第8話 転機

 苛立ちから強く野太刀を握りしめていた。

 そして目の前には冬の魔道具の存在を知ってしまった人物がいる。盗むなら今自分の目の前にこれがないのはわかっているが最後の守り手として油断をしてはないけない。

 ドクトが口を開いた。


「お前が死なせたって意味、まあわからんでもないが戦場で他に気を取られたリオンが悪い。お前は悪くないって言ってもお前の立場なら俺も自分を責める。だからそこはお前がまあ自分で折り合いをつけろ。それにしても西の果ての里が滅んだかあ……。次の仕事が終わったら顔出そうと思ってたんだがなあ。」

 無精ひげを撫でながらドクトは寂しそうな顔をしてそう言った。


「お気遣いありがとうございます。でもあなたの言う通り僕は自分を責めます。父上が死ななければマントを身に着け酷寒の吹雪を使い、敵を全滅させて里はまた平和な日々を過ごしあなたもきっと里に訪れる事が出来ていた。」

 心からそう思っている。何度も何度もあの時注意して歩みを進めなかったのかと自分を問うたかわからない。


「だろうな。傭兵長くやってりゃあの時こうしてればあいつは死ななかったなんて事は何度もあるから少しだけ気持ちがわからんでもない。まあお前の歳で人の命がかかった場面に遭遇したのには正直同情する。で、お前は冬の魔道具を使いこなせないが守り手として生き続けると。」

「そうです。僕の命の唯一の価値です。責務です。」

「ほーん、じゃあ冬の魔道具を使いこなさないとな。お前が俺の事を信用してるかしらんが公用語は教えてやる。子爵に俺の弟子の傭兵として紹介もしてやる。嫌なら蹴っても構わん。話を聞く前と事情が変わった。どうする?」

 信用半分まだ疑い半分。気持ちの上ではもう信用している。だが理性はすべての人を疑えと言っている。ドクトが言っている事は当初の約束を考えれば破格だ。傷を治療し、船に乗せ、言葉を教え、あとは好きにしていいと言う。

 だが……それは父上の友人に対してどうだ?父上の命を奪っただけでなく友人に唾を吐くような事もするのか?ぐつぐつと自分の感情が高ぶってるのがわかる。

 努めて冷静にドクトに答えと質問をする。


「僕は父上母上の実の子ではないので恐らく冬の魔道具を使いこなせません。何かが欠けます。父上の見立てです。ドクトさんは今話を聞いて事情が変わったと言いましたがそれはどういう意味ですか?」

「まあ最初はせいぜい家出したガキだと思ってた。立派な野太刀もぶら下がってるし剣術はそれなりにできるならダイアウルフでも狩らせて取引って形でお前を目の届くところで見てやろうと思ってた。だが里が滅んでお前が最後の守り手になったなら事情は別だ。お前がどうするか決めろ。ただ一つ俺からお前にしてやれる事がある。五年俺にくれるなら冬の魔道具を扱いきれるようにできるかもしれん。」

 僕と父上の事を考えて気を使ったうえでの条件だった。今の彼の言葉で完全に心は気を許してしまった。

 そして血がつながっておらず父上の見立てで扱えないと言った冬の魔道具を扱えるようになる?そんな事があればきっと僕は守り手としての責務を果たせる。


「気を使ってくださってたんですね……ありがとうございます。それで申し訳ないのですが冬の魔道具を扱えるかもしれないとはどういう事ですか?」

「そうだよ、ったく亜種と上位種見たら逃げろって言ったのに戦って死にかけやがって……。死にかけのお前見つけた時は本当肝を冷やしたぞ。んで冬の魔道具についてだが俺に魔道具の知識はない。だが魔道具や魔法に詳しいやつらのいる一族を知っている。ポート子爵のとこで三年働いて、その後そいつらのいる所へいくのに半年、信用を得るのに一年半。一年半は俺が信用されるのにかかった期間だ。俺の紹介ならもうちょい短くて済むかもしれんな。どうするかはお前が決めろ。あくまでもかもってだけの話だ。それで五年かけて駄目でしたーってのも全然あり得る。」

 五年……長い。僕の生きてきた人生のほぼ半分の期間だ。即断するには難しい話だ。


「あー、今答えなくていいぞ。こんなもん俺でも悩むわ。とりあえずお前は傷を治しながら語学の勉強してその合間にどうするか考えろ。船旅だけでも半月ある子爵ん所までついてくるならもう二か月あるんだ。返事はギリギリでも構わねえよ。とりあえず今日は飯食って寝ろ。顔色が悪い。」

 そう言ってドクトは部屋を出て行った。

 理性はまだ起きて考えろと言っているが心は安心しきってしまっていた。

 僕はまた意識を失った。

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