第32話 友人Ⅴ
講義を受け始めてから数日経った。
今日の講義も終わり、半ば日課のようになったニアールとアガットへのザイン森林の探索の話をしようとしたところであった。
ダジンが声がかかる。
「ジェニン、旦那様からお話があるとの事ですので、怪我が治りきっていないところ悪いですがついてきてください」
そういいダジンは扉を開け僕を待つ。
ドクトから聞かされていた一件を思い出し、来たかと心引き締める。
要件はわかっている答えも決まっている。断るだけだ。そう思案しているとニアールがやや不満そうに口を開いた。
「ダジン話は長くなりそう?そうじゃなければ私はジェニンの部屋で待とうと思うのだけれど」
「話の内容を私は聞いておりませんのでわかりません。ですが怪我をしたジェニンを呼び出すほどなので重要な話ではあると思います」
「そう…、それじゃあ今日はいつものお話はなしね。また明日ねジェニン」
「いえ、恐らくそんなに時間はかからないのでよければ待っていてください。すぐ戻りますよ」
「そうなの?なら待ちますわね」
ニアールは素直にそう言うとアガットと話し始めた。
話がまとまったのを見てダジンはが口を開く。
「ではダジン行きましょう」
ダジンに促され僕は立ち上がると部屋を出てダジンに着いて行く。
部屋に着くとダジンがノックをし部屋にいる子爵に声をかける。
「旦那様、ジェニンを連れて参りました」
「通してくれ」
返事があるとダジンは扉をあけ目線で僕を部屋の中へ入るように促した。
「失礼します」
部屋に入るとポート子爵が微笑みながら僕を見ていた。
よく見ると出会った当初のやつれた様子が改善されているように見える。
「怪我をしているところわざわざ来てもらって悪いね。どうしても話しておきたい事があってね」
子爵は席を立ち窓際に立つと外を見ながら言った。
「いえ、むしろダジンさんに怒られずに部屋の外に出られていい気分転換になりました」
「ははは!ダジンが怒るのか!ニアール以外に怒る事はないと思っていたが君にも怒るのか!ははは」
いつもやつれて見える子爵の初めて見る笑顔に僕はやや驚く。
「ダジンさんは怒らないんですか?僕は凄く怒られたんですが」
「ダジンは中々怒らないよ。そうか君には怒るか」
「それは喜んでもいいんでしょうか……」
「気を許している証拠だ。喜んでいい。私にも中々怒らないのだからね」
嬉しそうに笑いながら子爵はそう言う。彼がそういうのだからきっとダジンはきっと僕が思うよりも親しみを覚えてくれているようだ。
そしてそれとは別に僕は本題について触れる。
「それで僕はどうしてよばれたんですか?」
「そうだね。君をよんだのは大事な話があったからだ。私が以前君を囲いたいという話をしたのを覚えているかな?」
「覚えています。有難い申し出で、今も魔法や魔術について学ばせてもらっています」
「そうは言っても君は義務ではない森の探索に出てオルトロスを狩ってくれて怪我をしているんだ。当初の条件とそう違いはないように思うが君がそう思ってくれているのなら良かった」
満足そうに彼はそう言った。
「オルトロスは確かに狩りましたがあれは自分のためでしたので。それと僕は今後探索に出る事はないので、あの申し出はとても有難いものになっています」
「自分のため?探索に出られないのはドクトから聞いているよ。しばらく君を探索には出すのは危険だからと」
「はい、僕はドクトさんとここでの私兵が終わった後ある場所に行く約束をしています。ザイン森林の異常の原因を除けば僕はその任期が短くなると思って探索をしました。そうですね。怒られて僕はしばらく謹慎のような扱いになります。その間よく学べと言われています」
「なるほどね。実際にその通りだ。どれだけ短くなるかはドクトがどれだけ頑張るかによるだろうが、大本を絶ったのだから確かに君の狙い通りにはなるだろう」
僕はその言葉にほっとする。
「――だが僕が君を今日ここによんだのはそれを見越した上で君をどうしても囲いたくてね。君に何か目的がある事やここを離れる事も知っている。だがその後にまた戻ってくるという選択肢もあるだろう?それに幸いにも最近はニアールやダジンとも良くしてくれているようじゃないか。」
確かにその通りだ。だが縁を持ってしまったからこそ戻りたくないのだ。
もし巻き込んでしまい、また里のような事が起きないように。
ドクトとの約束が終わればドクトとも離れる。
きっと僕は独りでいるのがいい。冷静な理性はそう言っている。
「確かにお嬢様やダジンさんとは懇意にさせてもらってます。失礼な物言いですが情も湧いています。けれど僕は疫病神です。僕が肌身離さず身に着けているこの武具は父の形見です。そしてその父が死んだ理由は僕にあります。そしてきっと今後も僕が原因で人が死ぬことがあるでしょう。だから僕はここにいる皆さんにそうなって欲しくないんです。」
先ほどまでは笑顔だった子爵の表情が真面目なものに変わる。
「ふむ……、君が居る事で誰かが死ぬかもしれない。だから君はここに居たくないという事でいいかな?」
「そうです。なので僕を囲い込んでもメリットよりもデメリットのほうが大きいと思います。そして僕はできる事であれば僕に関わった事で死ぬ人を無くしたいと思っています。なので僕は恐らくどんなに良くしてもらってもここに戻ってくる事はありません」
そうはっきりと言い切った。
待遇が悪くなる可能性も視野にいれた上でだ。
僕は彼らをできる限り巻き込みたくない一心でそう言った。
「正直なところ今のところ君は私達、我が領にとってメリットしかもたらしていない。デメリットに関しては理由を知らなければ
彼の申し出は素直に嬉しい。友が居て、里の次に長居している土地だ。戻ってくればさぞ心地よいだろう。
だが冬の魔道具がもたらす不幸を知らないからできる申し出なのだ。とはいえ冬の魔道具の事を話すわけにはいかない。話した途端彼が冬の魔道具を狙わないとは言い切れない。だから僕は断る事しかできない。
「ありがとうございます。けれどやはりその話は受けられません。デメリットが発生した時には遅いのです。僕は死神のようなものだと思ってください。正直に話すと僕を今すぐ放逐したほうがいいです。それぐらい僕が引き起こすデメリットは重いです」
「自分の待遇を良くしろという傭兵はいくらでもいたが良くするどころか放逐しろという者は初めてだな。そこまで言うなら君を囲うにはきっと相当なリスクがあるんだろうね。けれど少なくとも放逐はしないよ。囲う事については再考させてもらおう。ドクトとも少し話させてもらう。それでいいかな?」
僕の事情を知っているドクトならきっと僕の意見に同意してくれるだろう。
囲い込みも再考してくれるなら悪くない。
「わかりました。再考してくれるだけでありがたいです」
「よし、それじゃあもう行っていいよ。部屋でニアールが待っているのだろう?あまり待たせると私が怒られてしまうかもしれないからね」
二コリと笑いいつぞやの時のようにウインクをした。
「はい、では失礼します」
僕は部屋をでてほっとし、深呼吸をした。
折れた肋骨が痛んだ。だがいつかここを出ていき二度と戻ってこれない事の痛みを考えれば気にならないものだった。
僕はニアールとアガットが待つ自室に歩き出した。
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