第10話 ポート子爵

「起きてるかー!ジェニン!」

ドクトが声をかけてくる前の荷馬車からドクトが声をかけてくる。

僕は景色を見て楽しんでいたので目はもうバッチリ覚めていた。

「起きてます!なにかありましたか?」

「魔獣だ!馬車を止めて手伝え!数がそこそこいる!腕のも治ってんだ。なまらねえように少し動け!」

「わかりました!」

そう答えながら僕は馬車から降りドクトの元へ駆けた。

見ると以前この近辺で出没すると聞いていたアームエイプが八体。

確かに数が多い。

アームエイプは賢く腕力が発達している。フェイントなどの駆け引きや発達した腕力を利用した投擲などを行ってくる強力な魔獣だ。

読み書き語学と合わせて近辺の魔獣についての話もされたがこんなに早く役に立つとは思わなかった。

この数が出てくると相当厄介だ。僕一人なら間違いなく死ぬ。

「ジェニン、俺が六でお前が二だ!いけ!」

「はい!」

返事をするとともに僕は野太刀を抜きアームエイプに肉薄する。

厄介な投擲をされる前に近づき腕力頼りの攻撃に絞らせる。

相手が二体なので挟まれないように位置関係には気を払いじりじりと距離を詰め野太刀の間合い近づけていく。アームエイプは賢い。ここで飛び込んできたりはしないしむしろ間合いに入りそうになれば距離をとる可能性もある。だから間合いに入る直前に僕は駆けた。

アームエイプは後ろ飛びに距離を取るが予想し駆けていた僕の間合いだ。

横薙ぎに野太刀を振るい二体のアームエイプを切り倒した。

「ふー……。」

剣の腕はなまっていない。むしろ食事と睡眠をしっかりとれていた事や広く野太刀を好きに振るえる環境だった事もありヴァナホッグで亜種やダイアウルフと戦った時よりもいい動きができた。

警戒はとかず切り払ったアームエイプに近づき息の根が止まっているか確認をし、ドクトのほうを見るとドクトはすでに四体倒しているところであった。

「ドクトさん!一体受け持ちます!」

僕はドクトのほうに駆け寄りながら叫ぶ。

「おう、早かったじゃねえか!なまってねえみたいだな!」

「はい、むしろヴァナホッグの時よりも調子がいいぐらいですよ。」

「は!良い事じゃねえか!それじゃあさっさと終わらせようや。」

僕は返事の代わりにアームエイプに肉薄し刺突からの切り上げでアームエイプを屠った。

当然のごとくドクトはいつの間にやらアームエイプを倒し納刀も済ませていた。

父上の友人というだけあってやはりとても強い。

少なくとも剣術の腕は僕よりも上だし経験も知識も遠く及ばない。きっと語学や地理以外にも多くの事を学ぶのだろうなとふと思った。

「ドクトさんはお強いのですね。僕が二体倒してる間に四体も倒しているなんて驚きました。」

「まあ傭兵はある程度強くなきゃ死ぬかまともに飯が食えねえからな。あとは経験の差だな。お前は冬の魔道具を使う訓練ばっかしてきたんだろうが俺はガキの頃から剣を握って実践だ。ちょっと魔法に手を出した時期もあるが基本剣一本でずっとやってきたからその差もある。」

「ドクトさんは魔法を扱えるんですか?」

「魔法はまあ察しろ。使えるのはチャントと魔術だな。正直どっちも俺はあんま使わねえが。あと先に行っとくが剣は教えてもチャントや魔術は教えられねえぞ。その辺は私兵の仕事が終わってからだ。」

