「1998年 垣内和彦 30歳」act-4 <謝罪>

「本当に何と言ってお詫びをして良いのか、三年前のこと僕は‥」

「もう良いではないですか」

垣内の言葉を母親が遮る。

「私は忘れました。そのことは」

「申し訳ありませんでした」

垣内は畳に額を擦り付けるように詫びた。

「それよりも垣内さん、由美にお線香をあげてやってください」

垣内はもう一度詫びる言葉を言うと、立ち上がり仏壇の前に座った。由美の遺影を目の前にする。自分と別れた後であろう、見覚えのない服を着た彼女は、記憶の面影より少し痩せて見えた。

線香をあげ両手を合わせる。細くゆっくりとくゆむ煙の向こうで微笑む由美‥

どうせすぐに新しい彼氏ができるだろう。いや、ひょっとするともう結婚したのではないか。漠然とそう思っていた。根拠のない白々しい空想は、現実を知らぬ寒々しい自己欺瞞に過ぎなかった。


「あの子の部屋を見ますか?」

そう言って腰を上げた母親に続いて、垣内は階段を上り二階の由美の部屋に入った。階下にいる彼女の母親を気にしながら、そっと口づけをしたことが昨日のことのように思い出される。

「垣内さんがいらっしゃってた頃とは、ちょっと違うでしょう」

母親が窓を開けながら言った。確かにそんな気がする。

「お別れして、三ヶ月くらいした頃かしら。急に模様替えするって、一人で家具を動かして。その時に、やっぱり辛かったんでしょうね。あなたからの頂き物や写真は、全部処分したようです」

「それは当然です。僕はあんなひどいことをしたのですから。おばさんにも一言のお詫びもせずに‥」

「でも、あなたのご両親は毎日いらっしゃいましたよ」

垣内は予期せぬ彼女の言葉にハッとした。

「両親て‥僕の、ですか?」

「ええ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る