第2話 幼なじみと同棲するわけがない
一応というか、四人掛けのテーブル席で俺の隣に初凪、そして正面におばさんという席順だ。まだだ……まだ慌てるような時間じゃないはずだ……多分。
「蒼太君と凪で同棲してもらう話ってどこまで聞いてる?」
「おん?」
「はぁー……そんな反応するってことは聞いてないのね」
頭を抑えながら、呆れたような表情をするおばさん。
よく見れば、初凪の方にだけスーツケースとか積まれた段ボールがある。
あれ、外堀を埋められてる!?
「ど、どういうことですのん……?」
「あらら……動揺しすぎて口調もおかしくなってるわね。初凪、続きはあんたが話しなさい。一応とはいえ、アンタが原因みたいなもんなんだから」
面白そうな表情をしたおばさんの視線が初凪に向かう。
「なんでよ……ママが話せばいいじゃん……」
「初凪達の将来に関わることなんだから、アナタが話しなさい」
「もーう……あのね蒼ちゃん?」
おばさんに言われて仕方なく話すと言った様子の初凪。ただ、口調とは裏腹に嬉しそうな表情をしていた。むしろ、話す機会が獲得できてラッキーといった様子に見えた……俺の気のせいか?
「私達が小学校の時にした約束は覚えてる?」
指をモジモジと絡ませながら、何かを期待するような表情で俺の顔を盗み見る初凪。
「約束……?」
どうしよう……期待を込めた表情をしてる初凪には申し訳ないけど、全く思いつかない。小学校の時からたくさん遊んだ記憶はあるけど、約束したようなことってあったっけ?
「なんで覚えてないのよ……せっかく、この日のために頑張ってきたのに……」
「……初凪?」
何て言ったのか、声が小さすぎて聞き取れなかった。ただ、物凄く不満そうな顔をしているのには申し訳ないけど。
「すまん、初凪。覚えてない。悪いのは重々承知だけど教えて欲しい」
あんまり悲しそうな顔をしているものだから、つい謝ってしまった。いやね、どう考えても悪いのは俺だしなぁ……泣きそうになっているくらいだから、よっぽど大事な物なんだと思う。
初凪達が越してから、色々、あったとは言え、覚えてないのは流石に俺が悪い。
罪悪感で胸が痛いことこの上ない。
「──く」
「すまん、聞き取れなかった」
消え入るような声だと、流石に聞き取れなかった。と言うのも、初凪は先ほどから顔を真っ赤にして、俺と目を合わせてくれないのだ。そっぽを向いてボソボソ話すもんだから聞こえない。
加えて、おばさんがニヤニヤと初凪を見ているもんだから余計にだった。
「流石に、私はこの場にいない方が良さそうだから、帰るわね? さっきも言ったけど、家具類は明日に届くから、しっかりと受け取っておくこと。お母さんはお父さんの所に帰るけど、後は上手くやるのよ?」
「……うん、分かった。ありがと」
凪の返事を聞いて満足そうに頷くおばさん。
いやいやいや、何か色々と聞き逃せないことがあったんだけど!? おばさんって隣の家に帰ってきたんじゃなかったの?
