第4話 壊された心

 日を同じくした夜遅く、22時ごろ。

ようやく目を覚ましたディンは、ベランダで1人煙草をふかしている。

「……、やっぱそうなるかぁ……。」

 目を閉じ、眉間に皺を寄せる。

ディンは見ている、ここではないある所を。

「……。」

 ディンは今、特定の場所や人物の周りを見る事が出来る「飛眼」という魔法を発動している。

これは空間魔法の初期段階に位置する魔法で、目を閉じている間その場所と自分の視界を繋げているのだ。

「雄也、自分でなんとか……、出来ねえか……。」

 繋げている対象は山内雄也。

昼間、浩輔が心配していた人物でディンが助けたい少年。

 彼は今どこで何をしているのか、どうにかしなければならないのか。

「小さいからって慰み者たぁ、呆れた餓鬼どもだな。」

 目を開け、煙草を深く吸い込む。

煙の熱が喉を焼き、その煙は肺を汚す。

 しかし、ディンは気にしない。

自分を落ち着かせ、思考をまとめる為の行為。

それが、煙草を吸うという事。

「……。」

 もう一度目を閉じ、集中する。

正確な位置、空間、音、人数。

音はともかくとして、その場所の障害物の有無や広さ、愚行を行っている人数位は把握しておきたい。

「……。」

 3分後、ディンはすべてを把握した。

「さて、昼間にはああいったけど……。」

 実際に遠隔で魔法陣を形成し、そこにいる1人だけを動かすという繊細な作業をするほど、ディンの魔力は回復していない。

600年という長い時でさえ、ディンの魔力を回復させるだけの時間としては足りなかった。

正確には、何度も使い切ってしまっているという所が正しいか。

「……。」

 タイムリープ、過去へ向かい現在に戻って来る。

しかも、自分という存在を過去に固定することでその世界を存続させ、尚且つないはずの時間を創り出し新たな時間軸を形成する。

それだけのことをしたのだ。

竜神としてはまだまだ幼いディンには、過酷すぎる作業だ。

「やっぱ俺が行くしかねぇか。」

 そう呟くと、ディンは一度部屋に戻る。

そこには竜太がいた。

「父ちゃん、雄也のいる場所わかった?」

 先ほどまでの作業の概要を聞いていた竜太が聞く。

準備万端、いつでも殴り込めると言いたげだ。

「ああ、なんとかな。ただいきなり中心にポンっていうのはムズイだろうから、周囲の広い所に跳ぶ感じになるな。」

 ディンは眉間の皺を濃くする。

それは竜太を巻き込むことに関してだろうか、それとも自分の能力不足のせいだろうか。

「じゃあ早くいこ、雄也今もされてるんでしょ?」

 急かす竜太、その双眼には怒りが写っている。

当たり前だ、何をされているか知っているのだから。

「そうだな。」

 竜太にそう呟くと、ディンは左手を竜太の肩に乗せる。

「同時転移。」

 ディンの詠唱が終わるとともに魔法陣が足元に形成され、そしてその魔法陣から光が溢れ2人を包み、消えた。


 所変わって同市内。

 3年ほど前に廃校になり、そのまま放置されている中学校。

寂れた空気と埃の立ち込める校舎、鉄とゴムの匂いが充満する体育倉庫。

その中にいる、複数の人間の音。

「最初俺な!」

「……!」

 跳び箱に縛り付けられ、猿轡を噛まされた全裸の少年、山内雄也は5人の同級生に囲まれくぐもった声を上げる。

嫌だ、されたくないという声にならない叫びだ。

 しかし、どこかで悦んでしまっている自分がいる事を感じてしまう。

体を重ねる事への悦びや、期待を感じてしまう。

それが、雄也の心を壊していく。

「……。」

 恰幅の良い少年が覆いかぶさって来るのを感じ、期待と絶望の二律背反に雄也の心が耐えられなくなり、ぱきりと何かが壊れた音がした、その時。

「そこまでだ。」

 突如響き渡る爆音と、憤怒が込められた冷徹な声が体育倉庫に静かに響く。

鍵を閉めていたはずの倉庫の入り口はひしゃげて吹き飛び、煙が舞っていた。

「な、なんだぁ!?」

 恰幅の良い少年がその入り口に目を向けると。

「許さないぞお前ら!」

 煙の舞う入り口から聞こえてくる、先ほどより幼い声。

「な、何が起こった!?」

「わかるか!」

 困惑する5人の少年たち。

それを意に返さない2つの影が現れ、そして消えた。

「ぎゃぁ!?」

「ひぎぃ!?」

「ぐえぇ!?」

 3つの悲鳴が木霊する。

恰幅の良い少年とひょろ長い少年が悲鳴の方を向くと、股間を抑え失神している3人の少年の姿が。

「なんだぁ!?」

「わかんなくていいぞ、ここでお前らは……。」

「ぎゃっ!?」

 3人の少年の中心に1人の男が現れ、そしてひょろ長い少年の股間を蹴り上げる。

ひょろ長い少年はその痛みで失神してしまった。

「後はお前だけだ!本山!」

 幼い声が怒鳴ったと思えば、恰幅の良い少年本山の首元に手が伸びてきて、掴まれる。

「ぐ、ぐうぅ!?」

 そして、そのまま宙に浮かぶ。

「よくも!よくもこんなことを!」

 怒りに震える声。

「絶対に許さない!」

 そういい、少年は掴む力をどんどん強くする。

「がぁ……!げぇ……!」

 本山は泡を噴きながら手足をバタバタさせる。

このまま首を絞め続ければ、そのまま死んでしまうだろう。

「竜太!殺すな!」

 しかしそこでもう1人の男が叫ぶ。

竜太の名を呼び、掴んでいる手を無理やりはがす。

本山はばたりと崩れ落ち、そのまま気絶してしまった。

「どうして!こいつは雄也にひどいことしたのに!」

「だからってお前が殺しちゃいけない!」

 竜太の問いに即座に答えるディン。

「こんなことしてるやつらを、父ちゃんは殺すなっていうの!?」

「ああそうだ、お前は人を殺すために力を持ってるわけじゃない。」

 怒りの矛先をディンに剥ける竜太、それに対し冷静に答えるディン。

「殺してなんになる、こいつを殺して手に入るのは後悔だけだ。」

「なんでわかるんだよ!」

「俺がそうなりかけたことがあるからだ。」

 竜太の怒りを鎮めようとはせず、質問に答えるディン。

そうしながらナイフを出現させ、雄也を縛っている縄を切る。

「竜太、竜太の目的はなんだ?雄也よりもこんな屑の為に時間と精神を使うのか?」

「それは……。」

 振り向かずに言い放つディンの言葉にハッとしたのか、怒りが萎む竜太。

「ごめん、父ちゃん……。」

「いや、俺も悪かった。もうちょっと冷静になれるようにするべきだったよ。」

 何が起こっているのかわかっていない、というか精神がどこかに逝ってしまっているように無抵抗な雄也を肩に担ぎ、竜太の方を向き直る。

「さあ帰ろう、こいつらは二度とこんなこと出来ないから。」

「うん……。」

 蹴りで睾丸をつぶされた5人を放置し、ディンは魔法陣を形成する。

しょげた顔をしながら魔法陣の中に入る竜太、雄也の顔を見て悲しみにその顔が歪む。

「同時転移。」

 魔法陣が輝き、3人を包む。

そしてそれが収まったころには、5人の少年たちだけが残された。


 ……。

……、……。

「雄也……。」

……?

ほの暗い空間の中、誰かの声が聞こえてくる。

「これから、お前の心を何とかする。」

 ……?

「でも、今の俺には記憶を消すほどの力は残ってない、それに今のまま元通りにする事も出来ない。」

 ……。

どこかから聞こえてくる声、しかし何を言っているのか理解できない。

 ……。

体を動かすことも出来ない、というより体の感覚がない。

 ……!

声も出すことが出来ない。

「雄也。」

 ふとそこに淡い光が現れ、そして消えた。

そこには隻腕の青年が1人いた。

 誰だろう……?

青年を見ようとするが、見えない。

 わからない。

何故声が聞こえるのか、何故声を理解できるのか。

それすらも。

「雄也、こんなになって……。」

 ディンは悲し気な顔をする、そして見る。

砕かれたガラス細工のように、ばらばらになっている雄也を。

……。

 何も見えない、何も感じない。

しかし聞こえてくる、その理由は。

雄也の「頭」だった部分に「片耳」だけが残っていたから。

砕けてしまった全身の中で唯一「頭」とつながっていたから。

 他はどれも砕けてしまっている。

目も、口も、体も。

文字通り砕けてしまった、雄也の心の姿。

「……。」

 青年は、それらを1つに纏め始めた。

肌色の物体、雄也の「体」を。

 ……。

何かが動く音、拾う音、置く音、呼吸だけが響く。


「さて、と。」

 どれほどの時間が経ったかわからなかったが、ディンが声を出す。

「今治すからな。」

 そういうと雄也の「頭」に「口」を繋げる。

「喉」と「首」と「目」を繋げ雄也が喋り、目の前を見れるようにする。

「……、俺……。」

 口が動き、声が出る。

目が開き、目の前がぼんやりと見える。

「お、しっかり動いたか。」

 ディンが作業しながら声をかける。

ぼんやりした視界で見ていると、何かを組み立てているようだった。

「ここは……?あんたは……?」

 問う、当然至極の事を。

「俺は?」

 わからない、思い出せない。

「ここは雄也の精神世界で、これは雄也の心の投影だよ。」

 ディンは作業をしながら答える。

「俺の名前はディンっていうんだ、お前は雄也だよ。」

「精神……、心……。」

 わからない。

言葉は聞こえるが、意味が分からない。

「今はわかんないままでいいよ、ここでの事はほとんど全部忘れちゃうから。」

 作業が終わったのか、手を止めるディン。

雄也の「頭」を持ち上げると、組み立てた「体」に繋げる。

「……。」

 頭と体が1つになり、感覚が戻って来る。

しばらく目を瞑り、違和感に耐える。

「……。さて、ここからだ。」

 ディンはそういうと、裸の雄也を抱き寄せる。

「雄也の心、その形は戻した。でもこのままじゃダメなんだ。」

「……?」

 首をかしげる、理解が出来ない。

感覚はある、体は動かせる。

でもだめとは?

