「2017年 辰巳真司 48歳」act-3 <放課後の音楽室>
翌日、火曜日の夕方。辰巳は、昨年完成した新校舎の二階にある音楽室にいた。
アンプのボリュームを極小に設定して、窓際でギターを爪弾く。普段は吹奏楽部が使う音楽室、火曜日だけは解放され誰でも使用できる。
今年の誕生日に念願のエレキギターを父親に買ってもらった辰巳は、自宅ではアンプを通した大きな音が出せないため、専らこの週一回の音楽室通いを続けている。しかし、その音量は日に日に小さくなっていった。夕暮れの音楽室に爆音が相応しくないことよりも、たった一人でギターを弾く虚しさの方が大きくなっていったからだ。バンドを組むようなやつは、この学校にはいない。
スカスカな音を刻みながら、何気なく窓の外に視線を向けた辰巳の目に、校庭をぽつんと歩く小さな背中が映った。グレーのブレザー服が、ひとり校門に向かって歩いている。
反射的に辰巳が窓を開けた瞬間、思いがけないことが起きた。ブレザー服は唐突に振り向き、一瞬の間の後に踵を返し、校舎に向かって歩き出したのである。
辰巳は急激に高鳴り始めた鼓動を制しつつ、音楽室の入り口を凝視した。そして、その期待のままに扉は開かれ、平井由美がそこにいた。
「入ってもいい?」
彼女は辰巳が返事を返すより早く「ギター弾くんだ!」と言って音楽室に入って来た。
「たつみ‥君、だったよね。ひとりで何してるの?」
「週に一度‥今日は音楽室が使えるんだ」
辰巳の返事に、彼女が小首を傾げる。
「普段は吹奏楽部が使っていて、ギター買ったけど場所が無くて、それで‥」
「何か聞かせてよ」
辰巳の言葉を遮り彼女は机の上にちょこんと腰掛け、好奇心の塊のような瞳を向けてきた。
辰巳は軽くチューニングをしながら時間をかせぎ気持ちを落ち着けると、アンプのボリュームを少しだけ上げ、アップテンポなカッティングを始めた。弾けるような彼女の反応を視界の隅で感じながら、ギターに合わせ軽く歌詞を口ずさむ。
演奏が終わるよりも早く、彼女は腰掛けていた机から飛び降りると、辰巳に顔を近付けて言った。
「尾崎知ってるんだ」
かすかな甘い香りが辰巳をくすぐり、そしてそれが、平井由美との短く忘れられない季節の始まりだった。
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