第26話 魔獣の森Ⅵ

動ける状態だと判断した僕は立ち上がり軽く体を動かす。

異常なし。馬に乗りまた進む。

それからは魔獣と戦う事なく陽が落ちるまで走り続ける事ができた。

無事野営地候補にたどり着く。そこには半壊した小屋があった。

入る前に昨夜と同じように魔獣避けを使う。

そして中に入ると簡易なベッドに椅子とテーブルがあった。

昨日椅子で痛い目にあっている僕はベッドに腰掛ける。ぎしりと強く軋むベッドに少し不安を覚えるも、干し肉と干し芋を口にする。乾いた口を潤すために水筒の水を飲む。生き返る思いだった。

腹も膨れ疲れを感じた僕はとてもよくきしむベッドで横になり休んだ。


思った以上に疲れていたようで目が覚めると陽が既に上り始め外が明るくなり始めていた。僕は急いで出発の準備をする。

予定では今日この森の異常の原因の近くに到達できる。

できれば奥地に行きすぎず少し手前で野営をし、明日一日かけて探索をしたい。

そう考えながら僕は出発をする。

三日目、それも魔獣と隣り合わせの環境ともなると馬も疲れが出ているようで足取りが少し重く感じた。頭を撫で労をねぎらいながら慎重に進む。何かがおかしい。何がおかしいかはわからないが異変がある事だけは何とか感じ取れた。馬の速度を落としより慎重に進む。半刻程進んだ時に気が付いた。



魔獣を避けて進んではいるが途中からそもそも魔獣を見ていない。

気配がそもそもないのだ。キマイラやキマイラもどきすら居座らない。

そんな異常な何かがいる。僕の冷静な理性は引き返せと頭の中で叫び続けている。

僕は理性を無視し進み続ける。

馬の足音すら不安に感じた僕は馬を止め、馬を置いていき自身の足で進む。


それから二刻程歩いた。

間違いなくコイツが原因だと確信するそれを見た。

それの居る周辺の木々はなぎ倒され、木々が炭になっているところもある。

里の外をほとんど知らなかった僕でも知っている。

獣の頭を複数持つケルベロス。

見つかっていないうちに奇襲をかけようと野太刀を抜く。手が震えていた。一瞬目を閉じ里を失った時の事を思い出す。アレに比べれは何も怖い事はない。そう思った時には手の震えは止まっていた。酷寒の吹雪を使い木々の隙間を走り続けケルベロスから距離を取り続ける。

僕の体温が下がりきるのが先かケルベロスの動きが鈍り僕が殺すのが先かの戦いだ。雪が急に吹雪いた事に驚いたようだったが、すぐ僕を見つけたようでこっちにその二つの顔を向けてくる。牙を剥き息を多きく吸い込んだと思うと口から火の息吹ブレスが飛んできた。

冬のマントで体を守るがマントを十分に扱えないていない僕は全身が焼けるような熱さを感じた。マントで体を守りながら動き少しでもブレスから逃れようとするが奴は逃してくれない。

永遠とも思える熱さが終わった。終わると同時に僕の酷寒の吹雪の寒さが戻ってくる。

息吹ブレスで受けた事で温まりすぎたに酷寒の吹雪とマントの効果を出来得る限り利用する。

息吹ブレスを吐いた奴も体がどうやら温まっているようで酷寒の吹雪の効きが悪い。

息吹ブレスと酷寒の吹雪の出し合いになると先に力尽きるのは僕になるだろうと判断した僕は、接近戦に持ち込まんと身を翻し駆けだす。


巨大な体に鋭い牙に大きな腕と爪、尻尾には蛇の頭。キマイラに頭を一つとブレスを足したような見た目ではあるが、動きはキマイラよりもさらに速く、体も大きい。

どんな攻撃であろうと一撃で死ぬであろう巨体が素早く僕を殺しに来る。

それに比べ僕の動きはやつより遅く、一撃でやつを屠る事も出来ない。あるのは酷寒の吹雪によるアドバンテージだけだ。息吹ブレスを吐かなければ奴の体温は下がり続ける。

離れるな。一撃を貰うな。死ぬな。時間を稼げ。やつの体温を奪い動きを鈍らせろ。冷静な僕が頭の中で叫んでくる。


わかっている。


前足を振るい双頭の牙で襲いかかる奴の攻撃をやつの体に飛び込み避けながら野太刀の刀身を垂直に立て尻尾まで駆け抜ける。やつは痛みに屈する事なく尻尾で僕を薙ぎ払い吹き飛ばした。死にはしなかった。

だが咄嗟にガードした左腕はひしゃげ折れ、骨が皮膚を貫通していた。左腕でガードしたとは言え恐らく肋骨も折れている。息を吸い込むだけで肋骨が痛む。

ヴァナホッグ森林でダイアウルフ亜種を狩った時よりも強敵で、僕の状態は深刻だ。

血を失い体温が下がっていくのがわかる。だが酷寒の吹雪を使うのをやめればやつの動きはより速くなり戦いにならなくなる。僕は痛む肋骨を無視して駆け出し、間合いに入る。やつも腹を斬られた事で臓物がはみ出している。決して僕だけが深刻なダメージを負っているわけではないのだ。そう言い気かせ野太刀を振るい、奴を動かせ臓物を重力と酷寒の吹雪に晒させ続ける。一振り、二振り、奴は避ける、避ける。

