第6話 幼なじみとの朝食は甘酸っぱい

「なぁ、初凪―? 朝は米? パン?」

「アタシの家? どっちもだったよ。ママのそん時の気分で変わってたし」

「あいよー」


 なら今日は和食にするか。炊飯器の中に米もあるし。

 みそ汁と昨日残りのサラダと卵焼きでも作るかな? いつもは出し巻きだけど、初凪もいるし、砂糖の入った甘いの作るか。

 あいつもきっと、おいしいって喜ぶだろ。


「ん? どうしたの蒼ちゃん? 何か笑ってるけど」

「ほんとに? 自覚はなかった」


 嘘だろ……初凪がおいしく食べてくれるところを想像しただけで、口がほころぶとか……考えるのは止めよう。


 それでもやっぱり誰かが自分の作ったご飯をおいしく食べてくれるっていうのは特別な気がする。外食ばっかりだと心配かけるってわかってから、世間一般で言うところの自炊=安心、えらいっていう方程式にのっとって、料理だけはしてきた。

 それがこんなところで役に立つとは思ってなかったが。


 アイランドキッチンからリビングの様子を伺うと、初凪はソファでくつろぎながらテレビを見ていた。普通なら、手伝えよって思うのかもしれないが、初凪だからこそ、じっと待っててほしいなって思う。そしたら、最高に上手い朝食を作ってやるからだ。


 もっと初凪の笑顔が見たい、もっと初凪には笑ってほしい、もっと幸せになって欲しい。そんなことを考えるだけで、胸が自分でも驚くくらいにほころぶのだ。

 さて、早速作りますかね。


 まずはみそ汁の準備からだ。味噌汁から作り出すと、他にも色々と並行して作ることができるしな。


「あ、やっべ……顆粒出汁、買うの忘れてた……」


 といっても、鰹節と味の素があるので代用はできるのだが。合った方が便利ってだけだ。今日、また買っとかないとな。脳内にメモして。鰹節をさっそく電子レンジでチンする。その間に卵を溶いて、砂糖と白だし、少量の油と水を加える。そっちの方が、半熟になりやすいのだ。 


 そのタイミングで、チンした鰹節をレンジから取り出し、粉上にすりつぶす。これで、下準備は完了だ。


 鍋に水を張って、そこに先ほどの鰹節と味の素、少量の塩を加える。ある程度、沸騰したら火を弱めて、ミソを解いてから簡単に切った豆腐を加えて完成だ。

 というのも、顆粒出汁の成分は、昆布と鰹節。つまりは、グルタミン酸とイノシン酸から構成されている。そして、鰹節にはイノシン酸が含まれており味の素にはグルタミン三しかない。だからこそ、代用が可能というわけだ。


 次は卵焼き。


 適度に温めたフライパンに油を弾いて溶き卵を流し込む。第一陣を手元にまで巻くと、第二陣を投入。後はその繰り返しだ。フライパンから甘い匂いが漂ってくるし、成功だろう。焦げもないし、フワフワだし。西島式秘伝の卵焼きだ。なんちゃって。


「初凪―、準備できたぞ。テーブルの上をかたづけてくれー!」

「はーい!」


 それから完成した料理をテーブルの上にならべていく。


「うわ~~! おいしそう! えー、朝から蒼ちゃん凄いね! こんな短い時間でパパッって作って、ママよりも凄いかも!」

「ったく、大げさだろ」

「そんなことないって! え~―、おいしそう……食べるのもったいないなぁ……」


 光る泥だんごを前にした子供のようなはしゃぎっぷりに、思わず頬が緩む。


 こんな簡単なもので、これだけ喜んでくれるならこちらとしても、作り甲斐があるというものだ。これは昼食も夕食も気合を入れて作らさしてもらおう。

 今から、初凪の喜ぶ顔が楽しみだ。


「ほら、早く食べようぜ」

 はしゃぐ初凪を座らせて、一緒に朝食を食べ始めた。

「じゃあ、いただき──あ、最初にちゃんと挨拶しろよ」


 いただきます、という前に初凪は待ちきれないのか、卵焼きから食べ始めてしまったのだ。


「~~っっ! おいしい!」


 目をつぶりながら美味しそうに頭を横に振っていた、ったく、そんな姿されたら文句も言えないだろ。


「卵がふわふわ~……まるでお店の見たい!」


 そう言われると悪い気がしないもんだ。まぁ、今日の卵焼きは特に自信作だったしな。


「はい、蒼ちゃんも! あ~ん!」

「え……?」


 初凪は自分の口つけた箸で、卵焼きを俺に向けてくる。食べさしてくれるってことなんだろうけど……ねぇ?


