第27話 探索の終わり

 ふと意識が覚醒した。

 周りを見ると館にあてがわれた僕の部屋だった。左腕は三角巾でつるされている。

 起き上がろうとすると折れた肋骨が少し痛んだ。

 冬の魔道具は部屋の奥側のベッド横手においてある。ドクトが気を利かせて置いてくれたんだろう。

 ベッドに再び横になり思案する。


 生きている。


 正直腕の出血量を考えると街に着く前に僕は死ぬと思っていた。

 だが生きており腕の痛みもかなり引いている。

 肋骨もそうだ。痛みが和らいでいる。何か特別な薬でもあるのだろうか。

 そんな事を考えながら僕は天井をぼうっと見つめていた。

 思ったより動けるという事を認識した僕は手持ち無沙汰になり、ベッドから起き上がり部屋の外に出た。


 するとダジンがおり、驚いた様子で僕に話しかけてきた。


「ジェニン!目が覚めたんですね。ただ君はまだ重症です。ベッドで寝てください」

 開口一番は嬉しそうだったのに後半はややお叱りの様子で怖かった。


「わ、わかりました。横になります。でも少し聞きたい事があるんですが……」

「横になってくれるなら私の知る限りを話しますよ。さ、早く」

 そう言いながらダジンは優しく腰に手を添えベッドで横になるのを促した。

 横になると僕はダジンに一番気になっている事を聞いた。


「僕は何故生きているんですか?正直あの傷で街まで三日。手遅れだと思いました。」


「それについては私はわかりません。ドクト殿に聞いてください。あなたが運び込まれた状態は重症ではありますが死んでしまう状態ではなかったと聞いています」


「そんなはずは……いえ、ドクトさんに聞いてみます」


「そうしてください」


「では他にもいくつか聞きたいんですけれどいいですか?」


「どうぞ」

 ニコリと笑いながらダジンが答えた。


「ではまずザイン森林はどうなりましたか?僕は恐らく原因と思しき魔獣を倒したと思います。けれどそれが本当に原因だったのか、森はどうなったのかを知りません」


「そうですね。結論から言うと森の魔獣達は沈静化しました。元の状態に戻ったと言っていいです。ですのでジェニンが倒した魔獣のオルトロスが原因でした。」

 ふと気になる。オルトロス?ケルベロスではないのか?


「もとに戻ったのはいいんですがオルトロスとは?」


「ケルベロスとよく混同されやすい魔獣ですがオルトロスはケルベロスよりも少し弱いとされてる魔獣ですね。それでも本来は一人で倒せる魔獣ではありません。君は気が狂っているのですか?」

 僕の疑問に答えてくれたかと思いきやいきなりダジンは毒ずくように怒っていた。


「いえ、その……勝算はあったんですが見込みが甘かったと言いますか……」

 怒られしなしなの心で僕は言い訳をする。


「オルトロス相手にその様で?君はケルベロスと思って戦っていたんでしょう?実際にケルベロスだったら君は死んでいたんじゃありませんか?」

 ダジンの詰め方が怖い……。心配してくれていたのであろう。だが怖い……。


「すみません……。返す言葉もありません……」

 謝る以外何もできなかった。


「君が運び込まれた時は館はパニックでしたよ。実質客人対応の君が死にかけていたわけですから。お嬢様も旦那様も大変心配されてました。当然私もです。ですがまあ、こうして無事目が覚めたので良しとしますが次はありませんよ。」

 ニコリと笑いかけてくれているが目は笑っていなかった。

 ダジンは実は怖いんだなと僕は二度とダジンを怒らせまいと思った。


「ところでドクトさんは?」


「ドクト殿も館で休んでられますよ。彼も君とお揃いで三角巾で腕を吊るして部屋に居ます。」


「ドクトさんと話したいんですけれど行っちゃ駄目ですよね……?」


「はぁ……、君は私の話を聞いていなかったんですか?ドクトさんのほうが軽症なので呼んできますから絶対に部屋から出ずにゆっくりしててください。いいですね?」


「わかりました。ありがとうございます」

 僕が答えるとダジンは満足げに部屋から出て行った。

 天上をぼうっと見つけているとコンコンとノックがあった。

 随分早いなと思いながら返事をする。


「どうぞ」


「よ!俺と話したいんだって?甘えん坊だなあ」

 そう茶化しながらドクトが入ってきた。


「ダジン、ちょっとばかりジェニンと二人で話したいから席を外してくれ。」


「承知しました。では失礼します。」


「んで、お前は冬の魔道具を使ってまでケルベロスもといオルトロスとなんで戦ったんだ?」


「原因を早く特定できればここでの人気が減ると思いました。申し訳ないですがドクトさんが怪我を負い独りで戦えるので酷寒の冬を使って強敵を簡単に倒すチャンスだと思いました。」


