第34話 第二の転機
ポート子爵との話から二ヵ月が経った。
僕の傷はすっかり癒えた。
勿論折れた腕は大きな傷跡が残ったが、骨が飛び出すような傷で特に後遺症も残らなかった事を考えれば幸運だ。
ドクトの魔術のお陰かもしれないがそれでもこうして以前のように腕を動かせるだけでありがたい。
そしてこの二ヵ月で僕は館の敷地から出ていない。
新しい剣はダジン経由で頼んで受け取った。
なまった体を起こすのには使用人の訓練に混ぜてもらい、剣の修練は父上との修練で行った型を思い出し振るった。
新しい剣で行う修練は今まで自分がどれだけ野太刀の軽さに頼っていたのかをわからせてくれた。
筋力が落ちている事に加えて剣そのものの重量は僕の剣を鈍らせた。
時間をかけて剣の重さに慣れ、筋肉をつけなければならない。
出来る事なら大人が使う剣を振るえるほどに力をつけたい。
160cmほどの僕の身長では大人相手に間合いで負ける。それに加えて剣の長さも僕の体格に合わせてもらっている事もあって余計にだ。
せめて剣の分の長さは縮めたい。そう思いながら2週間ほど前から剣を振るっている。一朝一夕ではいかない事にやや焦りを感じているが僕がこの館の敷地の外に出るのはドクトの仕事が終わるか、冬の魔道具を狙う者が現れた時に逃げる時だ。
焦りはあるが理性は焦らなくても良いと僕に告げている。
そしてドクトに言われていた冬の魔道具を話す件はまだ進んでいない。
あれだけドクトに言われて感情面では話してしまおうと思っている。
だが理性の面が納得していない。また話すタイミングがわからないのだ。
ドクトが言っていたお互いに秘密を共有する案はなるほど妙案だと思ったものだがいざどうやって切り出すものか困ったものだった。
いきなり重要な話をし始めるのは流石になんというか変な感じがする。
だから何か機会はないものかと考えてはいた。だがないものはない。
なので僕はここで剣を振るうか魔術の勉強しかしていない。
他にやる事も出来る事もない。仕方がない。
そんな事を考えながら日々を過ごし早二ヵ月。
我ながら手をこまねいているなと思った。
そうして剣を振るっていると訓練を終えたダジンがこちらに歩いてきた。
「ダジンさん、今日もお疲れ様です」
「ありがとうジェニン。でも君も義務でもないのに毎日剣を振るってお疲れ様」
「ありがとうございます。これは義務ですよ」
義務。冬の魔道具を守るために必要な事をするのは義務だ。
「義務?君は傭兵なので力は必要ですがそれは個人の裁量では?」
あ、これはダジンに話すいい機会かもしれない。そう思うと口が勝手に開いていた。
「ダジンさん、僕は今あなたに秘密を伝えたいと思いました。代わりにといってはなんですがダジンさんの秘密も教えてくれませんか?」
怯え半分、真剣半分でダジンに問う。
「急にどうしたんですか。ただその表情を見るに大切な事なんでしょうね。いいですよ。口外はしませんし、君のその秘密に見合った僕の秘密を話します。」
「自分から言い出しておいてなんですが僕がこれから話す話はダジンさんを含め三名しか知らない予定です。なので僕の秘密が漏れれば僕はあなたを疑ってしまうかもしれません。それでもいいですか?」
「三名ですか……。おそらくドクト殿とあと一人は旦那様でしょうか?」
「ドクトさんは知っています。ポート子爵には話しません。僕が個人的に信頼できる人だけに話したいと思っています。もう一人はお嬢様です。」
「なるほど。話を聞いてみないとわかりませんが旦那様は信頼に値する人です。よければ旦那様にも話してみるのもいいと思いますよ。勿論どうするかはジェニン次第ですけれどね」
確かにポート子爵は貴族らしくない貴族だ。
ドクトから教えてもらった貴族とは全然違う。なんというか……、そう里長、父上のような気安さがあるのは確かだった。
だが貴族には漏らさない。
そういう意味ではニアールも貴族ではあるのだが歳の近い友達としてドクトにも話すように言われていた。だから彼女には話す。そう決めた。
