第8話 勇気と決断

 ヴォルガロとの共闘から2日後。

竜太は1人、富士山麓の樹海にいた。

1か月の訓練の成果を試す、試練のようなものだ。

 コンパスなしで入るには広すぎる樹海に、ディンは子供達をばらばらに連れて行った。

それを視覚と聴覚以外に、共鳴という方法で探し出すのが試練だ。

共鳴とは自分を中心として音波に似た波を発し、障害物や人を認識する、蝙蝠の超音波と同じ原理の能力だ。

 極めれば誰がどこにいて、どんな状態かも把握できるようになる。

今の竜太でもある程度は探知出来るはず、とそう判断したディンが出す、最終課題の1つ。


「こんな広い所にみんなを置いてくなんて、父ちゃん酷いなぁ……。」

 樹海の入り口に立つ竜太。

約35キロに広がる広大な樹海、その中に散らばっている兄弟達が怯えていないか、それが心配になる。

「ちゃんと大丈夫なようにしてるって言ってたから問題ないんだろうけどさ……。」

 独り言を言いながらしかめ面になる。

「えっと、目を瞑って……、自分から波を出すんだっけ……。」

 頭を垂れて目を閉じ、集中する。

すると竜太の周りを波状の魔力が広がり始める。

「んー、2人見っけた。取り合えずいってみよ。」

 方向を間違えないようにしながら、慎重に歩を進める。

10月初めの森林のひんやりとした空気の中、青々と茂る雑草を踏みしめる。

目を瞑っているとは思えない、確実な足運び。

自分の呼吸と足音、樹海に生息する鳥の鳴き声。

 そして風に揺れる木々の音だけが、竜太の耳に吸い込まれる。

途中草を踏みしめる音が変わったが、特に気にすることもなく進む。


「ここら辺、だよね。」

 1時間ほど歩いて足を止め、目を開ける。

そこには目を閉じた時と同じと錯覚するような森林が広がっていた。

 が、違う点が2つあった。

1つは、テントがある事。

恐らく、その中に探し人が居るのだろう。

 そしてもう1つ、竜がいる。

「戦闘試練ってヴォルガロさんと戦う事だったの?」

 その竜に話しかける。

それは、つい2日前に出会ったばかりの竜、灼竜ヴォルガロの姿だ。

「おう小童!まってたぜぃ!」

 問いには答えず、がさつな笑い声をあげるヴォルガロ。

待ち構えていた、が正しいだろうか。

「王様に頼まれてなぁ!小童を試せってよぅ!」

「そうなんだ……、じゃあ。竜神剣・竜の愛!」

 竜太は大きく深呼吸をし、剣を出現させる。

「お相手お願いします!」

「がはは!かかってこいやぁ!」

 竜が翼を開くと、2人?の間を中心として半径30メートルほどの結界が起動し、樹海と2人?を隔離する。

「俺様の灼熱の炎で灰にならねぇようにせいぜい気張るこったなぁ!」

 ヴォルガロが炎に包まれる。

文字通り灼熱といわんばかりの激しい炎がヴォルガロを包んだ。

「行きます!」

 しかし、竜太は臆さなかった。

これは試練、自分が弟たちを守るに値する力を持っているかどうか。

そう受け取っていたのだから、だれが相手であろうと逃げることは出来ない。

 そして、宣言とともに戦闘は始まった……。

かのように思われたが、違った。

 竜太が剣を正眼に構え、ヴォルガロの懐に飛び込もうとしたその瞬間。

結界と炎が消えた。

ヴォルガロが手加減をしたのではない、消えたのだ。

「え?」

 突然の事に戸惑う。

「がはは!」

 そして笑い声が響く。

「合格だ!小童!」

「どういうこと!?」

「俺様が受け持った試練は勇気!てめえより強いとわかってるやつ相手でもビビんねぇで立ち向かう勇気だ!」

「立ち向かう、勇気……。」

「そうだ!」

 愉快痛快と笑うヴォルガロ。

彼としては、竜太は自分と対峙するときには逃げるか怯えるかだと考えていたからだ。

「いやぁよぉ!小童のこと見くびってたけどよ!なかなかどうして血は争えねぇな!」

「もう、最初からそうだって教えてくださいよ!」

「俺はまどろっこしいのは嫌いなんだがよぉ!あの怖え王様のお達しだからよぉ!」

「もう……。」

「さ、てめえの探してる小童はテントん中だ!連れてってやんな!」

 そういうとヴォルガロは炎に包まれ、消えてしまった。

「……、勇気かぁ……。」

 剣を消し、気を緩めながらテントへ向かう。

「あ、にいちゃだ!」

「陽介!」

 足音に反応したのか、陽介が笑顔で出迎えてくれる。

そしてそれを追いかけるように、祐治が出てきた。

「にいちゃ、かっこよかったよ!」

「もう……、竜にぃが入ってくるまでダメだって言われてたのに……。」

「でもドラゴンさんはいいって言ってたよ?」

「でも父ちゃんはダメって言ってたろう?」

「えへへー、とうちゃにはあとでごめんなさいしなきゃだね!」

