「2017年 辰巳真司 48歳」act-8 <予期せぬ訪問者>

日曜日。自宅の古びた釣鐘状の呼び鈴が鳴ったのは、午前十一時を少し過ぎた時だった。

二階にある自分の部屋にいた辰巳が、階段を下りるよりも早く、台所にいた辰巳の父親が平井由美を出迎えていた。

「やあ、いらっしゃい。どうぞどうぞ」

旧知の客人を迎えるように、彼女を居間に招き入れた父親は「母親がいない男所帯だから汚いでしょう」と、辰巳でもまだ伝えていない情報を、やけにあっさりと提供している。辰巳に気付くと、彼女は「遊びに来ちゃった」と言って、小さく舌を出した。白のTシャツに薄いピンクのカーディガン、そして丈の短いGパン生地のようなスカート‥初めて目にする私服の彼女は、ブレザー以上に都会の匂いをまとっていた。何だか自分よりグンと年上に見える。


予期せぬ訪問者が現れたのは、辰巳の父親が、張り切って昼食用の手打ちうどんを作っている時だった。「おじさーん」という聞き慣れた声と共にその人物は現れ、続けざまに「勝手にお邪魔しちゃうよー」と言いながら台所にやって来た。高橋雅子だ。辰巳が言葉を見つけるより前に、顔に白い打ち粉を付けた父親が言った。

「雅子、いいとこに来たぞ。今、うどん作ってるから一緒に食べよう」

三人を見て一瞬唖然とした雅子は「何であんたがいるん?」と平井由美に言いながら、持って来た鍋をコンロの上に置き、事務的な口調で言葉を続けた。

「母ちゃんがあずき茹でたから、持って行けって」

父親の「おう、ありがとう」という声と、平井由美の「お誘いを受けたから遊びに来たの」という言葉が重なった。雅子は辰巳に向かって「そうなんだ」と無表情で言うと、三人に背を向け玄関に向かった。

「うどん食べんの?」

父親の問いかけに、返事は無かった。

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