第37話 逃走のザイン森林
木に腰掛けた僕は気を決して抜かずに周囲の警戒を続けていた。
数刻経った頃にドクトは目を覚まし僕に話しかけてきた。
「お前適当に起こせって言ったろ。夜通しやるつもりかよ。交代だ早く寝て体を休めろ」
「集中しすぎて時間を忘れてました。助かります。ではおやすみなさい」
「おう、おやすみ」
僕と交代でドクトは木の根に腰掛けたのを確認すると僕は木の影に隠れ気を背にもたれかかり眠った。
――目が覚めた。
周囲を見渡すとほんのり空が明るくなり始めていた。
あまり眠れていないようだが体に不調はなく動けると感じた。
「もう起きたのか。もうちょい寝てていいぞ」
僕が起きた事に気づいたドクトがそう声をかけてくる。
「いえ、少し寝ただけで十分です。体は好調ですね」
「若いってのは羨ましいねえ」
無精ひげを撫でながらドクトは言った。
「んじゃあまあ、ダジンと嬢ちゃん起こして早めに動くか」
「その事なんですけれど、ニアールをドクトさんの馬に乗せてくれませんか。ちょっと今は僕と距離を置きたいみたいで……」
「名前呼びになって仲良くなったのかと思ったらこじれてんのかよ。まあ構わねえけど今後に支障をきたすなら早く解決しろよ。そこまで面倒見れねえからな」
そう言いながらドクトは出発の準備をし始めた。
「おいジェニン、二人を起こしてこい」
「わかりました」
言われるがままに二人を起こしに足を向けるがニアールを起こすのは気まずい。
ダジンから起こしてダジンにニアールを起こしてもらおうとダジンの傍に寄った。
「もう出発ですか?」
どうやらダジンはすでに目が覚めていたらしい。
「はい、申し訳ないんですけれどニアールを起こしてくれませんか?多分今僕に無防備な状態で起こされるのはしんどいと思うので……」
「でしょうね」
苦笑しながらダジンはニアールのもとへ歩いて行った。
それを確認した僕も馬の準備をする。
ニアールの声が聞こえたかと思うと泣いているようだった。
少し出発に時間がかかりそうだと思った僕は周囲の警戒をした。
そうしている内にダジンがニアールをなだめたようでドクトの乗る馬に連れられていた。
僕も馬に乗りダジンを乗せるべくドクトのほうへ近づいていく。
ダジンに手を差し出し引き上げ乗せた。
「よし、行くぞ今日からは強い魔獣と出会う可能性があるが基本は無視だ。」
「わかりました。魔獣と戦闘になりそうな場合は迂回でいいですね?」
「そうだ。戦った分だけやつらの相手する魔獣を減らして追手に距離を詰められる。体力的にも食料的にも早い所、山にある洞窟を抜けて国境を超えるのがベストだ。寝る時間も極力減らして明後日には国境を超える。いいな?」
「私は専門外なので二人にお任せします。何か役立てることがあれば言ってください」
ダジンがそう答えニアールは俯いていた。
返事が無さそうだがドクトに一番近い所に居たので聞こえていると判断した僕は出発の声をかけた。
「了解です。行きましょう」
馬を駆けさせた。
道中ドクトが魔獣避けを使った事もあってかほとんど迂回をする事もなく進む事ができた。
陽が昇り数刻経ち陽が落ち始めた。
「嬢ちゃん限界か?もう少しすれば洞窟まで行ける。今日はそこまで行くのが目標だ。夜間森の中、馬を走らせるのはあぶねえから今がふんばりどころなんだがどうだ?」
「少しだけ……休ませて。少しでいいから」
呟くようにニアールが答えた。
途中休息をはさんだがニアールが体力的にここで一旦足を止める事になった。
「ジェニンちょっとこい」
ドクトに呼ばれて近くに寄るとドクトは顔を近づけ僕にだけ聞こえるように囁いた。
「この先の国境の洞窟には守衛がいるはずだ。恐らく魔道具で俺たちの事は知られている。数は三人から五人。一人一人の練度はお前より低い。野太刀は振れる環境だ。
