第6話 レベルアップと夜

「これはなんなのだろうか?」


 血のように赤い、直径七センチくらいの不気味な玉だ。


「それは『エクスレト』だキュ。知らないのキュ?」


「エクスレト? いや、聞いたことがないな」


「そうなのキュ? ああ、そういえば、これは正式な名前ではなかったキュ。長いから略称で呼んでいたんだキュ」


「では、正式名称はなんと言うんだ?」


「確か『エ・クスペリエン・スチュウニビョウクロ・レキシノー・ト』という名前だったはずキュ。これは知っているのキュ?」


 エクスペリエンス・中二病・黒歴史ノート?


 意味が分からんな。


「それも聞いたことがないな。どういうものなんだ?」


「エクスレトは生物を倒すと出て来るものキュ。これを取り込むと、レベルが上がることがあるキュ」


「えっ!? 取り込む!? どういうことだ!?」


「どうって、それが体の中に入って行くキュ」


「この玉が!? 健康に影響はないのか!?」


「そんなの聞いたこともないキュ。むしろ、健康に良いと思うキュ」


「そうなのか。レベルが上がるって、どういうことなんだ? なんでこれを取り込むと上がるんだ?」


「そんなのよく分からないキュ」


「そうか」


 その辺の原理は不明なのか。


「やはりレベルが上がると強くなるのか!?」


「当然、強くなるキュ。そんなの常識キュ」


「いや、そんなことを言われてもな。俺の住んでいた場所には、そんなのなかったぞ」


「そうなのキュ? よく分からないところに住んでいたんだねキュ」


「地球や日本を知らないか?」


「知らないキュ」


「宙に浮いている、黒い円は知っているか?」


「それも知らないキュ。それは何キュ?」


 俺は事情を話した。


「何を言っているのか全然分かんないけど、とにかく大変だったねキュ」


「そうだな……」


 キュキュから帰還の手掛かりを得ることはできないようだ。



「お姉様、エクスレトを取り込むキュ」


「なぜ私に言うんだ?」


「エクスレトは、ミョガガベを倒した者が取り込むのが普通キュ」


「そういうものなのか。なら、ステーさんが取り込むべきだな。いや、この場合は聖剣になるのか?」


「わたくしの電球がツキました! どちらが取り込んでも一緒なのです! おふたりはヒモノさんの能力ですから!!」


「そうなのか。それで、どうやって取り込むんだ?」


「体のどこかで触れるだけキュ。場所は個体ごとに違うキュ」


「なら、表面積が小さい聖剣なら簡単に分かるだろう。やってみてくれ」


「俺様がか? 仕方ねぇな」


 聖剣の柄の先端にエクスレトを触れさせた。


 すると、突然エクスレトが消えた。


 そして、俺の中に何かが入って来たような気がした。


「これでレベルが上がったのか? どうなんだ、ステーさん?」


「ステータスが変動しているようだが、上がったのかはよく分からん」


「どう変わったんだ?」


「レベルは『よわヨワ弱よわ、よわヨーワ、うわっ、私弱くない!?』になった」


「変わってないような気がするぞ」


「前は『よわヨワ弱よわ、よわヨーワ、うわっ、私弱すぎっ!?』だった。最後の『弱すぎっ!?』の部分が『弱くない!?』に変わっている」


「それ意味あるのか!?」


「不明だ。他のステータスも変わっているから、体を動かしてみたらどうだ?」


「そうなのか。なら、やってみようか」


 俺は軽く素振りをしてみた。


「ん? いつもより体が軽いような気がする。これがレベルが上がったということなのか?」


「多分そうだと思うキュ」


「そうなのか! こいつはすごいもんだな!!」


 なんだか若返った気分だ!



