第五章

第73.5話 言い訳

 倉庫街での依頼を終えたけんたち五人は〝莫迦ばか丸亭まるてい〟へ戻って来ていた。

 ライナーが手続きのため受付に残る間、献慈とカミーユはシグヴァルドを見送りに出る。


「せっかくのお休みの日にお手数をおかけしました」

「なぁに、大した手間じゃねぇよ。可愛い子ちゃんとも会えたし……な!」


 懲りずに投げかけられるウインクを献慈はやんわりスルーした。実のところ気になっていたのは、シグヴァルドよりも彼の隣で小さくなっている貴太きたろうのほうだった。


「何だいお兄ちゃん、拗ねてんのかい? アンタだって充分可愛いぜ? ま、もちっと覇気があったほうが男ぶりが上がるとは思うけどな」

「あ、その……オレは……」


 路地裏で粋がっていた頃の面影は微塵もない。堅気の仕事にも就き改心したというのであれば、献慈からは何も言うことはなかった。

 お互いこのまま別れるのが賢明――そう思った矢先、事態は動いた。


「あの、こないだは、す……すんませんっした!」


 深く頭を下げる貴太郎に、カミーユの冷たい視線が突き刺さる。


「……はぁ?」

「だから、ち、調子に乗って、いろいろとやらかして……」

「いろいろ? いろいろって何? 具体的に」

「えっと、その……そっちのお兄さんがメチャクチャ弱そうに見えたんで、因縁つけて憂さ晴らししようとしたりしたこと……です」

「…………ふぅ。さっさと帰れよ、クズが」


 カミーユは落ち着こうと努めるも腹に据えかねている様子だ。

 貴太郎は頭を下げたまま、言葉を絞り出そうともがいていた。


「ゆ、許してもらおうとか、大それたことは思――」

「許さねぇよ、バァーカっ!!」


 カミーユの罵声にも貴太郎はまだ怯まない。


「な、仲間の奴らも全員足洗って、た、多分、反省してると思うんで……」

「知ぃらあぁねえぇぇよ! ずっと自分勝手に悪さしてたくせしてよォ! どうせ普段からあたしみたいな可愛い娘襲ったり、ケンジみたいに弱そうな男半殺しにしたり、あたしみたいな超絶可愛い娘襲ったりしてたんだろぉが!?」

「い、いや……その……この辺、烈士とか怖いんで、そこまでは……」

「でも、カツアゲぐらいはしたことあんだろぉがよ!?」

「……はい。カツアゲぐらいは……」

「あァ!? カツアゲ『ぐらい』って何だ、『ぐらい』って! ふざけてんのか!?」

「アンタが言ったんだろ……」

「オイ、テメェ……何だァ、その態度は? さっきから言い訳ばっかしグチグチグチグチよォ……」

「……ッ……」


 おもむろに貴太郎が上体を起こす。その面持ちは苦渋に満ち、怒りに耐える内心が伝わってくるようでもあった。

 さすがに献慈も見かねて割って入る。


「もうよそう、カミーユ。わざわざ進んで嫌な気分になることはないだろ?」

「だって、腹立つじゃんかよ! 口開けば自分らの都合ばっかり……体が無事なら傷ついてないとでも思ってんのかよ!?」

「それは、だから……すまないって……」

「うっせェーな、謝って済むとでも――」

「じゃあ、どうすればいいんだよおぉぉ!!」


 貴太郎は声を裏返らせ、まくしたてる。


「あいつら……見た目だけでオレのことヘッドに担ぎ上げて、自分らは好き放題暴れてやがったクセしてよォ……危なくなった途端、オレになすりつけて全員トンズラこきやがって……!」

「あぁ!? 言うに事欠いて逆ギレかァ!?」

「役割に縛られてただけだって気づいたんだよ! だからこれから反省して……」


 口論が勢いを増しつつある最中、不干渉を貫いていたシグヴァルドが動き出した。


「終わりだ、終わり。そこまでにしとけや」

「はぅ……っ!?」


 屈強な貴太郎の体がシグヴァルドの片手でいとも簡単に制され、一歩二歩と後ずさりしていく。


「貴太郎、オメェの言い分は否定しねぇ。だがこの件はもう終わりだ。人生に取り返しのつくモンなんて無ぇってわかれ」


 シグヴァルドは貴太郎をたしなめた後、カミーユへ言葉をかける。


「カミーユちゃんもな、さぞ傷ついたろうよ。アンタに落ち度は一切無ぇ。この件に関しちゃあコイツが全面的に悪い。ただコイツもそっから挽回しようとあがいてる最中だ。それにいちいち突っかかってたらアンタ自身も前に進めなくなるぜ」

「んなことわかってるし……そっちが先に蒸し返してきたんじゃんかよ……」


 カミーユが地面を踵で蹴る度、微細な振動が伝わってくる。いつしか彼女の手が自分の服の裾をぎゅっと握りしめていたのに献慈は気づいた。


「(カミーユ……)それじゃ、俺たちはこれで。失礼します」

「おぅ、またな」


 シグヴァルドはうなだれる貴太郎とがっちり肩組みをしたまま、献慈たちに別れを告げた。




 店内へ引き返して来た二人であったが、依然カミーユは献慈の裾を掴んだままである。


「カミーユ、その……そろそろ……」


 献慈がそれを目配せで指摘すると、


「……! ち、調子に乗んな!」

「ぐっはぃィーッ!?」


 尻を拳で殴られた。理不尽さを覚えつつ向き直ると、ちょうどライナーが二人を出迎えに来ていた。


「おやおや、すっかり仲直りできたようですね」

「コレのどこがそう見えるんだよ!? ってか、べつに最初から怒ってねーし!」


 口ではそう言いつつ、献慈から見たカミーユはふくれっ面以外の何ものでもない。


「そうなの?」

「そうだよ! ただ……アンタといると微妙にモヤモヤするっていうか、イライラするっていうか……」

「(やっぱ怒ってるんじゃないか……)ごめん。俺、人付き合いがなってないから、自分でもわからないうちに人のこと怒らせちゃったり……」

「だからぁ! 怒ってねーっつってんだろォァ!」

「ぅふぅんぐゥッ!」


 またもや臀部への強打を見舞われ、献慈は頓狂な声を上げる。お昼時で賑わう店内、お客からの視線が痛い。


「変な声出すなッ! 公開プレイだと思われるだろっ!」

「無茶言わないでくれよ。それで……この流れで切り出すのも正直、どうかとは思ってるんだけど……二人に、俺から頼みがあるんだ」


 ライナーとカミーユはかすかに目を細め、献慈に注目した。


「……ふむ? 頼み、ですか」

「どうせミオ姉のことなんでしょ? 何せケンジだもんね」

「ご明察だよ。ただ、できれば本人も交えて話をしたいんだ」




  *  *  *




お話のつづき


【本編】第74話 思惑どおり

https://kakuyomu.jp/works/16817139558812462217/episodes/16817330649833203754

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