お前が先行してそいつらを
「殺すって事ですか……?」
「そうだ。殺さなければ情報は洩れるし安心して洞窟で野営もできねえ。」
「酷寒の吹雪で凍傷にして行動不能にさせるだけじゃ駄目ですか?」
「駄目だ。俺とお前の二人ならそれでいいが足手まといが二人いる。確実にやらないともしもが起きた時に対応できなくなる」
「ですが……」
「――お前もしかしてまだ人を殺した事が無えな。里で戦ったって聞いたから何人かは殺ったと思ってたが、そうか……」
人を殺めた事があるのが当然かのようにドクトは僕にそう言った。
そして無精ひげを撫でながら険しい顔つきでドクトが考え込んでいた。
「わかった。俺が先行して殺ってくる。お前はここで嬢ちゃんと休んでろ。ダジンは連れてく。終わったら合図を出す。そしたら嬢ちゃんを乗せて連れてこい」
有無を言わせぬようにドクトは準備をし、ダジンを馬に乗せて行ってしまった。
僕は善人だと思っていたドクトが人の命を容易く奪うという選択肢を取った事に少しショックを受けていた。
恩人の養子というだけで命を二度も救い、言葉を教え、仕事を斡旋し、魔獣狩りのセオリーを教え、そしてまた僕を救うべく奔走している。
義理堅いだけでは説明できないほどの事をしてくれている。
だから僕はドクトをどこか聖人のように感じていたのにも関わらず人の命を奪う事に躊躇がないギャップに僕は狼狽していた。
だが急にダジンを連れどこかに行ったドクトに驚き、不安げな表情をしているニアールを見て僕は、すっと冷静になった。
「ニアール大丈夫です。安心してください。」
そうニアールに、自分に言い聞かせた。
「ドクトさんは国境近くの守衛を先に倒しに行っただけです。僕もここに居るので何かあれば守ります。終われば合図があるのでそれまで休んでてください」
未だ感情はゆれうごめいているが理性が冷静なうちは大丈夫だ。
そう自身に言い聞かせ周囲の警戒をした。
半刻も経たずドクトの合図らしき轟音が鳴った。
恐らく石に魔術を付与したものだ。
「ニアール、ドクトさんの合図です。行きましょう。陽も暮れそうですし急ぎましょう」
僕は馬に乗りながらニアールを急かし、手を差し伸べた。
「えぇ」
俯きながらニアールは手を取ろうとし、一度引っ込めたが手を取った。
僕は引き上げニアールを馬に乗せてすぐに出発した。
不味いと思った。
後から魔獣。それも上位種らしきものが追いかけてきている。
二人を乗せた馬の足ではじきに追いつかれる。そう悟った僕は戦うしかないと判断した。
僕は努めて優しく、安心させるように落ち着いてニアールに声をかける。
「ニアール、馬を一人で走らせられますか?」
「ゆっくりでいいなら……今みたいに速く走らせるのは無理だわ」
「急がなくてもいいです。ゆっくりで十分です。今後ろから足の速い魔獣が追ってきています。このままだと追い付かれるので僕は馬から降りて戦います。ニアールは先に行ってドクトさんを呼んできてください。」
「え、え、ちょっと待って、一人は嫌よ!それなら私も残るわ!」
「ニアール聞き分けてください。魔獣避けがまだ効いてるのでついてくるのは後ろのやつぐらいです。それにすぐに酷寒の吹雪を使うのでダジンさんも気づいてこちらに向かってくると思うので一人の時間は少しだけです」
「でも……でも……」
「大丈夫です。もし何かあれば大声を出してください。絶対に助けに行きます。では」
僕は有無を言わせず馬の速度を落とすと馬から飛び降り転がった。
ニア―ルは馬を止めてしまっていた。
「ニアール!行って!!!」
強く言うと、不安げながらも馬を走らせ始めたのを確認しながら僕は野太刀を抜き酷寒の吹雪を発生させた。
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