そのまま、帰宅するおばさん。
「初凪さんや、初凪さんや?」
「わ、分かってるから……ちょっと待ってよ……」
顔を真っ赤にさせて、覇気のない口調で文句を言う初凪。
その潤んだ瞳を見てると、何だか背中がかゆくなってきた……。
「わ、私が明日から……蒼ちゃんの家に住んであげるのよ……や、や……約束したでしょ?」
「約束って……もしかして……!」
首まで真っ赤にさせて、見てるこっちの方が熱くなりそうなほどに真っ赤な初凪は、コクリと頷く。その瞬間、俺も約束の内容を思い出した。
──ちょっとの間、お別れだけど……私が帰ってきたら一緒に住んであげるからね! そしたら、蒼ちゃんも──
「はぁっ! いやいやいやいや! 何を言ってるんだよ!? それは小学校の時の約束だろっ!?」
「な、なによ……私じゃ不満だって言うの……?」
「そうじゃなくてさっ!」
むしろ、なんでわかんないんだよ。
「だって、蒼ちゃんには今、彼女いないんでしょ? 好きな人だっていないみたいだし」
「それは今だけで、もしかしたら今後、できるかもしれないだろ? それに俺達が同棲する話とは繋がらないだろ? 第一、お前だって久しぶりに会った俺と一つ屋根の下で暮らすのだって嫌だろ」
「嫌じゃないもん……」
なんでだよ……と言うか、何で俺もこんな意固地になって説得しようとしてるんだ? ふと冷静になるとそうなのだが、まぁいいか。こんなに可愛くなった幼馴染を前に、俺も平常心でいられる自信もない。
「そもそもで、お前と一緒に一つ屋根の下で住むことになったら──」
「うるさい! うるさい! うるさーい!」
俺の説得を大声でかき消す初凪。
「アタシには、好きな人なんて今後一生できないもん! だから、蒼ちゃんも好きな人は絶対に作っちゃダメ!」
「は、はぁっ!? 何を言ってるんだお前は」
「それに、蒼ちゃんをこんな広い家に一人にできるわけないでしょ……ぐすっ……どんだけお金があって、裕福だったとしても私だったら寂しくて死んじゃう……うぅ……」
瞼から大粒の涙を流す初凪。
「何よ、蒼ちゃんはっ!? 私と暮らすことがそんなに嫌なのっ! さっきから、何か色々と言ってるけど、私が嫌いなのか、どうかハッキリしなさいよ……! うっぅうう……」
床にポツポツとたくさんのシミが増えていく。
涙をたくさん流しながら、口をへの字に曲げる初凪。
「初凪……」
確かにその通りだった。
結局、俺は色々と体の良い事をいいつも、初凪の言葉に対して、本音で向き合ってなかった。目の前で、雨を降らす初凪を見ていると、傘をさしてあげたい気持ちでいっぱいになる。
「俺はさ……怖いんだよ……」
「……怖い?」
涙を拭うのは、俺が初凪と本音で向き合ってからだ。いざ、本音を話そうとすると、たまらなく胸が落ち着かなかった。手足も震えるし、こんなに怖いと思わなかった。きっと初凪はさっきからこんな気持ちだったのか……。
「お、俺はずっと……今まで一人だったんだぞ? 誰かが傍にいてもすぐにいなくなる……」
母さんが病気でなくなって……妹は中学の進学を機に、全寮制の中学に進学して、父さんは朝早くから夜遅くまで働いて、とうとう単身赴任だ。
家族全員バラバラになってしまった。
「それで、また誰かが傍からいなくなったら俺はどうすればいいんだよ……またこんな寂しい思いをするくらいなら……お、俺はっ!」
クソッ! 目の熱くなってきた……なんで俺は……っ!
一人になっても大丈夫なように、他人に期待しないようにして。そうすれば、傷つくこともないから……なのに……。
「なんで初凪は、そんなこと言ってくるんだよっ!」
嬉しかった。そんなことが分かるつい大声を出してしまった。
また期待して、その分、辛い目にあったら──
「もう馬鹿ね……蒼ちゃんは……だから、私が帰ってきたんでしょ? 一人にしないって……涙を拭いて?」
ハンカチを持った初凪が、俺の涙を拭ってくれる。クソッ、これじゃ立場が逆だ。
「お前だって……泣いてるじゃんか……」
「アタシはいいのよ……もーう、ほら、よしよし」
「う、うぅっ……あぁああああ!」
クシャクシャな表情のまま、初凪は俺の頭を撫でてくれる。その温かさが嬉しくて、胸がキュッと締め付けれらるように、少しだけ切なかった。
昔、母さんの見舞いに行った時のことを思い出した。
母さんの腕にはいくつもチューブが繋げられており、泣きそうになった俺を母さんは元気づけてくれた。立場が逆なはずなのに、凄く優しい気持ちになった。
でも、あの時と違って、初凪は傍にいて、直接その温かさを伝えてくれている……
そのことが分かると、俺は涙が止まらなかったし、初凪もずっと泣いていた。
そのまま、二人で様々な色をこぼしながら、しばらく二人で抱き合っていた。
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【あとがき】
読んでくださってありがとうございます。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
作者から読者の皆様に切実なお願いです。
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「続きが気になる」
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