そうしているうちに臓物は地面にすれ始めていた。奴は知能が高いらしく臓物を腹に収めようとその巨大な右腕で臓物を拾い出す。

チャンスとばかりに僕は飛び込み体を支えている三本足のうちの左腕を斬り落とす。やつはバランスを崩し倒れ込んだ。拾いきれなかった臓物が潰れ苦しそうな叫び声をあげた。そして僕は奴の双頭の間に立つと一刀で背後の首、前方の首を斬り落とした。自分でも神がかっていたと思う一刀だった。戦いが終わると同時に僕は酷寒の吹雪を解き深刻なダメージを負った左腕を見る。

手当は相当の痛みを負う事になるだろう事を覚悟した。布を噛み飛び出た骨元通り一本にする。止血をし、肋骨の痛みを無視し、ケルベロスの落とした首を引きずり馬のほうへと歩き出した。


馬からどれほど離れて歩いただろうか。手当をしたとはいえ未だ腕の出血は止まらない。ぼうっとする頭で歩かなければという義務感から足を動かし続ける。歩かなければ死ぬ。死ぬわけには行かないから歩く。冬の魔道具を守らなければと歩き続ける。まだ馬は見えない。当然だ思い出した。二刻程馬から歩いてあそこに辿り着いたのだ。まだまだ先なのは当然だ。僕は落胆しつつも歩みを続けた。少し座り込む。

息が切れていた。


「はぁ……。ふぅ……」


体温が下がっているのが分かる。出血が原因だと分かってはいるが干し芋と干し肉を食べ紛らわす。

また歩きだす。何かの気配を正面から感じた。

僕は野太刀を抜き片手で下段に構える。姿が見えた。馬に人のような姿をした魔獣達だ。重い体を意志の力だけで動かし距離を詰め斬り上げる。

それは避け何か叫んでいるようだった。僕も負けじと雄たけび返し再び突きを繰り出そうとする。

それは分裂し人型になった。飛び込んできたかと思うと僕の突きを避け左腕を握りこまれた。痛みでぼやけていた意識が鮮明になった。そして僕の傷を握り込んでいる奴を見るとそれはドクトだった。


「おい!ジェニン!しっかりしろ!」

「ドクトさん?」

「意識が戻ったか!お前また無茶しやがったな!」

ドクトはそう言いながら兜越しにげんこつを落とした。

「ドクトさんがなぜここに?」


そう聞きながらよく見るとドクトさん以外にも武装した兵がいた。

ドクトは顔を耳に寄せ小さく呟く。


「昨日お前の酷寒の吹雪が見えたからやべえ奴と当たったのかと思って急いで戻ってきたんだよ」

「なるほど。助かりました……。死ぬかと思うほど強いやつとさっきやりあったので……」

「吹雪使ってお前のその様子だ。意識失いかけて俺に斬りかかってくるぐらいだしそうだろうな。で、原因はわかったのか?」

「恐らく原因だと思われるケルベロスを排除しました。あれ……斬り落とした首を掴んでいたと思ったんですがどうやら落としてしまったみたいです。」

「お前そんなの気にせず捨てて帰ってくるほうに集中しろ。」

「すみません。多分少し歩いたところに死体もあると思うで確認してください。僕は帰ります」

「馬鹿俺はお前を連れて帰るんだよ。確認はあいつらにさせる。おい!ここから半刻もしない所にケルベロスの死体があるらしい!確認してきてくれ!あと死体周辺の地形で気になった事があってもそれは忘れろ。絶対に報告するな。したらお前たちを殺す。いいな?」


有無を言わせずドクトがそう言った。


「ジェニン馬に乗れるか?」


満身創痍の僕にドクトは問いかけてくる。


「それぐらいなら……」

そう言いながら乗ろうとするが気が抜けたのか血が抜け過ぎたのか力が入らず乗れなかった。

「しゃあねえなあ」

ドクトは僕の右腕を掴むと引き上げ僕を前に乗せると走り出した。

「お前もう動けねえだろうし寝てていいぞ。次起きたら飯だ」

「は……ぃ……」


安心しきって馬に揺られながら眠った。

気づくと夜だった。簡易の手当だった左腕もよりしっかりと手当されていた。


「起きたか。明日には街に着く。ほれ、飯だ飯。」

そう言いながらドクトは焼いた肉ち肝を差し出す。


「そうかお前片手使えねえもんなほれ。」

人生の中で一番嫌なあーんを僕は受け一口。美味い。親鳥にせっつく小鳥のように僕は口を開ける。


「お前もなんだかんだガキなんだなあ!」

そう笑いからかいながら僕の口に食事を運んでくれた。


「腹いっぱいになったか?」

「はい、もう食べられません」

「よし!俺が連れて帰ってやるからもう寝ろ!」

「ありがとうございます。それではよろしくお願いいたします」

そう言って瞼を閉じると何かを考える間もなく意識が落ちた。

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