第7話 父と子と竜と

 雄也が皆と一緒に暮らすようになってから1か月。

魔物が本格的に認知され始め、世界はどよめいた。

 と共に日本ではある条例が定められた。

それは、魔物を討伐する者に対する妨害行為の禁止。

 そして、その場でのあらゆる権限の行使を可能とする事。

例を挙げれば避難勧告の一任、消防行為や救命行為の容認。

 魔物が出現した際、あらゆる法律を超え行動を可能とする。

そして、災害や事故を目撃した際に医療行為、消火活動をする権利。

凶悪犯罪者を警察と同じく逮捕出来る権利。

 例外として人間に故意に怪我をさせる事、故意に建物を破壊するといった破壊行為の禁止。

そして、国や裁判所の召喚に応じる事。

 これを、首相とディンは承認しあった。

条例に関しては魔物に関する専門家がいない事、現状迅速に対応できる人間がいないことから。

 例外に関しても、同じく専門家がいない為すべての判断を一任してしまうリスクを考えての事。

下手をすれば気に入らない人間を魔物に託けて負傷、殺害する事も可能である為。

 そしてディンが提案、首相が承認した事項。

それは記録だった。

ディンや竜太が戦闘する際、ディンが開発したヘッドセット程のビデオカメラを起動し、記録を行うというもの。

 そして、特権を使い何かをした場合、事後報告を詳しく記載し提出する事。

前者は目撃者がいない場合に正しい判断を下すために。

後者は記録に残し何かがあった時に確認する為。

国会は荒れたがすぐに承認された。

 結局、それ以外の方法がなかったという事と、力を国民の安全の為に使用するのであれば、という事だ。


「さて、国のお墨付きも頂いたし、少しは動きやすくなるかな?」

「さあ、僕はそういうのよくわかんないけど、そうなんじゃない?」

「だといいんだけどな、前回は散々な目に遭ったしな。」

「そうなの?」

「まあな、また機会があったら話すよ。今はそれよりも……。」

「魔物、だね。」

 2人がいるのは東京タワーの展望台の天井上。

見晴らしがいい場所で、魔物の出現をいち早く確認できる。

 今日は竜太が行う初めての空中戦だ。

この1か月竜太は修行に明け暮れ、魔物はディンが相手していた。

 ディンと竜太が出会ってから、初めて2人で戦う。

「下の人達の非難ってどうするの?」

「今回はそんなに数がいないから、空中でけりをつけちまおう。」

「えー、まだうまく飛べる自信ないよ……。」

「大丈夫だよリュート、落ちそうになったら拾うから。」

 リュート。

それは、竜太の竜神としての名だ。

 戦いの様子を録画、録音していてそれを万が一一般人に見られたら。

正体がばれないように戦闘時のみ真名を使っているのだ。

 しかし、竜太はその事を知らない。

竜太にちなんだ偽名、と聞かされているだけでそれが本当の名だとは知らされていない。

格好も正体がばれないように、フード付きの簡素なローブを身にまとい、フードをかぶっている。

「拾うって……、あ!」

「来たな。竜神術、清風!」

 2人は魔物を視認する。

それと同時にディンは浮き上がり、空へと飛んでいく。

「と、父ちゃん待ってよ!清風!」

 それを追いかけるように竜太も魔法を唱え浮き上がった。

がその姿はぎこちなく、魔力をまとい続けるだけで精いっぱいという所だ。

「今までよくそれで戦えたな……。」

ディンは呆れたように声をあげ、竜太の横まで降りてくる。

「清風のコツはな、飛んでて当たり前だと思う事だよ。」

「あたりまえに……、うわぁ!」

 ディンの言葉を聞きそう頭に浮かべようとした所で、魔力が霧散してしまい浮力を失う。

そして落ちかけた所をディンが竜太の右腕を掴み、防いだ。

「なんか、魔法は絶望的って感じだな。」

「そ、そんなことないもん!」

「はは、わかったわかった。今は俺が発動するから飛んでて当たり前、思った方に当たり前だってだけ考えな。」

「はーい……。」

 不服だと口をとがらせながら、竜太は思考を集中させる。

「飛んでて当たり前……、飛んでて当たり前……。」

 すると幾分かぎこちなさがなくなり、無事ディンと同じ高さまで上がって来る。

「父ちゃん!」

「そそ、その調子だ。」

 戦闘中にそれ集中されたら危ないんだけどな、とディンは心の内で笑う。

「竜神剣・竜の誇り!」

「竜神剣・竜の愛!」

 魔物との距離約100メートル。

2人は舞い上がりながらそれぞれの心の剣を取り出した。

