第19話 チャント
「では早速やっていきましょうか。まずは目を閉じて真っ暗な空間にいる自分を想像してください。」
言われた通り目を閉じ、暗闇にいる自分を想像する。
「想像できれば次は思い出せる限り一番古い記憶を呼び起こしてください。それから今までの中で最も嬉しい事、腹が立った事、悲しい事、楽しかった事を思い浮かべてください。それができれば自分の考えの中で最も優先される事を考えてください。そうすれば自ずと自身が祈るべき神がわかります。その神をはっきり想像できれば神からの呼び声があります。」
最も嬉しかった事、恐らく剣術の腕が冬の魔道具の守り手として相応しいと言ってもらえた時だ。
腹が立った事、考えるまでもなく僕が父上を死なせてしまった時だろう。
悲しかった事、父上母上と血がつながっていなかった事。楽しかった事、わからない。楽しい記憶を思い浮かべようとすると里を捨てた事が頭を過ぎり思考の邪魔をしてしまう。思考が上手くいかないと感じていた時、ニアールの声がした。
「聞こえましたわ……。」
速い。僕は祈る神を想像するどころかその前段階で止まっている。そもそもダジンの口調からして一日二日でできるものではなさそうなものだが……。
「速いですね。普通は数日から数週間かかります。お嬢様はご自身に素直なのでしょう。多くの者は最も優先するものがなにかわからず止まってしまうものですが。」
「優先する事なんて考えるまでもないわね。」
はっきりと断言しきるニアールはダジンが言う通り素直な性根なのだろう。僕のように考え込む事がない真っすぐな様は眩しかった。
「ちなみにお嬢様。どの神様にお声をかけられたかお分かりになりますか?」
ダジンがそう問う。
「意外なのだけれど火の神様からお声がかかったわ。思うようにするといいと言われたわね」
「お嬢様お声をかけられただけでなく言葉までかけられたんですか!?相当チャントと相性がいいですね。神様を待たせないようにお嬢様は少しでも早く魔法を学んだほうがいいですね。すぐ手配をさせますので一旦失礼します。ジェニンは続きを。」
そう言ってダジンはやや足早に書庫から出ていった。
僕はニアールのあまりの速さとチャントの適正の高さに驚き視線を離せないでいた。ニアールは僕のその様子に気づくと自慢げな顔で僕を見て口を開く。
「私を見つめるよりも続きをしたほうがいいんじゃないかしら?」
やや意地の悪そうな言い方で僕にそう言うが言う通りだ。
僕は再び目を閉じ最も楽しかった事に思いをはせる。里を捨てた罪悪感が邪魔をするが少しずつ楽しかった思い出が呼び起こされる。
歳の近いものと遊んでいた時?両親との会話?いや冬の魔道具の修練だ。父上と修練をし、倒れ母上に小言を言われるそんな日々が楽しかったのだ。
そして最も大切なものはもう決まっている。里の皆の命の天秤とかけた冬の魔道具以外ないのだ。そして冬の神を想像する。冬の神は想像できた。
氷のように白い肌。ニアールが着ているようなドレスの美しい女性。髪も白く表情は冷たく無表情。そしてその無表情の神は僕を見つめていた。おかしい。声がかからない。何故だ。ダジンの話では神様から声がかかるはずだが神様は僕を見つめ®だけで一向に口を開く気配がない。疑問が沸き、気づくと神様の想像が崩れ目を開いてしまっていた。
「うまくいきそうかしら?」
ニアールが僕に声をかけてくる。
「神様の想像ができているのにお声をかけてもらえずずっと見つめられています。お嬢様はお声をかけていただくまでにどれぐらいかかりましたか?」
「え?私は想像ができたらすぐにお声をかけてもらえたわよ。」
困惑気味にニアールはそう言う。
そんな会話をしているといつの間にかダジンが戻ってきていた。
「どうかしましたか?」
ダジンが僕たちに話しかける。
僕はダジンに神様の想像ができても声がかからない事を伝えた。
「なるほど、恐らく祈る神は間違っていないんでしょうね。ただ一番大切なものあるいは事。そこが間違っているのでしょう。答えはあっているのに過程が間違っているのでしょう。」
ダジンはそういうが僕は間違いなく冬の魔道具を守る事が一番だと自信を持って言える。だがそれは間違ってるという。わからない。
「ジェニン、お嬢様が特別速いだけで本来一日二日でできる事ではありません。ゆっくり進めましょう。とは言え二日後からはお嬢様と魔法を学んでいただくのでそれと並行してになりますが。それと今日はもう終わりましょう。午後は気分転換にゆっくりしてください。」
「わかりました。ではドクトさんと共に探索に行っても良いでしょうか?ドクトさんもチャントを使えるので少し話を聞いてみたいと思うのですが。」
「構いませんよ。明日からは私がお嬢様についていられないので今日のうちに話しておくのはいいかもしれませんね。」
「ではすみませんが早速行ってきます。お嬢様失礼します。」
足早に僕は詰所に向かった。
ドクトはチャントや魔術について教えられないと言ってはいたが何かヒントを聞けるかもしれない。それにうまくいかない時は体を動かすに限る。
詰所に行くと昼食をとっているドクトが居た。
「ありゃ?、今日はお勉強じゃなかったかお前。」
少し驚いた様子のドクトが僕に言う。
「チャントの修練をしていたのですがお嬢様はもう神様からお声がかかって僕は詰まってしまったのでお開きになりました。気分転換に探索にでようと思いまして。昨日ドクトさんが一緒に探索しようと言ってくれていたのでよければどうでしょうか」
「まあ構わんぞ。飯食い終わるまで待て。というかお前飯食ったか?」
「道中露店で買って食べてきました。」
「ならいいや。」
かきこむ様にスープとパンを口にしたドクトは立ち上がった。
「よし行くか!」
僕たちはザイン森林へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます