第5話 ヴァナホッグ森林地帯
ドクトは命よりも大事なものはないと言ったがそれは嘘だ。
命よりも大切なものはある。里の命と天秤にかけられたこの冬の魔道具は間違いなく命よりも重い。重いはずだ。そうでなければ両親や里の皆は一体なんだったのだ。
そして僕の命よりも重く、僕の命のほうが圧倒的に軽い。だが冬の魔道具を守る者はもう僕しかいないため、僕が死ぬと冬の魔道具が他人の手に渡るという矛盾。
多分僕は死にたがっている。両親を見捨て、里を見捨てて今ここにいる。その事実が常に頭のどこかにある。それに耐えきれていないのだろう。
そうじゃなければドクトが出会ったら逃げろと言っていたダイアウルフの亜種を前に野太刀を向けていない。
「フーッ…!フーッ…!」
想像を超える強さの亜種を前に息が切れる。
ホワイトウルフに似た魔獣と聞いていたがこの亜種は全然違った。
このヴァナホッグ森林地帯に擬態するかのような緑の毛色に加えて鋭い爪が厄介すぎる。
ホワイトウルフよりも素早く見失いやすいのにもかかわらず目視しにくく見失うと命取りになる。それだけでなくコイツは魔法を使ってくる。間違いなく避けたはずの爪のひっかきがわずかにかすっていた。ひっかく瞬間に爪を伸ばしさらに風の魔法を付与しているようだ。
素早く見失いやすく見つけにくく、爪を伸ばし、魔法を使う。純粋に強い。冬の鎧でなければかすったひっかき傷で出血していた。
そして森林地帯という立地は僕が使う野太刀と相性がすこぶる悪かった。
僕の身長よりやや短い程の刀身は気にひっかかり大きな隙を生む。
僕が冬の魔道具を使いきれていれば刀身の長さを変える事も出来るのだがそれもできないため、ここぞという時以外は野太刀を振るう事すらリスクになる。
素早く動きまわる亜種を相手に僕は避けて見失わない事だけに精一杯だった。
何か……何か考えないと間違いなく死ぬ。
冬の魔道具は使えない。使えば追手に見つかる。ドクトにも冬の魔道具を持っている事が露呈する。
出来る事は刺突からの切り上げのみ。分かってはいる。だがそれを実行する隙がない。
なんとか凌いではいるがこのままだとジリ貧だ。
ホワイトウルフとそう変わらないと聞いていたから亜種であっても余裕を持って狩れると思っていたが格が違う。
そして僕は半月近く強引な移動を続けて万全ではない。ここまでくるともはや逃げる事も叶わない。
もう亜種を殺すしかないのだ。
覚悟を決め刺突をいつでも繰り出せるように構える。亜種はこちらの様子をうかがいながら素早く移動を続けていた。
僕は誘うように少し体のバランスを崩すと亜種は爪ではなくその牙で僕を穿ちに来た。
今ここだ!野太刀を突き出した。
野太刀の刀身は亜種の口から尻尾の先まで貫きやつの命を奪い取った。
だがやつは最後に僕の腕に大きな置き土産に大きく深いひっかき傷を残していった。
腕から指に滴る血が地面へと落ちていく。
ヴァナホッグ森林には魔獣が多いと聞いている。おそらく血の匂いに誘われて魔獣達が寄ってくる。
僕は速やかに腕の傷を止血し亜種の首を刈り取り町へ向けて走りだした。
亜種が残した僕の左腕の傷は想像以上に深かったようだ。走れば走る程血があふれ出してくる。そして僕の行く手をふさぐようにダイアウルフが現れた。当然だが手負いの僕の命を狙っているだろう。ダイアウルフよりも強い亜種の首の血の臭いもしているはずだがそれを無視して襲いかからんと立ちはだかるという事は僕の傷の深さをよく理解しているのだろう。
幸か不幸か冬の魔道具として野太刀を使えるため重さはほとんど感じないが片手でどこまでやれるかは未知であった。
そして亜種の時と同じく刺突からの切り上げでしか戦えない。正直切り上げる力が足りるかどうかが怪しい……。
時間が経てばたつほど有利になるダイアウルフはこちらの様子をうかがうばかりで襲ってこない。先ほどのようにカウンターも狙えない。
こちらから仕掛けるかあるいは回り道をして逃げるしかなかった。そして僕は仕掛けた。傷で痛む手で石を握りこみ投げつける。当然のようにダイアウルフはそれを避け僕から距離を取ろうとしていた。僕はお構いなしに突っ込み刺突を繰り出した。ダイアウルフは横跳びに避けたが僕は刃をダイアウルフのほうに向け刀身の峰を蹴りダイアウルフを斬りつけた。
だが命を奪う事はかなわず刀身の先は木に引っかかりダイアウルフの命を助けた。素早く刀身を引き抜きダイアウルフの様子を見るとダイアウルフは右目が潰れていた。
ダイアウルフは怒りをあらわにする様に牙をむき出し、残った左目でこちらを強く睨みつけていた。
僕は正直勝ちを確信していた。
僕よりもやつのほうが深手を負っているし片目を失い死角もできている。負ける道理がなかった。
一対一ならば
仕掛けてくるかと思った瞬間やつは遠吠えを始めた。
不味いと思った瞬間刺突を繰り出し奴を絶命させたが今の遠吠えで間違いなくダイアウルフ達が寄ってくる。二体以上のダイアウルフを相手どれば死ぬ。亜種を倒した時のように走りだす。だがあの時よりもより危険度が上がっておりすべての力を振り出すかのように走った。僕の足とダイアウルフの足なら間違いなくダイアウルフのほうが速い。だから追い付かれる前に町にたどり着かなければならない。
最悪ヴァナホッグを出られれば門兵がいるからなんとかなる。そう思い走り続けた。道中亜種に傷つけられた腕の感覚がなくなりだらりとぶら下がる状態にもなった。そして木にぶつける事もあったが無視して走り続けた。
だが奴らは現れた。
一、二、三、四体……。
勝てない。撒けない。先ほどのダイアウルフを倒した時よりも動けない。もう出来る事は二つだった。ダイアウルフにただ殺されるか冬の魔道具を使い奴らを蹴散らすかだ。一瞬、一瞬だけ酷寒の吹雪を使いやつらの足を止め野太刀で穿つ。僕はマントの能力を扱いきれず耐寒性能は十分ではないがそれしかないと思い、そう決めて覚悟をして酷寒の吹雪を発動した。
小規模な吹雪を野太刀から発生させた。
耐寒能力が足りず僕自身の動きも遅くなったがダイアウルフは寝耳に水、見た事もないであろう吹雪と寒さで完全に体が固まっていた所を一突き二突き三突きそして四体目は木に遮られる事はなく横薙ぎに切り払う事が出来た。
血の臭いに誘われてまた別の魔獣がやってくる可能性を考えすぐに走り出そうとしたが、出血と吹雪により冷えた体が思うように動かず気づくと膝をついていた。
酷寒の吹雪と腕の傷から流れ出る血で体温が下がりきり体が動かず僕の意識は落ちていった。
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