「考えてみます。でも今のところはダジンさんとお嬢様だけに話すつもりです。話をしても?」
僕は断られる事を少し期待しながらダジンに問う。
「かまいません」
そうダジンは答えてしまった。
「わかりました。では話します。僕の冬の魔道具について」
冬の魔道具の事、里の事、里で起きた事を話した。
今後の事は話していない。
ダジンの反応をうかがう
ダジンは苦虫を噛み潰したような表情で何かを考え込んでいるようだった。
「あの、ダジンさん?」
あまりに黙りこくるので沈黙に耐えられなくなった僕は声をかけた。
「あ、えぇ……すみません、ジェニンつい考え込んでしまいました。私にも秘密はありますが、君のソレに釣り合うほどのものかわかりません。なのでできる限り秘密を話します」
「はい、僕も釣り合う秘密があるとは思っていなかったので大丈夫です。お願いします」
「私は亜人です」
「亜人?」
真剣な表情で話しだしたダジンに対して僕は間抜けなおうむ返しをしてしまった。
「ジェニンは亜人を知りませんか。そうですね。亜人というのは普通の人間と違うものを持った人間になります」
「普通の人と違うものを持った人間ってそれは才能というのでは?」
「そういったものではありません。外見的なものですね。私は褐色の肌と爪の鋭さを持っていますが、人によっては体の一部が獣や魚や植物の者もいるようです」
「獣に魚に植物の体ですか……。たしかにそれは異様……いやすみません」
その本人を目の前に失言をしてしまった。
「いいえ、気にしませんよ。私は爪をまめに切っていればただの褐色人ですからね。ただもし今後亜人に会う事があれば気を付けたほうがいいです。迫害や酷い目にあった者達も少なくないと聞きます。」
ダジンは笑いながらそう言ってくれた。
「ちなみにダジンさんが亜人というのを隠しているのはやはり何か迫害のようなものがあるのですか?」
「迫害……そうですね。この国の街には亜人は住めません。どこかに小さな集落なんかを作って暮らしている者達はいるでしょうが原則この国は亜人の存在を認めてません」
「世界一の大国なのにですか?」
「世界一の大国だからこそです。少数の亜人を排斥しなければ平和に過ごせないのです。全ての亜人ではありませんが実際に亜人が問題を起こした事もあります。そして亜人が起こす問題は通常の人間よりも大きく手に余る事も多いのです。だからこの国は亜人を認めていません」
「もし亜人がいるのがわかった場合どうなるんですか?」
「良くて国外退去か牢獄入り。悪ければ殺されます」
「そんな……ひどい扱いを。ダジンさんの事はポート子爵やお嬢様は知ってるんですか?」
「知っています。知ったうえで雇っていただいています。」
「それは……いいですね……。秘密が共有出来て理想の関係だと思います」
心からそう思った。
「でもジェニンと私もこれで秘密を共有する仲になりましたね」
そうニッコリと笑うダジンに確かにとやや呆けてしまった。
「お嬢様にはもう話されましたか?」
「いいえ、まだ話してません。なんというか話す機会が中々できなくて。ダジンさんは僕の剣術に食いついてくれたので話しやすかったんですがお嬢様にはどう話していいか……」
「確かに日常会話から秘密を打ち明けようとするのは難しいかもしれませんね。では私が何か手を考えておきましょう」
渡りに船だ。
「いいんですか?」
「なに、友達のためですし私のほうが年上ですからね。任せてください。」
そうニッコリとダジンは笑った。
僕もつられて笑う。
「では私は仕事に戻ります。ジェニンはまだ病み上がりなんですからあまり無理をせずに」
チクチクとお小言を言いながらダジンは館に戻って行った。
僕の心はすっとした解放感と喜びからか頬が少し濡れていた。
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