「わかりました。それじゃあ行きましょうか。」

「ああ、本当は魔獣狩ったらその魔獣の特徴的な部位を持ってくと金になるんだが面倒くせえし、ただでさえ遅れてるからな。」

意地の悪そうな顔で僕を見ながらドクトはそう言った。

「その説は申し訳ないと思ってはいます……。」

顔を逸らしながら謝罪になっていない謝罪をした。


荷馬車に乗り少し経つと小さな門が見えてきた。

ドクトが門兵に挨拶をしそのまま通される。

街に入ると子爵領と聞いていたから大きな街かと思っていたがアッサム漁港よりやや大きい程度の街のようだった。

とはいえ店のようなものは沢山あるし人は大勢いた。

アッサム漁港でも里と比べた人の多さに驚いたのだがここはさらに多く目が皿になってしまった。

そうして僕が呆けている間にポート子爵の館に着いた。

子爵という偉い人の家とは思えないぐらい質素な館で年期も随分入っているようだった。

「おい、いくぞ。」

ドクトに声をかけられ彼の後ろについて館に入ると多くの人が綺麗な列を作り僕たちを出迎えてくれた。

よくわからないが歓迎されてる事だけはわかった。

「里のおぼっちゃまには大陸の出迎えがわかんねえか」

またしても呆けている僕にドクトが半笑いでからかってきた。

「誰だって初めての事はあるでしょうに……。」

エイプ狩りの時にからかわれた事もあってかややすね気味で答えてしまった。

ドクトは満足そうにズカズカと歩き館の階段を上っていく。慌てて僕も後に続いた。

階段を上がり右手のつき当たりの部屋にドクトはノックをして返事を聞かずにはいる。

「ポートさん久しぶりー!」

とても偉い人相手にする態度ではない。もしかして父上を相手してた時もこんな対応だったのだろうかと心配になった。

「ドクトか。少し遅かったようだがよく来てくれた。」

やや、やつれ気味の顔つき。初めて見る赤髪に顎鬚を生やした男。ポート子爵。

やつれているせいか威厳をあまり感じられない。そして顎鬚が父上に少し似ており懐かしさと共に胸が痛くなった。

「遅くなったのは悪かったな、助手兼弟子のコイツがちょっと怪我しちまったもんでな。」

ドクトはそう言いながら僕の背を軽く押した。

助手はともかく弟子は初めて聞いた。だが合わせるしかない。

「初めましてジェニンと言います。ドクトさんの助手兼弟子です。」

「ドクトお前が弟子を取ったのか?本当に?はっは!面白い事もあるものだな!」

やつれていたポート子爵が楽しそうに笑った。

「あぁ、すまない私はミトマ・ポートという。君たちには三年間私の私兵として働いてもらう。報酬についてはドクトに話していたが一人面白い子がついてきたから見直そうか。」

「いや、コイツには衣食住と学だけつけさせてくれればあとは魔獣狩りで稼げる奴だからそれでいい。いいよな?」

お金にはさほど興味がないしこんな言い方をされるとよくないとは言えないので頷く。

「そうか、本人がそれでいいならよい。後から待遇に不満がでればドクトを通さず直接言ってくれてもいい。あとは私と話すときはドクトのように_____に話してくれ。」今なんと言った?聞き取れなかった。

「ジェニン、ポートさんと話す時はかしこまらず俺と話すぐらいの距離感で話せばいいって言ってんだこのおじさんはな。」

「なるほど。ドクトさん砕けて話すのはわかりましたが子爵様相手におじさんは流石に失礼では?」

「かまわんかまわん。領民も友人のように私に接しているしそれが心地良い。君はドクト相手に敬意を払った話し方をしているようだが私相手ならもっとくだけてもかまわんぞ。」にこりと笑いながらポート子爵はそういうが父上とそう変わらないであろう歳で子爵様という偉い人相手にそんな態度を取る勇気は僕にはなかった。それに語学の勉強に使った本にはくだけた話し方がなかったからそういう話し方がわからない。

「ありがとうございます。でも僕はこういう話し方が楽ですのでこういう話し方でも構わないでしょうか?」

「少し寂しいがそのほうが楽なのならそうしなさい。」

優し気にそういう彼はやはり父上に少し似ていた。なおの事言葉を崩せないだろうなと感じた。

「あとは君たちがよく関わるであろう者達を紹介しようか。ダジン、ニアールを呼んできてくれ」

「はい旦那様」

ダジンと呼ばれた男は会釈をし去っていった。

「さて、その間にこの三年でお願いする事を伝えておこう。基本は私や家族の護衛と要請があれば兵たちと共に魔獣討伐に出てもらう。そしておそらくほとんどが魔獣討伐になる。私の量は肥沃な土地のせいか魔性生物が多くてね。毎日そこかしこで被害がでている有様だ。おそらくは上位種が蔓延り、単体で広く縄張りを持っているせいか原生種が人里に下りてきているようだ。だから三年かけて上位種の数を大きく減らしてもらうのが実際の役割になる。ドクトは心配ないがジェニン君は大丈夫なのかい?」

心配げにポート子爵はこちらを見るとドクトが口を開いた。

「コイツはヴァナホッグ森林でこの野太刀を使ってダイアウルフの亜種を一人で倒してるし、片腕がまともに使えない状態でもダイアウルフを四体狩った。剣の腕なら心配ねえっすよ」

「待て、亜種を一人で?ジェニン、歳は一体いくつだ?」

「歳は今年で十二になりました。僕は部族のようなところで生まれ育ったので多少剣が扱えます。」

「十二と言えば私の子と三つしか違わないじゃないか……」

「そいつはちょっと特殊な環境で育ってるからあんま気にしなさんな。んで仕事の内容はわかった。本格的にはいつから動けばいい?」

「旅疲れもあるだろうし屋敷や街の案内もあるから一週間後から動いてもらう。それまでは自由に過ごしてくれ。」

「あいよー。」

ドクトが適当に答えた。本当に失礼な人だなこの人……。

「それではニアールが来るまでお茶でも飲んで待っててくれ。」

そう言われ僕は初めて飲むお茶の味に驚きドクトと子爵に笑われてしまった。

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