「今のままだと、すぐに崩れてしまうんだ。自らの記憶のせいで。」

 ディンは雄也の頭を撫でながら話す。

「……。」

 撫でられている頭が心地いい。

まるで、自分のすべてを許容してくれているように感じる。

「だから……。」

 言い淀む。

躊躇っているのが声の響きでわかる。

「……?」

 覗くようにディンを見やる。

見上げたディンの顔は、悲しみに歪んでいるようだった。

「俺に、今のままで雄也を治すことは出来ない、だから……。」

「だから……?」

 ディンは涙を零している。

その理由がわからない。

「だから……。俺は雄也を歪めなきゃならない、壊れるほどに嫌がってた事を、嫌じゃなくしなきゃならない。」

 膝をつき、泣きながら見つめてくるディン。

恥ずかしいが、うれしい。

「雄也が同性での交わりを好きになるようにしなきゃならない、そうすれば雄也が起きた時、苦しみを少しに出来るから……。」

 苦し気に吐き出される言葉。

 ぎゅっと抱きしめられる。

心地いい、目を瞑りその心地よさに浸る。

「目が覚めれば雄也はここでのことを覚えてない、だけど目が覚めたらそういう事をしたくなるんだ……。」

「そういう事……?」

「ああ、それも……。」

 ディンは抱きしめるのをやめ、雄也の頬に手を添える。

そして、口づけをした。

「……。」

 嫌じゃない。

自分を想ってくれている事が伝わってくる。

この人が好きだ、そう感じる。

「心を組み合わせてる時に術をかけたんだ……、俺に何をされても嫌だと思わないっていう……。」

 唇を離し、涙声でディンは語る。

自分はされて嬉しい、でもディンは嬉しくないんだろうか?「

「それしか方法がなかったんだ…、意識を改変するしか方法が……!?」

 喜んでほしい。

そう思って、自分からキスをする。

ディンに腕を回し、優しく。

「……。」

 涙を流しながら、ディンは受け入れてくれる。

やっぱり、ディンは受け入れてくれる。

「……。」

 自分がしている事が、おかしいのはわかっている。

普通、こういうのは女とするものだ。

でもしたい、目の前にいるディンと。

「……、雄也……。」

 肩に手をかけられ、唇が離れた。

それが嫌で、俯いてしまう。

「ごめんな……。」

 そういうとディンは、ぎゅっと抱きしめてくれる。

そうされると、胸がドキドキする。

頬が熱くなり、体中が熱っぽくなる。

「ディン、俺……。」

 名前を口にする。

恥ずかしいけど、してほしい。

「……。」

 無言で抱きしめてくれるディン。

それが嬉しくて、抱きしめ返した。


「……。」

「……、……。」

「……、んぅ……。」

「雄也?」

「んぁ?」

「良かった……。」

 雄也が目を覚ましたのは広いベッドの上。

子供なら4人は寝れそうなキングサイズのベッドの上で、雄也は目を開けた。

「良かった、起きてくれた……。」

 竜太が涙を流しながら声を上げる。

「坂崎……?」

 何が起きていたのかわからない。

少しずつ意識がしっかりとし、声の主が誰かを理解する。

 そして、記憶が蘇る。

「あ、あいつらは!?」

「いないよ、大丈夫だ。」

 聞きなれない声、しかし聞きなれた誰かに似た声。

「坂崎に、似てる?」

 素朴な疑問を口にする雄也、首を動かし声の方を見る。

「まあ、そうかな?」

 そこには、優しく微笑む強面な風貌な男、ディンがいた。

「初めまして、いつも竜太がお世話になってるね。」

「え、あぁ。」

 わけがわからず生返事をする雄也。

その中では自身では理解できない感情が渦巻いている。

ついさっきまでどこかで何かをしていたような、夢を見ていたような感覚。

「竜太、2人で話しても?」

「うん、さっき話してた事だよね。」

 少し名残惜しそうな顔をしつつ、竜太は椅子から立ち上がり部屋を出る。

「あ、その人僕の父ちゃんだから、怖がらないでね?」

 と言いながら。

「父ちゃんって……。」

 ディンをまじまじと見つめながら言葉を発する。

さすがに、すぐに納得出来るほど2人は似ていない。

「その事は後々話すよ、雄也。それより、自分の体の事わかる?」

「え、うん……。」

 ディンは微笑みながらベッドに乗り、雄也は顔を真っ赤にしながら答える。

自分の中に渦巻く感情の意味を、なんとなく理解する。

「雄也が意識を無くしてる間に雄也の心の中に入ったんだ、修復の為にね。」

 雄也からしたら意味の分からない事を言うディン、しかし雄也にはその意味がなんとなく理解できていた。

「俺……、あの時……。」

「そう、雄也の心はあの時粉々になった。快楽と理性の引っ張り合いに耐え切れなくて。」

 ディンは雄也の横に寝そべり、表情を曇らせる。

「今の俺にそれを完璧に修復する事は出来ない、だから……。」

「俺が今生きてるの、坂崎の父ちゃんがしてくれた、のか?」

 ディンの言葉を遮り、雄也が口を開く。

「だったら、ありがとう……、なのかな……。」

「雄也……。」

「だって俺、あの時死んだ気がしてたから。自分が壊れてくの、わかってたから。」

 真っ赤な顔をし、ディンを見る。

「俺、坂崎の父ちゃんの事……。」

「……。」

 ディンは喋ろうとしない。

雄也の心を治す為にした事は、自身でよくわかっているから。

「俺、おかしくなっちゃった……。」

 そこで涙を流す雄也。

自分の中に渦巻く感情、それを理解し体に起こっている変化を理解し。

「いやで仕方がなかったのに……!」

「ごめん、雄也……。」

 申し訳なさそうに雄也を見つめるディン。。

「そうしないと、治せなかったんだ……。」

「嫌で仕方がなかったのに……!坂崎の父ちゃんと、したくてたまらないんだ……!」

 謝罪が耳に入ってこなかったかのように、自分の言葉を続ける雄也。

記憶には残っていない、心の中での出来事。

 しかし、それはしっかりと根付いている。

雄也の心を修復し、壊れてしまわないようにした全てが。

「体がムズムズするし、胸がドキドキするんだ……!」

「雄也……。」

「……?」

「俺はお前を助けたかった、それにここまでしたからには、雄也の気持ちに嫌だとは言わない。」

「……!」

 ディンの言葉に雄也は沢山涙を流す、それは嬉しいからか苦しいからか。

「坂崎の……。」

「ディンでいいよ、雄也。」

「ディン……!でぃん……!」

 ディンが片腕で雄也を包み込むと、堰を切ったようにその名を呼ぶ。

それをディンは、ただただ受け止めた。

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