「どうしたの? ほらほら、遠慮しないでいいって!」

「いや、そうじゃなくてだな……」


 違うんだって!

 あ~んが恥ずかしいとか、間接キスとか色々あんだろ……。


「ほら、蒼ちゃん!」


 ニコニコと上機嫌な笑みを浮かべる初凪は一向に譲ろうとしなかった。

 そのまま、にらみ合うこと数秒。


「ったく……どうなっても知らないからな」


 俺が折れる形になった。

 小学校の頃から頑固な初凪だ。絶対に折れるわけがないと分かっているからだ。加えて言うなら、後々、ヘソを曲げられる可能性もあるので素直に従っておくのが得策なのだ……嬉しいとかは思ってないよ……ほんとだよ?


「あ~ん……」


 パクッと、初凪から食べさしてもらった。


「ね、おいしいね!」

「ふぁ、ふぁい……」


 味見したら美味しとは表ったけど、それ以上に胸がいっぱいで味が良く分からないですね……はい。


「ん? なんで、蒼ちゃんはそんなに顔が真っ赤なの?」

「なんでって……そりゃあ、間接キスだぞ……」

「関節キス……」


 瞬間、初凪の顔がリンゴのように真っ赤になった。


「~~っっ! ば、ばかっ! 蒼ちゃんのエッチ! スケベ! 変態!」


 手足をバタつかせながら、初凪が必死に抗議してくる。


「だから、最初に俺は──」

「うるさい、うるさい、うるさーい!」


 俺の声を理不尽に、遮る初凪。


「男の人はみんなエッチだって聞いてたし……」


 やべぇ……そこに関しては否定できない……。


「もーう、蒼ちゃんは仕方ないんだから……朝だってそうだったし……」

「お願いですから、それはもう忘れて下さい!」


 というか、掘り返さないで!


「やだよ、べぇ~!」


 まぶたを下げながら、舌をチロッと出す初凪を見ていると、可愛いという感想しか出てこなかった……落ち着け、落ち着け、相手はガキ大将だった初凪だぞ……落ち着け。



「ったく、かなり自分が可愛いからって調子に乗って……こっちがどんだけドキドキさせられているのかも知らないで……」



 心の中でそう文句を言っておく……つもりだった。


「~~っっ! きゃ、きゃわいいって……」


 耳まで真っ赤にした初凪が、おさげにした髪で自分の顔を隠し始めた。


「……あれ?」


 もしかして、心の声が漏れてた感じ?



「「…………」」



 沈黙の空気が流れる。

 お互いに顔を合わせられなくて、体中が熱くて仕方なくて、口の中ではレモネードのような味が広がっていて。


「な、何か言えよ……!」

「そ、蒼ちゃんこそ何か言いなさいよ!」



「「…………」」



 再び訪れる沈黙。

 それでも、チラッと初凪を見れば、シンクロするように向こうも俺の方を見ていて。視線と心が重なるような感じで。


 気が付けば、


「「……ぷっ! あはははは」」


 二人して、同時に笑い出してしまった。


「まったく、何をしてるんだろうな。ほら、ご飯も冷めるだろうし早く食べちゃおうぜ」

「そうだね」


 気恥ずかしい気持ちが収まったわけじゃないけど、これはこれで心地よかったしいいかって思えてくるのだ。


「ありがとうな、初凪」


 気がつけば、自然と口から零れていた。


「ふぇ? なんで蒼ちゃんがお礼を言うの?」


 口をもぐもぐさせながら、初凪が目を大きく見開いていた。


「なんでって……なんでだろうな」


 どうしてだろうか? 

 理由が思い浮かぶのかと、頭をひねってみたが、特に何も思いつかなかった。素直な感情だから? まだ、初凪が来て、一日しか経ってないけど、部屋が暖かくなったっていうか、狭くなったっていうか……なんだろうな?


「なんでだろうな?」


「なんで、蒼ちゃんが首をかしげてるのよ、変なのー」


 あはは、と嫌味なく笑う初凪を見てるとこっちまで変な気持ちになって、つい笑ってしまった。


「あはは、確かにな。まぁ、初凪のために昼と夜も、何でも作ってやるから楽しみにしとけよ」

「わーい」


 子供のようにはしゃぐを初凪を片目に、俺も朝食を食べ始める。


 カーテンの隙間から零れる太陽の光は温かった。

 まるで木々の隙間から揺れる木の葉から落ちてきたようだ。誰かの希望をのせて輝くであろう陽光は、俺と初凪のいるこの空間さえ温かくしてくれて。


 我ながら頭がおかしいのかもしれないが、心地よく明るい気分になれる朝は初めてだった。

 

 やっぱりお前にはありがとうでよかったよ。

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