「契約召喚!灼竜ヴォルガロ!」

 剣を空に突き刺し、直系20メートルほどの魔法陣を形成する

その魔法陣は紅く輝き、咆哮とともに灼熱を纏った竜が現れた。

「頼んだぞ!ヴォルガロ!」

「ここが軸の世界か!王様よぅ!任せろや!」

 くだけた口調でディンに話しかけ、深く呼吸をすると炎を吐き出す。

ディン達の存在に気づき、邪魔者を排除せんと群がってきた魔物が、ヴォルガロの炎に焼かれていく。

「リュート!ヴォルガロだけじゃ取りこぼしが出る!下に行かれる前に殲滅するぞ!」

「うん!」

 竜太は精一杯集中し目の前の魔物に近づくと、大振りに剣をふるう。

蝙蝠と人を融合させたような亜人種の体を真っ二つにするように剣が軌跡を描き、切り裂いた。

 グギャギャギャ!

という断末魔とともに亜人種の魔物は霧散した。

「やった!」

「まだまだいるぞ!気を抜くな!」

 1体倒しただけで喜ぶ竜太を叱責しながら、ディンは次々魔物を切り裂いていく。

植物種、亜人種、動物種、分類すればキリがない形態をとる魔物達。

 だが、どんな形であろうと関係はない。

そこに存在し世界を傷つけるのであれば、容赦はしない。

「どけどけぇ!」

 滑空するように翼を広げ、敵の群れに突っ込むヴォルガロ。

翼の表面には炎が乱れ、突っ込んで燃焼させようという戦略だ。

「ヴォルガロ!あんまやりすぎるなよ!暑くてしゃあねぇ!」

「うるせぇ!ならブリジールでもよびやがれぃ!」

「やだよ!あいつ隣にいると凍えるし!」

「なら文句いうなや!ったくあんたさん王だろうに!」

「関係ねぇ!あちいもんはあちい!」

 ヴォルガロの炎にほとんどの魔物が焼かれ、余裕が出てきたのか竜を茶化し始めるディン。

 ヴォルガロの言ったブリジールとは、炎の対極である氷の竜だ。

やかましいヴォルガロと違いいつも冷静沈着、というよりも冷たい竜。

だがどこかにスイッチがあるらしく、たまに怒っては周りを氷漬けにしている。


「父ちゃん、もう終わる!?」

 しばらく戦っているうちに、疲れてきたのか竜太が怒鳴る。

実際ディンにとっては数が少なくとも、今まで一度に10体以上の魔物と戦ったことがない竜太にとっては大量だ。

 倒した数よりも、残っている数に消耗する。

「ああ!そろそろ限界か?」

「そ、そんなんじゃないよ!」

「お、じゃあ頑張れ!」

「そうだぞ小童!男なら弱音はかねぇで戦いやがれ!」

 まるで訓練でもしているような口ぶりの2人?と必死な子供1人。

 実際の所、ディンとしてはいい訓練の場でもある。

自分と竜太だけでもどうにでも出来るが、しかしもしもの事もある。

だからこうして竜を召喚し、自分は竜太の方に目を向けているのだ。

「最後の一匹、貰ったぁ!」

 数分しないうちにヴォルガロが高らかに宣言し、灼熱の炎で魔物を焼き消した。

その宣言通りあたりに魔物の姿は見えず、気配もなくなった。


「はぁ、はぁ。」

「お疲れ様、よく頑張ったな。」

 ディンの魔力で浮いてはいるものの、体力と精神力の消耗が激しかったのか息を切らす竜太。

ディンは剣を消し竜太のそばに近づくと、抱きかかえるような形で支える。

「おうおう小童!よくやったじゃねえか!」

「あ、ありがとう、ございます……。」

 ヴォルガロのがさつな笑い声の中で、竜太は少し恥ずかしそうに笑う。

「だがなぁ!終わった後父ちゃんに抱えられてるうちは半人前でぇ!精進しな!」

「はい……。」

 半人前と言われしゅんとする竜太。

それを見たディンは、含みのある笑みをヴォルガロに向けた。

「じゃ、じゃぁ俺はこの辺で帰るぜ!じゃあな!」

 その笑みで何かを察したヴォルガロは、別れの言葉とともに炎に包まれた。

そして炎が消えた時、竜もまた消えていた。

「さ、帰ろうか。」

「……。ねえ、僕ってまだ半人前……?」

「そりゃ俺に比べたら、な。でも、1か月の特訓の成果にしちゃ上出来すぎるくらいだよ。」

「そっか、良かったぁ…。」

 父の言葉に安心したのか、それともただ疲れただけなのか。

ディンに凭れるように力を抜き、そのまま寝息をたて始めてしまった。

「まあ魔法に関しちゃあれだけど、な。」

 ディンはぼそりと呟くと笑う。

そして同時転移の魔法陣を形成し、皆が待っている家へと帰っていった。

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