第39話 ザイン洞窟
ドクトが洞窟まで馬を駆けさせた。
僕はドクトに馬から降ろされドクトの後ろに着いて行く。
「ダジン!嬢ちゃん!戻ったぞ!」
詰所に入りながらドクトがそういうと机の下からダジンが出てきた。
ダジンが机の下に手を差し出すとニアールが手を取り恐る恐る後に続いた。
「ジェニンそこの扉に入れば水が溜まった桶がある。お前は顔を洗ってこい」
「はい、ありがとうございます」
「ジェニンどこか怪我をしたの……?」
ニアールが不安げに問いかけてくる。
「いえ、「いいから早く言ってこい」」
ドクトに促され僕は黙って扉を開けた。
後ろからドクトが目に砂が入っただけだと伝えているのが聞こえてきた。
一応打撲はあるのだが治してくれると言っていたから勘定には入れていないのだろうか。
小言のような事を考えながら水のたまった桶で入念に目を洗った。
ずっと痛みとがありぼやけていた視界がクリアになった。
ドクト達のところに戻るとニアールが扉の前で立っていた。
「どうしたんですか?あ、ニアールも水を使うんですね。お待たせしました」
ニアールも水を使いたいのかと思い声をかけてみたが反応がない。
まだ気持ちの整理がついておらず僕に何か言いたい事があるのだろうか。
「あの……目は大丈夫?ドクトから目をやられたって聞いたから…」
どうやら心配してくれていたようだ。
「目は本当に砂が入っただけですよ。打撲は多少ありますがこれぐらいなら動きには問題ありません」
「怪我をしたんですね……」
「大したものじゃないですよ。木剣で打たれたのとそう変わりありませんよ。それよりどうしたんですか?」
ニアールは俯いて中々口を開かない。
僕はどうしたものかと思案していると扉の向こうでドクトがニヤニヤと笑いながら無精ひげを撫でていた。
僕が困っているのを楽しんでいるようだ。正直少し腹が立った。
あとで何と言ってやろうかと考えているとニアールが僕に声をかけてきた。
「何故…私を置いて行かなかったんですか?」
「何故って……どうして僕がニアールを置いて行かないといけないんですか?」
ようやく口を開いたと思ったらよくわからない質問だった。
「二人だと追い付かれると言ってたじゃない。私を置いて行けばあなたは危ない目に合わなくて済んだのに……」
どうやら自棄になっているようだ
「そもそも僕はそんなに危ないと思っていませんでした。確かに上位種でしたが酷寒の吹雪を使うつもりでしたし、時間を稼げばドクトさんが来てくれると考えていたので。それにアームエイプの亜種も倒した事が既にあるので僕は問題ないと思い残りました」
「それにしたって私のお父様のせいでこんな目にあっているのに……」
「それは違います。僕が不用意に話をしたからこんな目にあっているんです。だからニアールは僕にもっと怒っていい。少し憎んでいると言ってましたけれどもっと憎んでもいいんです」
「それは……でも書庫で話を持ち出したのは私よ。それにお父様の勝手な盗み聞きに加えて、それを国王に告げ口したせいよ。気をつかわなくていいわ。もう整理はついたわ」
凄いなと素直に思った。
僕はまだ里での事に整理がついていない。当面は無理だと感じている。
けれどニアールはものの数日で自身の気持ちに整理をつけ僕に気遣ってくれている。
逆の立場であれば僕は醜くも感情のままにわめき、罵詈雑言を吐き、相手を傷つけ、後になってから後悔していたであろうと思う。
「そうですか。でも僕が不用意に話したのが原因な事には変わりありません。でもありがとうございます」
「いえ、いいわ。それより怪我は本当に大丈夫なの?」
「さっきも言いましたが大丈夫です。冬の鎧でなければどうだったかわかりませんが、実際は少し打ち付けた程度の痛みなので気にしないでください」
ドクトが治してくれるとは言っていたができれば知られないほうがいいのではないかと思い魔法の事は伏せておく。
「それならいいのだけれど……」
「それより今後の事についてドクトさんと少し話をしたいのでいいですか?」
「わかったわ」
そう言い道をあけてくれた。
「で、そこで気持ちの悪い顔をしているドクトさんこれからどうするんですか」
無精ひげを撫でながらニヤニヤしていたが僕の悪態と話を聞き真面目な表情になる。
「洞窟内はやたらめったら魔獣が多い。それこそ森林と変わらねえぐらいにはいる。亜種や上位種は少ねえから出会う事は恐らくないが狭い分接敵する事は避けられねえ。一旦ここで少し休んでから万全の状態で入る。あとは洞窟内について休みがてら説明する。」
そう言ってドクトはザイン洞窟について話し始めた。
ザイン洞窟。国境間を繋ぐ洞窟で、両国の関係はあまり良くないらしく魔獣の間引きもされておらずそれが原因で魔獣の数が多く強力な個体が多いらしい。
洞窟内は薄暗く所々に松明が設置されているが手入れが出来て無いため消えてしまい真っ暗な所もあるという。
五日程で隣国のキプリ国の国境に辿り着けるらしい。
水場は豊富にあり休憩地点には困らないが、魔獣を間引き死体を別の場所に運ぶ必要がある事だけが懸念材料だ。
そして主な魔獣はブラックラット、スコルピオゴーレム、ゴブリン、スライム、バットラッシュの5種。いずれも強敵で油断はできないからこそ準備を万全にしたいという考えらしい。そして滅多に出会う事はないがスコルピオゴーレムの希少種と洞窟サーペントとは絶対に戦わないようにしろとの事だった。
逃げの一択でもし追手に追いつかれる事があるとしても逃げたほうがよい。そんな圧倒的な強さらしい。
真正面からやりあうのであればドクトでも同格の強さの仲間が六人はいないと厳しいという。
そんな所にこれから僕達は二人非戦闘員を連れて抜けなくてはならない。
ドクトは声を落としながら僕に近づき話す。
「最悪二人は見捨てる事になるかもしれねえ。あるいは俺が戦闘不能になれば俺を置いていくのも視野にいれろ。お前が戦闘不能になった時は俺がなんとかできる範囲なら何とかしてやる」
そう囁くように耳元で言うとドクトは僕から離れ詰所の外へと出ようとしていた。
「んじゃあお前は寝ろ。俺が先に見張りしといてやるよ」
そう言ってドクトは洞窟の外へと出て行った。
僕は忘れられた治療のせいで痛む打撲を我慢しながら壁を背にして眠った。
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