第3話 懐かしき夢
4人で話をして一夜明けた昼。
ディンの提案通全員が家を出ずに過ごし、源太もそこにいた。
そして7人は待っていた、ディンが起きるのを。
ディンはいつまで経っても起きてこない。
竜太が部屋に行き何度も起こそうとしたが、瞑られた瞳は開かない。
そのうち起きてくるだろう、今日のうちに雄也を連れてくるといったディンの言葉を信じ、子供達は待っていた。
時間は午後3時。
9月と言えどまだ夏、じりじりと照り付ける太陽に雲一つない空。
子供達は、冷房を効かせたリビングに避難し過ごしている。
そして竜太は、1人ディンの寝ている自室に来ていた。
「……。」
父ちゃんと言いはするものの。
今傍らで寝ている青年は、本当に自分の父親と言えるのだろうか?
嬉しかった、確かにそうだ。
しかし、それだけだったとは竜太自身思っていない。
不信感ではない。
目の前で寝ている青年は、嘘などついていない。
自分とそう変わらない年齢に見える青年は、堂々と真実を語っているように見える。
拒絶でもない。
ディンが現れ、正直ホッとしている自分がいるの言うのが正直な所だ。
兄弟達の事や魔物の事を、1人では抱えきれそうになかったから。
違和感、というのが一番正しい所だろうか。
拭えない違和感だ。
部屋に染み付いた煙草のヤニのような、キッチンに染み付いた油のような。
拭いきれない何かがある。
外見的な年齢が近すぎるのだ。
自分と大差ない、2、3歳年上にしか見えない。
実際は違うのだろうけれど、どうしてもそう見えてしまう。
それが、違和感として現れる。
そんな竜太をしり目にディンはいびきをかいて爆睡している。
幸せそうな寝顔で寝続ける。
そして夢を見ている、昔の、遠い昔の思い出を。
……。
(ディン、きれいなとこだね。)
悠輔がディンの中で笑う。
(ああ、魔物が出てこなきゃもっとよかったんだけどな。)
それに対してディンが茶化すように返す。
2人がいたのは琵琶湖の湖畔。
冬の透き通った水の流れを遮る、桟橋の上。
(景色をきれいなんて思うの、いつぶりだろ。)
悠輔はディンの視界を通して見えている景色を見る。
視界をリンクさせ、同じ景色を見ているのだ。
(そうだな、あれ以来そんな余裕もなかったからな。)
ディンが空から降って来る魔物の存在を探知し、苦々し気に笑う。
そしてすぐ真顔に戻ると、そこから一気に跳躍した。
「竜神術、清風。」
ディンが唱えると、体の周りを風が包み本来落下するはずの体を宙に留める。
「さて悠輔、終わったら少しのんびりしようか。」
そういいながら右腕を背中に回す。
「竜神剣、竜の誇りよ!今ここに闇払う刃を!」
そう叫ぶとディンの背中に光が集まり、それが剣の形になる。
(お願いね、ディン。)
悠輔はそういうと視界のリンクを切り、ディンにすべてを委ねる。
12歳という年齢では、考えられない程に落ち着き払って。
「んー。」
ディンは夢を見ている、そして笑っている。
「はぁ、幸せそうな寝顔だね。僕の方が年上なんじゃないかな……?」
それを見てため息をつく竜太。
見た目も言動もそこまで変わらず、そして幸せそうな寝顔。
自分より年下なんじゃないかと錯覚してしまう。
「でも……。」
わかっている。
目の前で寝ている青年は、神であり父であり。
壮絶な人生を送ってきているのだと。
「まったくもう……、僕も眠くなってきちゃった。父ちゃん、隣ごめんね?」
考え疲れたのか、そういうとディンの横に寝転がる竜太。
ディンは竜太の方を向いて寝ていたので、向かいあう形だ。
「父ちゃん……。」
初めて間近で見る父の顔、眉間の傷が痛々しい。
それには及ばずとも、顔の所々に傷があり、傍から見ると恐ろしい。
でもとても優しい、傍にいるとなぜか落ち着く。
昨日出会ったばかりなのに。
「……。」
ディンの胸にそっと額をつける。
暖かい、そして安らぐ。
「……。」
そういえば、と竜太はまどろみの中で思う。
今日ほど安らいだ日はあっただろうか、と。
竜太が襲われてから3か月、一日として心が休まる日などなかった。
「……。」
最初は恐怖。
そして怒り、悲しみ、責務、憂い。
そんな感情ばかりがぐるぐると回る毎日。
「……。」
そして昨日の事。
結局、昨日は気が昂って眠れなかった。
しかし、そんな所を弟たちの前では見せられない。
無理をしていた、というのが一番正しいだろう。
「ふあぁ……。」
だけど、それなのに。
目の前で寝ている青年の懐にいると、とても落ち着く。
そして、無理しないでもいいんだと思える。
これがきっと、家族の絆というものなんだろう。
先ほどまで感じていた違和感が、なくなっていくのがわかる。
そんなことを考えているうちに、すっと眠りにつく竜太。
静かに寝息を立て始める。
「……。」
ディンの瞳がゆっくりと開かれる、竜太の動作で目を覚ましたのだろう。
「竜太……。」
胸の中で眠る竜太を見つめ、その名を呼ぶ。
浩輔に、悠輔にそっくりな我が子の名を。
「……。」
悠輔は怒っていないだろうか?
