第31話 友人Ⅳ

珍しく自分から人との関りを得ようと思った自分に驚いた。

どうしてなのか僕の中の冷静な理性が教えてくれる。

冬の魔道具を守り続けるために必要な事を考え続ける自分と、何かに悩むニアールの姿が自分に少し被って見えるからだ。

きっと皆何かしらの悩みはあるだろう。

けれどそれが表に出す事や出てしまう人は意外と少ない。

そしてニアールはその姿を先ほど僕に晒した。

それが僕の心をくすぐった。


その日の講義は終わりとなり僕は手持無沙汰になる。

部屋から出ている姿を見られるとダジンにこっぴどく怒られてしまうから部屋で休むしかないのである。

部屋を出ていこうとするダジンに僕は声をかけた。


「ダジンさん。魔獣やこの国以外の事について書いている本を読みたいのですが何冊か見繕ってくれませんか?ベッドでずっと横になっているだけなのも暇なものでして」


そう言うとダジンは二つ返事で了承してくれた。

だがそこに割って入ってくるかのようにニアールが口を開いた。


「なら私とお話をしましょう。まだザイン森林での事については聞いてないわ」

「そうですね。でも一気に話すには多くの事があったので毎日少しずつにしましょう。僕もすべて話そうとすると喋りつかれてしまいますし」

「そうね。時間はあるものね。それじゃあ明日から講義の後に聞かせてちょうだい」

そう満足げに言うとニアールは部屋を出ていこうとする。


それを止めるかのようにダジンはニアールに声をかけた。


「お嬢様、いくら相手が怪我をしているジェニンとはいえ男女が毎日密室で会うものではありませんよ」

「それならあなたが控えていればいいじゃない」

ニアールは当たり前のようにダジンにそういった。

「私は講義が終われば館の仕事と護身術の訓練があるのでお嬢様のおそばにはいられません」

「なら私が見ていましょう。三人の講義が終われば私は魔術の研究をするだけなのでその時間を少し減らしてお二人の傍についておきます」


そうアガットが申し出てくれた。


「研究のお時間はいいんですか?」

「道楽でしている研究なので構いませんよ。それに昔旦那様の私兵として私もザイン森林を歩いた事がある身としては、その若さで一人であそこを探索していたあなたの話に興味もありますからね」


