「2017年 辰巳真司 48歳」act-16 <同窓会>

気がつくと、カウンターは辰巳だけになっていた。いつの間に帰ったのか、隣にいた巻き髪はもういない。

「生ビールを一杯」

少し日本酒を飲みすぎたようだ。辰巳は冷えたジョッキを受け取ると、グイッと喉に流し込んだ。


平井由美とはそれっきりだった。辰巳は卒業後、地元の普通高校に進学し、その年の秋に同じクラスの女生徒と付き合いを始めた。しかし、生まれて初めての交際は、わずか二ヶ月で終わる。他に好きな男ができた、という理由であっさりと振られた。

そんなことを、正月久し振りに会った雅子に愚痴ったことがきっかけとなり、幼馴染の二人は付き合うことになる。雅子は隣町の商業高校に通っていて、入学後間もない頃からある男子とずっと交際していたが、その彼と別れ辰巳と付き合い始めたのだ。

しかしその雅子との関係も、辰巳が東京の大学に行き遠距離になると、自然消滅のように終わっていった。


辰巳が大学を卒業し東京で就職した年に、中学の同窓会が行われた。数年振りに再会した雅子は、彼女によく似た元気のいい女の赤ん坊を抱いていた。


酒席が乱雑になり、馴染みの連中が固まり昔話をしていた時だ。

「そう言えば中三の時、転校生がいたよな」

誰かの一言がきっかけで、平井由美の話になった。

「いたいた。スゲー可愛かったよな」

「すぐにいなくなっちゃったけど」

そんな男子の会話がひと段落すると「平井さんと言えばさぁ」と、雅子が切り出した。胸に抱いた赤ん坊は寝入ってしまっている。

「夏休みに、みんなでスイカ割りしたの覚えてる?」

すぐにあの時のメンバー達が「あったな、覚えてる」と相槌を打つ。

「平井さんがスイカを割って‥で、私が彼女の目隠しを取りに行ったらさ」

雅子はチラッと辰巳の顔を見て、そして妙にしんみりと言葉を続けた。

「平井さん、泣いてたんだよね。目隠しはずしたらポロポロって涙こぼして‥私びっくりしちゃってさ。でね、彼女私の腕を掴んで“みんなに内緒にして”って。今、急に思いだした。もう時効だからいいよね」

辰巳の脳裏に、ひぐらしの鳴き声と共に、目隠しをした女剣士の姿が鮮やかに蘇る。

「あの後平井さん、すぐ転校しちゃったでしょ。だから寂しかったのかもね」

それもあるかも知れない。でも、ひょっとすると彼女は、あの時嬉しかったのではないだろうか?ずっとひとりぼっちだった自分の名を呼ぶ、田舎の少年たちの声が‥


—頑張れ頑張れ、平井!—


辰巳ははっきりと覚えていた。皆の声に立ち止まり、前に進むことができない平井由美の姿を。

肩が震えているように見えたのは、涙をこらえていからかも知れない。

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