最期に会ってから600年もずっと眠っている最愛の人は。
このことを、怒っていないだろうか。
今でも覚えている、600年前のあの日の事を。
悠輔を失ってしまった日、デインとの闘いで敗走したあの日。
時を遡ったその日、悠輔の最期の願いを聞いたあの日の事を。
「その為なら消えたってかまわない、だから幸せになって。みんなと、一緒に。」
意識があったわけではない。
自分が意識を取り戻した時には、悠輔はもう眠っていた。
しかし、覚えていた。
聞こえていた、悠輔の願いが。
見えていた、悠輔の笑顔が、涙が。
そして忘れる事はなかった。
悠輔の願いを、ともに過ごした日々を、最愛の人を失った日の事を。
「……。」
そして思い出す、夢の中で見た光景。
とても懐かしい、そして淡い思い出。
ディンと悠輔が出会って、最初で最後の冬の出来事。
「あの後、夜までずっと帰らなかったっけな。」
戦いが終わってすぐ、悠輔と入れ替わったディン。
そして、その情景から決して目を離さなかった悠輔。
戦闘があったのが昼過ぎで、結局悠輔が動いたのは日没ごろ。
3時間ほど、そのから動かなかった計算になる。
「……。」
その時のことを思い出す。
そう、夢の続きを。
2人揃って何も言わず、目の前の景色に没頭していたことを。
美しい湖を、そして沈みゆく太陽を。
「遠い昔のよう、というか遠い昔の話か。」
あれから、夢に見たあの日から。
600年以上の歳月を、ディンは過ごした。
いくら100万年以上生きる種族の血を引いているとはいえ、ディンにとって長い時が過ぎたことには違いがない。
「長く生き過ぎた気もするんだけどな。」
悠久の時を生きる種族、自分がそうであることはわかっている。
きっとその中で今まで生きてきた時間など、ほんの少しでしかないであろうこともわかっている。
でも。
忘れることはないことはわかっている、忘れたくないこともわかっている。
だから、いつまでも覚えているだろう。
それは永遠に消えない宝物であり、永遠に取れない枷なのだから。
「ふぅ……。」
ため息をつく。
これからの事を考えれば、それは当たり前といえば当たり前だ。
もう一度、デインと対峙しなければならない。
今度は勝てるのだろうか、それともまた。
否、打ち勝つしか選択肢はない。
負けるという事は今度こそ、すべてを失ってしまう。
それが嫌だったから、今ここにいるのだ。
全てを守り救い、そして幸せになってもらう為に。
そして、幸せになる為に。
悠輔の、最期の願いを叶える為に、悠輔ともう一度笑いあう為に。
「もうひと眠りするか……。」
小声で呟くと、ディンは竜太に腕を回し抱き着いて眠りについた。
「……。2人揃って、なんだか幸せそうだね。」
1時間後、部屋に訪れた浩輔は1人呟く。
まあ大体予想はついていた、おそらく寝ているだろうと。
しかし、この光景は若干予想外だ。
てっきり、竜太は椅子に座って寝ているものだと思っていた。
「むぅ……。」
そして、若干やきもちをやく。
自分ではなれない立場、竜太に必要だったその存在。
ディンが来てくれてほっとしたとともに、少し妬いている自分がいた。
「仕方ないなぁ、竜はこうなったら起きないし、きっとディンさんも起きないだろうし……。」
腰に手を当て、ため息をつく。
どうしようもない、そっとしておこう。
そんな言葉が似合うような顔をしている。
「でも、山内君って子の事はどうするんだろう……。」
1つだけ心配な事、それは山内雄也の事。
今日中に何とかするといっていたし、何よりも。
浩輔としても、一秒も早く何とかしてあげたい。
会ったことはないのだが。
「源太君が言ってた事がほんとなら……。」
凌辱。
雄也が今されている、いじめの内容。
男同士の交わり。
それを自らの意志ではない、強制されているのだ。
自分達がした時でさえ、最初は抵抗があったというのに。
それを、受け入れてない相手にされる。
それは浩輔にとって、いや皆にとって許しがたい事だ。
だから早く何とかしてほしい、でも寝ているのではそうもいかない。
「早く起きてよね、2人とも……。」
困り顔でそう告げ、部屋を出る浩輔。
きっと今ここに居続けると、嫉妬心が大きくなってしまう。
仕方がない。
そう、仕方がない。
「……。」
きっと、うまくいく。
今までだって色々あったのだから、浩輔は心の内で呟く。
竜太を、そして竜太を助けてくれたディンを信じているから。
きっと何とかなる、そう思えたのだろう。
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