 祐治が陽介を嗜めるが、しかし今しがた目の前で見た光景には敵わなかったようだ。

やれやれと首を振り、竜太を見据える。

 父ちゃん、というのはディンの事だ。

ディンさんでは他人行儀、しかし呼び捨ては難しい。

 だから、皆で相談して父と呼ぶ事に決めたのだ。

実際ディンが皆に接する時は父親のような感じでもあったから。

「竜にぃ、お父ちゃんからの伝言。立ち向かう勇気と無謀は違う、守るのが勇気で死にに行くのが無謀、だってさ。」

「勇気と無謀……、ありがとう祐治。」

 両者の違いを考え、先ほどの自分はどちらだったかを照らし合わせようとする。

が、答えは出なかった。

「それと、僕達の事は置いてけってさ、魔法で連れて帰るって。」

考えている竜太に対し、少し申し訳なさそうにもう1つの伝言を伝える。

「にいちゃ!がんばってね!」

「おう!頑張るよ!」

 陽介の応援に明るく答え、竜太は2人に背を向け歩き出した。

ここに来る途中、少しだけ探知に引っかかったような気がした地点があるからだ。


「えっと、ここら辺だった気がする……、あっ……。」

 30分ほどかけて引っかかった地点に戻り、ぐるりと周囲を見回す。

すると、意外にも見える場所に竜が1体。

 燃え上がるように赤かったヴォルガロとは違い美しい水色を基調とした、氷のように透き通る翼を持つ竜。

じっと竜太を見つめ、待っているようだった。

「えっと……、もしかしてずっとそこに……?」

「……、ええ。」

「あちゃぁ……。」

「貴方、探知能力は使っていたの?」

「まあ、一応……。」

「ならどうして私に気づかなかったのかしら?」

「あはは……。」

 恐る恐る質問をすると、ひどく冷たい返事が返ってくる。

今見れば足元の草はうっすらと霜がかかっており、ただでさえ冷えている樹海の中でさらに冷たさを感じる。

「貴方、本当にあの方のご子息なのかしら?私には到底信じられないのだけれど。」

「あ、あの……。すみません……。」

 澄み切った空色の細い目に睨まれ、尻すぼみに謝ってしまう竜太。

「私が謝罪を求めていると思われて?貴方、私が何故このような所にいると?」

「ぼ、僕の試練の為に……。」

「そう、私はその為にここにいるのです。ならば、試練を果たすのが貴方の礼儀ではなくて?」

 酷く冷たく凍えるような声に、苛立ちが混じる。

それとともに、周囲の空気がさらに冷たくなる。

「もうよろしくてよ、貴方はあの方を継ぐに相応しくありません。貴方の大切な子供達にも2度と会う事もありません。」

「弟たちに会えない……?」

「そう言いましてよ?私の力で哀れな子供達を亡き者にしましょう、そうすればあの方はもう傷つかずに済みますから。」

「そんなの……!そんなのだめだ……!」

「なら止めて見せなさい、私から子供達を守ってごらんなさい!」

 突然過ぎる竜の宣告。

それとともに、周囲にヴォルガロの時と同じような、氷の結界が展開された。

 竜太は驚きながらも剣を出し、正眼に構える。

「本気、なんですか……?」

「私が冗談を言うとお思い?そうお思いなら尚更貴方を生かしておく理由はなくてよ!」

 氷の竜ブリジールが翼を羽ばたかせると、翼に溜まっていた魔力が拳ほどの雹になり竜太へ襲い掛かる。

「っ!」

 ぎりぎりの所で横に跳び、雹弾を躱す。

「うおぉぉぉ!」

 そしてすぐに体勢を立て直し、ブリジールに向かい駆ける。

「これを避けた程度でいい気にならない事よ!」

再び翼を羽ばたかせる。

すると今度は、烈風とともに弾丸程度の大きさの雹が発生し、弾幕のように竜太に降り注ぐ。

「うわぁ!?」

 剣を持つ右手で顔を覆い視界を保とうとするが、それによって体の守りが薄くなる。

文字通り弾丸のように迫る雹が竜太の体を掠り、服とともに皮膚を抉る。

「痛ってっ!」

 堪らずひざを折り、片膝立ちになる。

剣先を下に下ろし、体の中心を守ろうとする。

「そんなもので私の攻撃を防げると思い!?」

 魔法を使わずに防ぎ切ろうとする竜太に、ブリジールの怒りは増していく。

翼をより大きく振るい、雹が速度を増して襲い掛かる。

「ぐ、うわぁあ!」

 腕や足を雹が掠めるだけではなく、とうとう体のあちこちを貫通し始める。

竜太はあっという間に血まみれになり、横倒れに地に伏す。

(このままじゃ勝てない……、でも、勝たないとみんなが……!)

「弱すぎてよ!やはりあの方の後継は務まらないようね!」

 攻撃の手を止め、魔力を充填するブリジール。

魔力の充填地点は竜太の真上だ。

「う、うぅ……。」

 本気で殺しに来ている、ブリジールの殺意が伝わり体が強張る。

怖い、魔物などより格段に強い竜という存在が。

 父親に認められたであろう力を持つ、美しく残酷な竜が。

(でも、負けられない……!)