そうアガットは言いくしゃりと笑った。


「では、アガットさんお願いします」

「ではジェニン、頼まれた本を何冊か見繕ってきます。あまり時間がないのであまり関連性がないかもしれませんが許してください」


話がまとまりダジンは満足げにうなづいたあとそう言って部屋を出て行った。


「それじゃあジェニン、また明日ね」


そう言いニアールはダジンに続くように部屋から出ていき、アガットも頭を下げ出て行った。


一人の時間になった。

ベッドに横になる。動かなさ過ぎて体がそわそわする。

だが左腕と肋骨の痛みはしっかりと感じる。

我慢して寝転がりながらダジンが来るまでどうしようかと考えているとまどろみはじめた。

どうせなら寝てしまおうとそのまま眠りについた。

目が覚め周りを見ると外は暗くなっていた。

テーブルには本と食事が置かれておりダジンは気を使い起こさずにいてくれていたのだとわかった。

まだ温かい食事を完食し魔獣の本に目を通す。


――オルトロス

双頭に蛇の尻尾。

成熟した個体によっては蛇の毒を持つという。

牙や爪尻尾に噛まれるとその部位は腐り落ちると書いてあった。

どうやら僕は運が良かったらしく、幸いにも左腕は骨が飛び出す骨折だけで済んでいた。

運が悪ければこの左腕は腐り落ち無くなっていたと思うと背筋が凍る思いだった。

更に目を通す。

素早く動き、矢や魔法を避け、火の息吹ブレスを吐き群勢を単体で掃討するという。

そして人が足を踏み入れないような場所で魔獣を狩り力を蓄えるらしい。力を蓄えると相当が三つになりケルベロスになるそうだ。

今回のオルトロスは人里から馬でたった三日の場所に居た。そしてそんな所にオルトロスが居れば魔獣達も住処を奪われ森の浅い所まで出てくるわけだ。

そう思いながらケルベロスのページへと指を走らせようとするとドクトがノックもなく入ってきた。


「よお!お、なんだ本読んでたのか。悪いがちょっと次のページは待って話を聞いてくれ」


いつものような軽薄な雰囲気から真面目な表情に変えながら椅子に座り話す。


「どうされましたか?」

「お前が心配してた事の一つが起きた」

ドクトが無精ひげを撫でながら言う。

「心配事の一つ…ですか。多すぎてどれかわかりませんね。いったい何が起きたんですか?」

「ポートさんがお前の囲いを本気で始めるぞ」

「俺にお前の身を渡さねえか打診があった。弟子から一人前として格上げして自分の所に預けないかって話だ」


頭の痛い話だ。


「なんて答えたんですか?」

「まだ教える事が山ほどあるし死にかけるような戦いをするうちは一人前じゃねえって言ってやったよ。あと本人の意志も確認しろってな。だから近々ポートさんからお前に直接話があるって事を話しておこうと思ってな。」

「ありがとうございます。助かります。それとせかすようで悪いですがドクトさんの見立てで、森の探索はどのぐらいで終わりそうですか?」

「そうだな……、一番の大物はお前がやって山場は超えてる。あとは亜種や上位種を狩るだけなんだが森が広い上に恐らく亜種も上位種もそこそこ数がいそうな事を考慮すると一年半ぐらいか。あくまでも見立てだぞ。あんまあてにするな」

「わかってます。それにしても半分ですか。随分短くなりましたね。でもポート子爵が本気で囲い込みにかかってくるには十分な期間ですよね?どうにかなりませんか」

「まあそこはある程度俺もカバーしてやるがあとはお前次第だな。お前がどこまで拒絶するかによってポートさんの対応も変わるだろうよ。あの人は無理やり囲い込むような事はしねえ人だ」

「なるほど、それなら大丈夫そうですね。僕はここに残るつもりはないので」

「お前ドライだねえ。お嬢ちゃんとかダジンに情は湧かないわけ?」

「湧いてますよ。湧いてるから残らないんですよ。冬の魔道具の争いに巻き込みたくなから出ていくんですよ」

「なるほどねえ。どうもガキっぽさが足りねえけどお前の境遇考えればそんな風に考えちまうもんかね」


無精ひげを撫でながらドクトは困ったような様子でそう言った。


「僕が生きている理由は冬の魔道具を託されたからです。それがなければ僕は里に残り皆と戦い死んでいました。なので冬の魔道具を守る事が最優先なのは変わりません。その上で友人が出来てしまったのであれば、価値のない僕の事情に巻き込まない事だけを考えます。」

「ふーん、まあお前の考えは分かった。俺はやる事やっとくからお前も魔法と魔術の勉強頑張りなさいな」

「その事なんですが……。僕は魔法が使えないみたいです」

「あちゃー、じゃあお前は俺と同じだな。まあチャントは覚えさせないから魔術だけか。まあ魔術を使うにあたって魔法の知識は必要だし勉強は続けろよ。ちゃんと勉強してれば、俺の使える魔術を全部は無理だがある程度使える魔術は俺が教えてやる」

「ありがとうございます。魔術は秘匿されるものと聞いて頭を抱えるところだったので助かります。当面の困りごとが解消しました」

「そりゃよかった。そんじゃあ俺は部屋に戻って飯を食う。んじゃ良く休んで良く学べよー」


そう言って立ち上がり部屋から出て行った。

僕はポート子爵の囲い込みをどう断るか考えながら横になる。

食事をとってお腹が膨らんだせいかまた眠くなってきた。

そのまま瞳を閉じまた僕は眠るのだった。

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