第4話 幼なじみと晩に語り合う

晩御飯も終わって、お風呂に入った後。


俺はリビングで、スマホを触りながらホットミルクを飲んでいた。就寝前のホットミルクは俺の習慣だ。そこにハチミツを垂らしながら、ドーナツを食べるのが最高に美味しいのだが、今日はあいにくドーナツを切らしているので我慢だ。


 何も考えないでボーッと、豆電球だけがついた何でもない天井を眺めていた。今、初凪は風呂に入っている。さっきまでリビングに一緒だったっていうのに、いないだけで恐ろしく部屋が広くして静かだった。


 何も気にならなかった冷蔵庫の作動音も、蛇口からシンクに落ちる水滴音も、えらく部屋中に響いていた。そして、その音だけが反響する。


「あいつがいると騒がしかったんだな……」


 いつもだったら、このまま何も考えないようにして寝るんだが、今日は家の中に初凪もいる。声をかけた方がいいか。


「というか、あいつ。どこで寝るんだ?」


 ほとんど一人暮らしのようなものなので、すっかり独り言がクセになってしまった。気をつけてないと、学校でも零れそうになってしまうもんだから、注意しとかないといけない。まぁ、俺が独り言を言っても気にするような奴はいないのだろうが。


 寝るとしたら、妹の部屋か客間かリビングか? 布団はあるから……あとは……


「まぁ、俺の部屋ってことはないか……え? ないよな?」


 いや、けどだ。案外、初凪ならそれもワンチャンあるのか……?


「いやいやいや! ダメだろう!」

「蒼ちゃーん、ありがとう……って、どうしたの?」

「ふぇっ! な、初凪っ!?」


 変な事を考えてしまった後だから、正面から初凪の顔を見ることができなかった。


「気持ちいい、お風呂だったよ、あんがとね」

「お、おう……それは良かった」

「? ねぇ、なんで目を逸らすの?」

「は、はぁっ! 気のせいだろ……」


 実を言うと、ラフな部屋着も血色良くなった肌も、ほのかに香るシャンプーの匂いも、全部がドキドキした。


 初凪って……やっぱり……


「いやいやいや! 落ち着け、落ち着け落ち着くんだ俺!」


 思い出せ、ガキ大将で理不尽だった頃のあいつの姿を! 

 カムバック俺!


「……何か失礼なこと考えてるでしょ?」

「そ、ソンナコトナイヨ」

「本当かなぁ……」


 ジト目で、疑わし気に初凪が見つめてくる。

 そんな視線は無視だ。無視。


「まぁいいか。何、飲んでるの?」

「これか? ホットミルクだよ。初凪も飲むか?」

「わーい、のむのむー」


 子供の用に、両手を上げて催促してくる初凪を見てると、思わず頬が緩んだ。


「はいはい、ちょっと待ってろ。ハチミツとチョコ、どっちかいれるか?」

「ハチミツでおねがーい」


 初凪に返事して、ホットミルクの準備をした。

 レンジでチンしたミルクにハチミツを入れるだけの簡単な飲み物だ。リビングに座った初凪に差し出す。


「ありがと」

「どういたしまして、熱いから気をつけろよ」

「大丈夫だって! いただきまーす……って、あつっ!」

「ほら、言わんこっちゃない……」


 勢いよく飲んだせいで、舌を出しながら顔をしかめていた。

 そんな初凪の表情が可愛いくて、微笑ましかった。だからだろう。胸がくすぐったくなって、つい笑みがこぼれてしまった。


「っぷ、あははは!」

「何よ、もーう! 笑わなくたっていいじゃん……ぶーっ!」


 頬を膨らました初凪が、不満げに肩をこづいてきた。

 なんだろうな? さっきまで暗くてどんよりした気持ちだったのに、今は……明るいというか、スッキリした気持ちだよ。


 部屋も狭く感じるし、冷蔵庫の作動音も蛇口の水滴音も気にならなかった。


「それで? 今日はどこで寝るんだ? 布団を運ぶから決めてくれよ」

「蒼ちゃんの隣の部屋でいいや」

「あいあい。分かった、なら後で運んどくからな」

「それと明日からはどうするんだ?」


 今日は金曜日。 俺は効率に通っているので、明日と明後日は休みだ。


「どうするって……家具の搬入を蒼ちゃんに運んでもらって……蒼ちゃんの作ったご飯を食べて……蒼ちゃんに身の回りの世話をしてもらってかな?」

「おいこら、何で俺の一日はお前の面倒を見ることで全部がなくなるんだよ」

「え~、だって~!」

「そんなぶりっ子したって許さねーよ」

「イベベベベ……痛いよ~、ゴベンナサイ」


 らしくもなくぶりっ子する凪の頬をつねってやった。笑いながら、文句を言っているあたり、何だかんだで初凪も楽しんでいるようだ。


「じゃあ、作ってもらってばっかりも悪いし、明日は私が朝ごはん作るね」

「いや、それはいい……いいか! 絶対、絶対だからな!」

「何よ、その言い方は。ちょっと失礼じゃない」


 肩をグーパンしてくる初凪……地味に痛い。

 けどなぁ……オリジナルの味でって言ってる時点で、失敗するのが目に見えてるんだよなぁ……。


「とりあえず、明日は俺が作るか、そっから考えような?」

「ちぇー、分かったよ」


 ふぅ、ひとまずは安心だ。


「家具の搬入とかは手伝ってやるから、自分の事は自分でしろよ?」

「はーい! 善処します」


 それは政治家が使う常套句じゃねぇか……そして、その感じだと多分、やらないな? まぁ、いいか……目の前で美味しそうに、ホットミルクを飲んでいる初凪を見てると、いいかって気持ちになるから不思議なものだ。


 きっと、これが妹の面倒をみる兄貴の気分なんだろうなぁ……そりゃあ、初凪のことも可愛く見えるわけだ。納得、納得。


「そう言えば、蒼ちゃん聞いてよー」

「うん? どうしたんだよ」


 それから、初凪とたわいもない雑談をして、慌ただしい一日は終わった。ただ、いつもより就寝時間が遅くなったことだけは言っておく。それでも、いつもより、気持ちよく入眠できたのはここだけの話だ。 

ありがとうな。

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