 恐怖におびえている場合ではない。

痛みに呻いている場合でもない。

自分が負ければ、弟たちが殺されてしまう。

「うおぉぉぉ!」

 己を奮い立たせる叫び声をあげ、竜太は立ち上がる。

左腕は雹が貫通し、上げることもままならない。

足にも何個もの雹弾が刺さり、貫かれ、本来なら立てるような状態ではない。

「負けて、たまるかぁ!」

 それでも、竜太は立ち上がった。

守る為に、試練などもう関係ない。

 ブリジールが弟に手を掛けようとしている以上、それを許すわけにはいかない。

ただ、命を守らんとする。

その為だけに、立ち上がる。

「その傷で立ち上がる気力は褒めてあげましょう!でも、もう終わりでしてよ!」

 瞬間、魔力の充填が終わり竜太の上に巨大な氷塊が現れた。

氷柱のようにとがり、竜太を貫くどころか押しつぶせるほどの体積を持った氷塊。

 それが今まさに、重力に従って落ちようとしている。

「どりゃあぁあぁ!」

 しかし。

その氷塊が、暖かな肉を貫くことはなかった。

「まさか……、私としたことが……!」

 美しい空色の瞳が大きく開かれ、揺れる。

固いものが砕けるような音とともに、あたりに粉になった氷が舞う。

 それは木漏れ日を受け光を反射し、あたりを幻想的な輝きで満たす。

 その輝きの先。

高速での移動で発生した風に粉塵が吸い込まれた先に、首の落ちた竜の氷像があった。

一瞬だった。

 竜太の周りを眩い光が覆い、その光が頭上の氷塊を砕き竜へと向かった。

竜の前に来た竜太は勢いよく斜めに跳躍し、竜の首を切り裂いた。

そしてその勢いのままに地面に落ち、動かなくなった。


「まさか私の魔力を、氷塊を砕くとは……。」

 風と共に空から降り立った竜、ブリジールは驚きの声を上げる。

「私の氷冠はあの方の物より硬い、それをよもや砕かれるとは思いませんでしたわ……。」

「そん、な……。」

 倒したと思った、確かに首を落とした。

「もう、力が……。」

 落胆の声とともに、全身の力が抜けていく。

それとともに、眩い光も霧散した。

「でも残念でしたわね、貴方が今切ったのは私の魔力で作り出した氷像。上空を探知していれば、私が飛んでいる事に気づいたでしょうに。」

「うぅ……。」

「攻撃を受けた時に魔法を使わず、少し探知すれば気づいた偽物にも気づかない。魔法に関してはとても褒められたものではなくてよ?」

 優雅に竜太の近くに舞い降り、魔力を霧散させ氷像を消し去りながらブリジールは淡々と語る。

「ですが、私の試練はそこではありません。」

「え……?」

「私があの方に仰せつかったのは、冷徹とも言える判断と決断。味方であるはずの私であっても、大切な人の危機だとわかれば戦う。」

「……。」

「あの方は仰られていた、兄であるデイン様を敵だと思い切れず守りたい人を守れなかったと。」

 語りながら竜太の方へ頭を垂れ、竜太の額に自らの額をつける。

すると竜太を淡い黄緑色の光が包み、傷を癒していく。

「合格です、貴方の覚悟はそれに値します事よ。」

「あ、ありがとうございます。」

 傷が癒えて動けるようになり、立ち上がりながら竜太は続ける。

「ごめんなさい、父ちゃんが選んだ人達なのに、疑ってしまって。」

「いいえ、私の方こそごめんなさいね、貴方を試す為とは言え、失礼なことを言ってしまったわ。」

