「あ、ありがとう。」

 推測が外れて少し戸惑うが、しかし合格としてもらえたことを喜ぶ。

テンペシアはそれに微笑みで返し、フラディアはそっぽを向く。

「そうだ、王様に怒らないであげてね?試練の内容を伝えるとき、少し苦しそうな顔してたから。」

「どうせ親ばかよ!あんたが生まれてから無茶し始めて!王様なんて器じゃないわよ!」

「はは、こう見えてフラディアは優しいんだ。口が悪いだけだから、気にしないでね?」

 つんけんとした言葉を吐くフラディアに、テンペシアは笑いながら訂正を入れる。

「は、はい!」

「ちょっとテンペシア!何言ってんの!」

「本当の事だろう?」

「知らないわよ!あたしはもう帰るからね!」

 年頃の女の子のような反応をして、フラディアは水に包まれいなくなってしまった。

「そうだ竜太、君には話しておくことがあるんだ。」

「え、なんですか?」

「王様の事だよ、あの人は君の事をとても愛しているよ。」

「そうなんですか……?」

「変にとらえないでね。親として、誰よりも君の事を大切に思っているってことだよ。それじゃ、僕も行くね。」

「はい、ありがとうございました!」

「どういたしまして。」

 テンペシアは伝えられて満足という様子で翼を広げる。

するとどこからか風に乗るように大量の葉が舞い、そしてテンペシアを包んだと思うと消えてしまった。

「大切に、か。」

 竜太は呟き、歩き出す。


「おう!竜太!」

「兄ちゃんだ!」

「源太!大樹!」

 5分ほどで2人の元にたどり着いた竜太。

すっかり暗くなってしまった樹海の中で、仄かに明かりを漏らすテントを見つけ中を覗く。

 そこではキャンプ用のライトを中心に置き、トランプに興じている源太と大樹の姿があった。

「お待たせ、遅くなってごめんね?」

「ほんとだよ!もうずぅっと待っててババ抜き100回くらいはしたんだからね!」

「ほんとごめん……。」

「気にすんな、大樹もなんやかんやで楽しんでたぞ?」

「あ、源さんそれは言っちゃダメ!」

「わっはっは!もう言っちまったもんね!」

 笑いながら竜太をなじる大樹と、それを茶化す源太。

2人を見て、竜太はホッとした。

 大樹は他の子供達に比べ内向的で、人見知りする性格だった。

だから、2人が遊んでいるというのは良かったといえる。

「そうだ竜太、今何個目だ?」

「これで3,4つかな?あとは浩輔探せば終わり。」

「そうか、もうちょっとだから頑張れよ!」

「ありがとね、頑張るよ。」

 竜太はあまり話をしようとせず、テントから出る。

もう夜になってしまっているから、早く浩輔を探したいからだ。

「あ、ディンさんから伝言。魔法と魔力は似て非なるもの、魔法が下手だからって魔力が低いとは限らない、だってさ。」

「了解、ありがと源太。」

「兄ちゃん!頑張ってね!」

「はいよ!」

 竜太は2人の応援を背に歩き出した、最後の1人である浩輔を探す為。


「さて、4つの試練をクリアしてあと一つ、楽しみだな。」

「父ちゃん、楽しんだら試練にならないんじゃない?」

「いやいや、楽しみだよ。この1か月で竜太がどれだけ成長したのか、ね。」

「ふーん、にしても暇だね。」

「そうだな、見つかりやすいように移動するか!」

 樹海のちょうど中心部にいた2人は竜太のすぐ近くに移動することにした。

浩輔を背中に乗せると、ディンは音一つ立てずに跳躍した。

 木々をすり抜けると、夜空には星々が散りばめられていた。

雲一つない空、35キロにわたる街灯のない樹海。

星の美しさを語るには絶好の夜だ。

 そんな中を、ディンは浩輔を背負い舞うように飛んでいく。

最後の試練を楽しみにしながら。

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