「独りならね……。俺は恩人リオンの息子を死なせないためにここにお前を誘ったんだ。経験を積ませ、学を付け冬の魔道具の守り手として死なないようにな。だがお前は俺の言う事をまるできかねえ。ヴァナホッグの時もそうだ。前にも聞いたがお前は死にたいのか?死にたいならそう言え。死にたがりにピッタリな仕事紹介してやる」

 少し寂しそうな表情のあと鋭い眼光で僕をにらんでいた。


 ヴァナホッグ森林の時は死にたがっていたと思う。今は違うと言える。今回死にかけたのは死のうとしたわけではない。ただ焦っていたのだ。誰でも扱えるというチャントを使えない。子爵もダジンもニアールも皆良くしてくれる。情がもう沸いていた。今なら冬の魔道具とこの街を選べと言われれば冬の魔道具を選べる。だが三年経つと恐らく悩む。そんな予感があった。だから早く任期を終える必要があったから無理をした。そう言える。


「正直に言います。ヴァナホッグの時は死にたがっていました。でも今回は違います。ポート子爵やダジンさん、ニアールお嬢様に情が沸ききる前にここを離れたくて無理をしました」


「なるほどな。お前もお前なりに考えがあったと。」


「はい、今回はただ少しでも早くここでの任期を終わらせるために必要な事だと思ってやりました。」


「確かに森林の異常を解消すれば任期は短くなるだろうな。だがお前が思ってるほど短くはならねえぞ。山手の亜種や上位種、キマイラやお前が倒したコカトリスみたいな希少な魔獣も間引かなきゃならねえ。それ次第で任期は変わる。まあオルトロスを狩るってなりゃあ本来だと優秀な兵を集めるのに数週間から数か月。山狩りするのに数日から数週間はかかる。その分は最低でも短くなったとは言える。だがお前が心配してる情が沸かないうちにここを出られるかはお前の心持ち次第だな」

 無精ひげを撫でながらドクトは僕にそう言う。


「そうですか……。確かに倒して終わりとはいきませんよね……。正直もう情が沸き始めていたのでそれが不安で今回強行しましたし、噂になっても問題ないと思い、酷寒の吹雪を使いました。どうにかなりませんか?」


「吹雪の件は魔獣の仕業って事にしてある。多少噂になるだろうがキマイラやコカトリス、オルトロスまで出てきたんだ。多少の異常天候ぐらいは大丈夫だろうよ。まあ追手の密偵ぐらいはあるだろうがな」


「ありがとうございます。でも僕の顔は割れています。密偵が来れば必ずばれてしまいます」


「だからお前はもう探索に出るな。館で修練と魔法と魔術を学んでろ。俺ができる限り早く終わらせてやる。お前が探索に出ないのは罰とお頭を良くするためって事にしてやる」


「わかり……ました。何から何まですみません……。僕がこういうのもなんですけれど無理はしないでください。僕の事情でこれ以上人が死ぬのは耐えられません」


「本当にお前が言えた事じゃねえな」

 くつくつと笑いながらドクトがそう言った。


「あいよ。無理はしねえ。のんびりやる予定だった事をちゃきちゃきやるだけだ。その間にお前は魔法と魔術の基礎知識でも身につけとけ。例の所に連れてってやっても多分その辺は学ばねえといけねえだろうしな。時間を無駄にしたくないならそうするのがおすすめだ。あとお嬢様とダジンとは仲良くしとけ。ダチってのは生きていくのに必要なもんだ。リオンが俺の恩人でダチだったから今お前はここにいるんだ。不安なのはわかるがやってみろ」

 そう言ってドクトは部屋から出て行った。

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