「ステーさんたちは何か変わったのか?」


「私も体が軽くなった気がする」


「俺様は何も変わらねぇな」


「わたくしも体が軽くなった気がするのです」


「そうなのか。レベルアップしたのかな?」


「おそらくそうだろう」


 ひとつのエクスレトで、三人レベルアップか。


 俺はお得な特殊能力を身に付けたようだな。



「ヒモノ、特殊能力がいつの間にか増えていたぞ」


「えっ!? どんな能力なんだ!?」


「『語尾がおまけで付いてくる通訳能力、翻訳もできる優れモノです! お買い得ですね!!』という能力だ」


「名前長すぎ!? 買った覚えないぞ!? まあ、それはどうでもいいか。それより、どんな能力なんだ!?」


「名前通りの能力だな。周囲で理解できない言語が使用された場合、自動的に通訳され理解できる言語で聞こえる。ヒモノの場合は日本語だな。その際、語尾におまけが付いてくる。当然、自身の発した言葉も、自動的に相手が理解できる言語へと変換される。さらにすべての文字を読むことができるようになるうえに、書くこともできるようになる」


「すごすぎ!? 通訳や翻訳家として、食っていけそうな能力じゃないか!? 素晴らしい!!」


 こいつは良いものを身に付けたぞ!


 ここを出たら、その手の仕事を探してみても良いかもしれないな!


「この能力は私たちにも効果があるようだ。キュキュやキュウィの言葉が通訳された状態で聞こえるからな」


 そういえば、ふたりにも妙な語尾があったな。


「ということは、ここに来た時から身に付けていたのだろうか?」


「そのようだ」


「他の能力も身に付いたりするのかな?」


「それは不明だ」


「わたしも知らないキュ」


「そうか」


 身に付くと良いなぁ。



 金色のウサギの着ぐるみを収納してもらった。


 では、先に進むとしようか。



「なんだか周囲が暗くなってきたような気がするぞ」


 どうやら天井の明かりが弱くなっているようだ。


「そろそろ夜になりそうキュ」


 ここにも夜があるのか。


「疲れたし、休もうキュ」


「ああ、そうだな」


 バックパックを出して、キャンプ用ランタン、寝袋、保存食料を取り出した。


「そういえば、キュキュとキュウィは食事を取るのか?」


「食べるに決まっているキュ」


 あっ、そういえば、キュキュに食われそうになったんだったな。


「ワタシも食べますキュ~」


 キュウィも食べるのか。


 食糧が思ったよりも早くなくなりそうだ。


 なんとか調達しないとな。


「ステータスウィンドウなのに、なんで食べるんだキュ?」


「分かりませんキュ~。生物のような体だからなのかもしれませんキュ~」


 なるほど、それはあり得そうだな。



 では、食事にしようか。


「これ美味しいキュ!」


「美味しいですキュ~」


 キュキュとキュウィがチョコ味のパンの缶詰を、美味しそうに食べながらそう言った。


「おかわりキュ!」


「ワタシもおかわりですキュ~」


 キュキュとキュウィが遠慮なく食料を消費してくれた。


 頭が痛くなってきた。



 あたりが真っ暗になった。


 天井の明かりが完全に消えたようだ。


 これがダンジョンの夜か。


「さっさと寝るキュ」


「おやすみなさいキュ~」


 キュキュとキュウィが地面に転がって、そのまま寝てしまった。


 さすが現地の生物、慣れているなぁ。


 というか、ちょっと無防備じゃないか?


 敵がいる場所だし、見張りはいらないのだろうか?


「おい、おっさん、寝る必要のない俺様が見張りをしてやるから、さっさと寝ろ」


「えっ!? 良いのか!?」


「良いって言ってんだろ! さっさと寝ろ!」


「おおっ、気が利くじゃないか! ありがとう!」


「良いってことよ! 俺様は聖剣だからな!」


 聖剣って、そういうものなのだろうか?


 そこはよく分からんな。


「私も寝るとしよう」


「わたくしもそうするのです」


「ステーさんたちも睡眠が必要なのか?」


「そのようだ」


 ステータスウィンドウと特殊能力でも必要なのか。


 本物の生物みたいだな。


「では、おやすみ」


「おやすみなさい」


「ああ、おやすみ」


 では、寝るとするか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る