「2017年 辰巳真司 48歳」act-4 <攻撃>

翌日から平井由美は、寒々しく向けられる教室内の視線をもろともせず、辰巳に接してきた。昨夜聴いたラジオのことや、自分で選曲したカセットテープの話‥休み時間は、彼女との音楽談義で終わっていった。

平井由美にとって、辰巳以外の存在はその他大勢に過ぎず、圧倒的に劣勢な環境に対しての気負いや呵責を、彼女は微塵も持ち合わせていないようだった。

しかし辰巳は違う。教室には幼い頃からの顔馴染みがズラリと並び、田舎独特の小さく強固なコミュニティを作っている。彼女が自分を特別扱いする優越感と同時に、辰巳はその均衡が崩壊することを静かに恐れていた。


具体的な攻撃は週明けに突然やってきた。その日の朝辰巳が教室に入ると、黒板に大きな相合傘が書き殴られており、そこに自分と平井由美の名があった。

辰巳より早く登校していた彼女は、自分の席でうつむいていたが、辰巳の顔を見つけ、「おはよう」と笑顔で声をかけてきた。

それが合図のように男子が囃し立て、女子の笑い声が爆発した。先日、平井由美が突きつけられた踏み絵の矛先が自分に来た。対処法を間違えると、その先には孤立が待っている。

辰巳は黙って黒板に近付くと、必要以上の力を込めてそれを消し、振り向きざまに「そんなんじゃねーよ」と叫んだ。急速にしぼんだ歓声の向こう側に、取り残されたようなブレザー服が小さく見えていた。

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