「いいんです、魔法がへたくそなのは自分でわかってますから。」

「そう?それならこれ以上言う事はありません事よ。さ、貴方の大切な子供達はこそのテントに居ます、貴方の力見せていただいたわよ。」

 ブリジールはそういうと頭をあげ、翼を大きく開いた。

どこからか雪の混じった風が吹き荒れ、ブリジールを包む。

 風がやんだ時、その美しい姿は消えていた。


「はぁ……。」

 緊張がほぐれたのか、ため息を漏らす。

「さっきの力……。」

 体が光るなんてこと今までなかった竜太にとって、不思議でならない。

あれほどの力を使えたことなどない。

「火事場の馬鹿力、かな?」

「おーい、竜太ー!」

「竜太兄さん!」

「雄也!大志!」

 1人首をかしげていると、テントの中から2人の子供が出てきた。

その姿を見て、思わず竜太の口元に笑みが浮かぶ。

「雄也も頼まれてたんだ、ごめんね。」

「なんで謝るんだ?オヤジの頼みだ、気にすんな!」

「そうだよ、謝る事なんてないよ!」

「はは、2人ともありがとね。」

 雄也がいたことに驚き巻き込んでしまったことを謝罪するが、2人は気にしていないようだった。

「今んとこどんくらい終わってんだ?」

「んー、まだ2つ。他には浩と大樹、雄也がいるなら源太もかな?」

「そっかそっか、頑張れよ!」

「おう!」

 雄也に応援され、快く答える。

雄也は思い出したような顔をし、続ける。

「そうだ、オヤジから伝言。守るものを見失わない為には、時には残忍な決断を要する事もある、だってさ。」

「うん、ありがと。」

 残忍な決断。

先ほどブリジールが言っていた、敵だと思い切れず守れなかったと。

 それは決断や判断を間違えたから、という事だろうか。

「竜太兄さん、頑張ってね!」

「わかった!」

 大志にも応援され、竜太は目を瞑り次の場所を探しに歩き始めた。

次はポイントを見つけてからも探知を続けるようにしよう、と考えながら。

「……。なあオヤジ、竜太に何さえてえんだ?」

 雄也は1人呟く。

判断力を試すだけなら何もあそこまで傷つく方法をとらずにも済んだはず。

他に何かあるんだろうか、1人考えを巡らせる。


「……2つクリアしたか、にいてもブリジールのやつ、本気で殺しにかかってただろ。」

 大志と雄也を転移で家に帰し、樹海に戻ってきたディンはため息をつく。

「いつも冷静なのに、どっかスイッチはいるとおっかねえんだよなぁ。竜太には悪いことしたな。」

 自分のポイントに戻りながら煙草に火をつけ、思い出す。

「でもあれでよかったのかも知れねぇな、あれくらいにはならないと俺と同じになっちまうかも知れねぇし。」

 思い出しているのはデインとの闘い。

ためらいが死を呼んだ戦い、戸惑いが負けに繋がった戦い。

「今思い出しても仕方ねぇか。さて竜太、次はお前の苦手分野だぞ?」

 煙草の煙を吐きながら笑う。

 開始時間は午後1時。

それがもう午後4時を回っていた。

 出来れば夜までは終わらせたいが、それは竜太次第。

竜太は探す、弟達を。

次の試練を。

 守るという事を知る為に、戦うという事を知る為に。

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