第14話 着替えてランニング

 部屋の中は、大きな陸上競技場のような場所だった。


 外周部には、赤い地面の走路がある。


 中央には、芝生のような植物が敷いてある。


 そして、なぜかさまざまなトレーニングマシンのようなものが置かれている。


 壁と天井は、部屋の外と変わらない。


 ここで修行をするのか。


 どんなことをするのだろうな?


 おや?

 入り口の扉が開いたぞ?


 誰か来たのか?


「はい、どうも、こんにちはマッス! インストラクターの『アーカミ』ですマッス!」


 人間の全身骨格が部屋に入って来て、そう言った。


 なぜか聖剣を持って行った青年を基に作成した、人間の着ぐるみのようなものを着ている。


 あれは確か肉襦袢にくじゅばんというものだったかな?


 そして、白い手提げ袋のようなものを持っている。


 こいつがインストラクター!?


 なんでそんな格好なんだ!?


 筋肉の修行場をなんだから、本物の筋肉を用意しろよ!?


 まあ、それよりも……


「どうも、ヒモノと申します。よろしくお願いします」


 挨拶をされた以上は返さないとな。


「ヒモノさんですねマッス! こちらこそよろしくお願いしますマッス!! では、筋トレを始めましょうマッス! ここで鍛えれば、すぐに私のような筋肉になれますよマッス!!」


 偽筋肉が何を言っているんだ!?


 今のはギャグなのか!?


 リアクションに困るぞ!?


「あはははは…… それはすごいですね……」


「ええ、ここの筋トレは効果抜群ですよマッス!」


「そうですか。ところで、行うのは特殊能力の修行ですよね?」


「その通りですよマッス!」


「ただの筋トレではないのですよね?」


「はい、そうですマッス! 特殊能力筋肉の修行ですマッス!」


 本当に特殊能力の修行になるのだろうか?


 疑わしいが、やってみるしかないか。



「では、まずはあちらの更衣室で、これに着替えてくださいマッス」


 アーカミさんがそう言って、手を向けた。


 その方向には、白い片開きの扉があった。


 そして、持っていた手提げ袋を渡してきた。


「分かりました」


 俺は更衣室に向かった。



 中に入った。


 そこには八畳くらいの部屋に、白いロッカーが並んでいた。


 日本にありそうな普通の更衣室だな。


 さらに奥に続く扉があり、その中には簡素なベッドの置いてある仮眠室と思われる部屋、トイレ、シャワー室があった。


 ここって、意外と設備が充実しているんだなぁ。



 さて、着替えようか。


 俺は袋から着替えを出した。


 こ、これは!?


 アーカミさんが着ていた肉襦袢にくじゅばん!?


 こいつを着なきゃいけないのか!?


 なんのためにだ!?


 訳が分からないぞ!?


 まあ、でも、仕方ないか。


 さっさと着替えてしまおう。



 肉襦袢にくじゅばんに着替えた。


 そして、着ていた服をロッカーに入れた。


 では、行こうか。



 陸上競技場のような部屋に戻って来た。


「着替え終わりましたねマッス! では、修行を始めましょうマッス!」


「何をするのですか?」


「まずはこれですマッス! 筋肉の神よ、この者に試練を与えたまえマッス!!」


 アーカミさんが手のひらを俺に向けて、そう言った。


 すると、突然俺の着ている肉襦袢にくじゅばんが重くなった。


「な、なんですか、これは!?」


「それは筋肉の神『ナーン・コォツグーシ』様からの試練ですマッス」


 筋肉の神、軟骨串?


 美味しそうな神だな。


 筋肉はなさそうだけど。


「その肉襦袢は、着ている方に合った重さに変わりますマッス」


 なるほど、それが試練なのか。


 この肉襦袢は、意外と高性能なんだな。


「次は筋肉の神に祈りを捧げながら、ランニングをしましょうマッス! 私の後について復唱してくださいマッス!」


「分かりました」


 ランニングは分かるけど、なぜ祈る必要があるのだろうか?


 よく分からんなぁ。


「その辺にまします我らの筋肉よマッス」


 アーカミさんが走路を走りながら、そう言った。


「その辺にまします我らの筋肉よ」


 俺もそれに続いた。


 ん?

 それって、このあたりに筋肉の神がいるということなのか?


 まあ、そんなのどうでもいいか。


「願わくは我が筋肉を増加させたまえマッス」


「願わくは我が筋肉を増加させたまえ」


 それは祈るのではなく、自力でどうにかしなければいけないのでは?


「うむ、まったくもってその通りじゃ。お主は分かっておるのう」


「えっ!?」


 聞き覚えのない声が聞こえてきたぞ!?


 だが、周囲にはアーカミさんしかいない。


 なんだ今のは!?


「どうかしましたかマッス?」


「今聞き覚えのない声が聞こえたのですが、誰の声なのでしょうか? 他の職員の方ですか?」


「ああ、それはおそらくナーン・コォツグーシ様でしょうマッス」


「ええっ!? 筋肉の神が声をかけてきたのですか!?」


「はい、よくあることなんですよマッス」


「そ、そうなんですか」


 ここって、実はとんでもない場所なのでは!?


 ん?

 もしかしたら、神なら日本に通じるダンジョンの出口を知っているのではないか!?


 どうなんですか、ナーン・コォツグーシ様!?


「いや、そんなの知らんぞ。ワシは筋肉専門なのじゃからな」


「そうでしたか……」


 神に専門なんてあったのか。


「どうかしましたかマッス?」


「ちょっと神に質問をしてみただけですよ。専門外のことは分からないそうですけどね」


「ナーン・コォツグーシ様はひきこもりなうえに、筋肉以外に興味のない方ですので、質問するだけ無駄ですよマッス」


 ひどい言われようだな!?


「うむ、まったくじゃな! これは筋肉罰を与えねば!」


 筋肉罰?


 天罰みたいなものなのだろうか?


「ぐぎゃあああああああああああああああっ!!!!!」


 アーカミさんが突然悲鳴を上げた。


 そして、あお向けに倒れ、小刻みに震えている。


 どうやら気絶しているようだ。


 これは、いったい何をされたんだ!?


「全身を筋肉痛にしただけじゃ。そのうち、元に戻るであろう」


「えっ!? アーカミさんに筋肉なんてあるのですか!?」


「普通にあるじゃろ? 何を言っておるのじゃ?」


「そ、そうなんですか……」


 アーカミさんって、肉襦袢を着た人間の骸骨ではなかったのか!?


 あの肉襦袢の中は、どうなっているのだろうか!?


 謎すぎる……


「ほれっ、何をやっておる。お主はランニングを続けるのじゃ」


「はい……」


 世の中、訳の分からないことがたくさんあるなぁ。

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