第10話

 修之輔が率いる馬廻り組の働きによって、竜景寺に潜む薩摩浪士と洋銃の存在が明らかになった。


「そういえば、村に回ってきた稲荷神社の神主さんの従者が聞きなれない言葉を使っていたのう」

 と、聞かれて思い出す農民もいて、薩摩の浪士と稲荷神社の神主が何らかの共謀の関係にあることも、ほぼ明白となった。

 これまで羽代の家臣の内にも何人か竜景寺への厳しい対応を渋ってきた者がいたが、見慣れぬ細工の洋銃を目の前にして竜景寺の処罰に反対することはできなかった。


 弘紀は竜景寺にその寺社領の内、朱印状に認められた以外の土地を羽代藩に帰させることを決めた。該当する面積は現在の竜景寺寺社領の半分には満たないが、ここ十数年で開墾された土地であり、米の収穫高が良い。この土地を手放せば竜景寺の財政は縮小せざるを得なくなる。

 弘紀が現時点で対応できるのはそこまでで、あとは竜景寺の内情を幕府に伝え、幕府から真言宗総本山に対応を迫るのが常の手段であった。


 しかし、幕府の体制そのものが揺らいでいる今、どこまで話が通じるのかは全く見通しが立たなかった。幕府の対応を待っている間に竜景寺が息を吹き返してしまうのは避けなければならない。

 弘紀は居並ぶ家臣たちに向けて、

「羽代の軍の屯所を竜景寺境内に置くことにする」

 そう指示を出した。


 竜景寺から山を一つ越えれば、そこは浅井宿を一望し、東西に延びる東海道を見下ろす高台になる。大阪に長州や土佐、そして薩摩藩の軍が集結しつつある現状を考えれば、竜景寺に東海道を監視する羽代軍の拠点を一つ置くことは、有益かつ必須なことだった。


 いつもは羽代城下に集められている歩兵隊が速やかに移動の準備を終え、明日、日の出とともに竜景寺に向けて行軍を始めようという日の夜。


「申し上げます、竜景寺より南におよそ二里、付近の村落五つほどが集まって暴動を起こしています!」

 現地から早馬がもたらしたその一報の後、近くにいた小隊が直ちに現地に赴き、より深刻な状況を羽代城に知らせてきた。

「この暴動では百姓が銃を持っています。中には刀を振り回す者もおり、大砲の威嚇にも動じません! 至急、より応戦力のある部隊の派遣が必要です!」


 羽代城二の丸御殿の表座敷は俄かに慌ただしさを増した。

 弘紀は加納の手から渡される報告に目を通しながら、状況の把握に全力を傾けた。

 見えてきたのは、今度の暴動がこれまでとは全く性質が異なるものであるということだった。


 攻撃対象が、人間になっている。


 銃は生身の人間を殺すための武器であり、家屋建物の破壊には不向きである。さらに武士の証である刀を使って攻撃してくる者がいるということは、この暴動が相手を殺傷する白兵戦であることを意味していた。


 田畑や農作業の道具を壊し、いわば耕作の放棄を脅しにしていた今までの暴動とは性質が明らかに違う。


「暴動の特徴は。目的は何だ」

 弘紀の問いに筆頭家老である加納は書き付けじみた荒い筆跡の報せを何枚も捲っていく。

「特徴としては、伊勢大神宮ならびに天照大神と書かれた幟が何本も立っているそうです。また暴動に加わっている者達は口々に世直しを叫んでいるそうです。それは」

 加納は次の言葉を躊躇して押し黙った。

 ——現藩主である朝永弘紀公の当主継承は不当なものである。

 民衆の世直しの具体的な訴えは、弘紀にとっては思惑の範囲の内だった。弘紀は軽く眉を上げ、加納の言葉を引き継いだ。

「ならば暴動ではない。謀叛だ」


 これまでとは性質が異なる暴動は、竜景寺から追い出されることを察した薩摩浪人が本国薩摩からの指令を実行に移したと考えるのが妥当だった。関東近辺で薩摩浪人が起こしている暴動がいよいよ羽代でも火の手を上げた、ということだろう。


「西川、大砲隊を揃えて陣を構えろ。既に歩兵隊の準備は大方済んでいるはず。直ちに現地に向かうように」

 弘紀は番方の指揮を執る西川に命じた。西川は弘紀の命令を実行するためすぐに座敷を立って出て行った。

「番方の半分が竜景寺に向かうことになります。城の警固は馬廻り組に……」

 加納が提案をすべて言い切る前、足音高くまた外から知らせが入ってきた。


「竜景寺近くで薩摩浪人の死体が見つかりました! ここ二、三日の間に殺されたと思われ、下手人は不明です」

 加納が流石に絶句した。

「よりによってこんな時に……!」

 弘紀は一度口を開き、けれど直ぐに視線を下に向けて思考を巡らせた。打つべき手は。


 羽代城下では軍の準備が慌ただしく完了し、山崎が歩兵の先頭に立って竜景寺への進軍を開始した。いつもは一門のみを引く大砲組が、今は五門を引いている。砲弾は荷車に乗せられて馬が牽いていた。

 その様子を修之輔は馬廻り組の部下たちと見送った。今後の城の護衛は馬廻り組が主体となる。新たな任務の確認をしようと部下を集めたその時、城の中から供を数人連れた加納が現れた。


 修之輔たちは下馬して黙礼した。

 その頭上、加納が声音低く命じた。


「羽代領内で薩摩浪人の死体が見つかった。この件につき、馬廻り組組頭秋生修之輔を捕縛する。弘紀様のご命令だ、大人しく縄につけ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る