第7話 夢の終わり

母上の美味しいスープを父上と二人で待つ。

「母さんそう言ってやるな。無理をするなと言われても無理をしてしまうのが男の子というものだ。母さんなら私の若いころを知っているだろう。」


父上は母上のお小言から僕を庇うように昔話をしてくれる。

「私もよく父上に抱かれている姿を見ていただろう。それにジェニンは私よりもよく倒れる!それだけ努力ができる良い子じゃないか!」

父上は嬉しそうにそう言ってくれた。


「もうあなたがそうやってなんでも褒めるからこの子が頑張りすぎちゃうんでしょう。」

心底困ったように母上は言うが本気で怒った事はない。

なんだかんだで頑張ってる僕の姿を見て喜んでいると父上からこっそり教えてもらったから僕はこのやり取りが好きなのだ。



「はい、スープ。熱いからゆっくり飲むのよ。」


「お、できたか。ジェニン自分で飲めるか?飲ましてやろうか?」

父上が意地の悪い顔をしながらそう言ってきた。


「父上それぐらいできます。からかわないでください。」

僕はやや気だるげだが無理をして断る。


「うん!美味しい!今朝食べたばかりだが母さんのスープは最高だな!」

父上がそう言いながら一口二口とスープをすする。


「美味しい美味しいといって食べてくれるのは嬉しいけれど毎日毎日飽きないわねえ。」

あきれ半分照れ半分そんな様子の母が微笑んでいる。

そして僕も湯気立つスープをふうふうと覚まし口にする。





そしてやっと気づいた。



母上と父上が居るわけがない。



父上と修練ができるわけがない。



母上のスープが飲めるわけがない。



里があるわけがない。



里に自分がいるわけがない。



何故なら僕がこの環境を壊し、里を捨てて去ったのだ。



僕は冬の魔道具守り手としてダイアウルフ亜種の首をドクトに届け船に乗り、言葉を覚え、傭兵の仕事を貰い安住の地を見つけなくてはならないのだ。

本来ならこんな幸せな夢を見る権利もない。むしろ冬の魔道具の守り手としての責務を少しでも怠った罰を受ける必要すらある。

気だるかったはずの体が軽くなった。


「「ジェニン?」」


いきなり立ち上がった僕を父上と母上が怪訝そうに僕を呼ぶ。



僕は冬の野太刀を持ち2人を横薙ぎに両断した。



気づくと体が揺れていた。

体が重い。左腕も痛む。だが生きてる。左腕を見て気づく冬の鎧が脱げている……!!

重い体に鞭打ち起き上がる。

周囲を見るとベッドの横に冬の魔道具が全てまとめて置かれていた。

安心した僕はベッドに倒れこむように横になった。


「ジェニン?起きたのか?」

ノックの後ドクトの声がした。


「先ほど目が覚めました」


「入るぞー。つってもお前脱がしたの俺だし治療の時医者に真っ裸見られてるんだけどな。」


そう言いながらドアを開け半笑いのドクトが部屋に入ってきた。


「ドクトさん僕はヴァナホッグで倒れたはずだけどどうして生きてるんですか?それとここはどこですか?」


「気になる事は沢山あるだろうな。」

カラカラ笑いながらドクトはそう言った。


「お前が生きてるのはヴァナホッグでダイアウルフの遠吠えが聞こえてすぐに俺がお前を探しに行って見つけたからだ。で、ここは船の中。」


「船…なるほどだから揺れてるんですね。」


「そういう事。んでお前さあ、なんで亜種と戦ったの?俺は亜種と上位種見つけたら逃げろって言ったよな。」


そう言われて答えに困った。

沈黙の中船が何度も揺れた。


「ま、いいや。生きてたし。死んでたらリオンに合わせる顔が無かったけど怪我だけなら許してくれるだろ。大丈夫だよな…?」

真剣な顔から困り顔に百面相をするドクトに答えを用意できなかった僕は安心した。


「それでお前はなんで冬の魔道具持ってんの?」

安心した端からドクトは僕の心臓が止まるのではないかと思う一言を放った。

飛び起きるようにして野太刀に手を伸ばす。


「待て!待て待て!事情は知らんが別に冬の魔道具に用はねえよ!狙ってたらご丁寧にお前の枕元にソレが置いてあるわけないだろ!落ち着け!お前まだ半死人なんだぞ。」


そう言われて納得をした。だが野太刀は握った。


「落ち着いたようだな。落ち着いたても野太刀を握るか」

ドクトは困ったように無精ひげを撫でた。


「西の果ての里の人間が里から出てる時点で何か事情があるんだろうとは思っていたが冬の魔道具持ちとは思わなかったからあんな約束しちまったがどうしたもんか。事情は話せるか?」


困り顔から真剣な面持ちで聞いてきた。


「父上と面識があるあなたに嘘をついてもそのうちわかる事でしょうから説明をします。父上は死にました。里は僕のせいでなくなりました。ですが冬の魔道具の最後の守り手として責務を果たそうとしています。」


「お前が?恩人が死んだとなれば正しい最後を知りたいと思う俺の気持ちを酌んでもうちょい詳しく教えてくれねえか」


あの時転ばなければ父上は死ななかった。

父上が死ななければ父上が敵を倒して里の皆は生き残っていた。

だから僕が死なせたのと変わらない。


「冬の魔道具を狙う大群がやってきました。父の背を守ると言い、戦っている最中僕が転びました。僕に気を取られた父上の胸に矢が刺さりそのまま亡くなりました。そしのせいで大群を押し返す力を失いました。僕が転んだ事で父上の命を奪い、里の命を奪いました。これが全てです」


そう語りながらこれ以上ないほどに重いと思っていた体がより重くなったように感じた。気分も悪く吐き気が止まらない。

これだけの事をしてしまった自分は先ほどまで幸せな夢を見ていた事を思うと自分への怒りが止まらなかった。

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