「2017年 辰巳真司 48歳」act-5 <帰り道>

その日以来、彼女が辰巳に話しかけてくることはなくなった。じめじめした梅雨は七月に入ると本格化し、雨が降らない日でも鉛色の雲が空を覆っていた。


そんな曇り空のある夕暮れ時、校門を出て少し歩いたところで、辰巳は自分の前を歩く平井由美の後ろ姿を見つけた。違和感の象徴だったブレザー服は、湿度の上昇と共に見ることはなくなり、衣替えをした田舎の集団と同じような白いブラウスになっていた。

お墓通りと呼ばれる、まっすぐ伸びた一本道。雨の匂いが近づいている。辰巳は一瞬の躊躇の後に、意を決し足早に彼女を追い抜いた。

「辰巳君、じゃない?」

すぐ後ろから久し振りに聞く声がして、振り向いた視線の先に、平井由美の笑顔があった。

彼女は小走りに辰巳の隣に来ると、「一緒に帰ろうよ」と言って顔を覗き込んだ。辰巳がぎこちなく頷き、二人は並んで歩き出す。遠くの雲間に光が走り、小さく雷鳴が聞こえた。

「学校じゃなかったら‥話してもいいよね」

歩き始めてすぐに彼女が言った言葉が、辰巳の胸をチクリと刺した。

教室中の揶揄に対し、辰巳は平井由美を選択することも出来たはずだ。少なくとも彼女はそれを期待したのではないか?しかし、辰巳は否定の言葉で中傷を制し、再び教室の均衡の中へ着地した。“学校じゃなかったら話してもいいよね”という彼女の言葉は、そんな辰巳の立場を十分に理解し、しかも責めるものでもなかった。


お墓通りを歩き、その名前の由来となった裏山墓地を抜け、浅間神社を過ぎ利根川本流にかかる吊り橋を渡りきった時、「私こっちなの。じゃあね」と小気味良いほどあっさり言い、彼女は手を振りながら走りさった。降り続いた雨で水かさが増した利根川。その濁流の音の中に、平井由美の後ろ姿が小さくなり、そして消えていったような気がした。

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