第32話 早乙女さんの引っ越し
悪の組織の会長であるお祖父さんと決別して魔法少女であることを貫く決意をした早乙女さんが実家を出て私も住む寮に越して来た。
角部屋で隣室も空室だし真夜中に懐メロ歌いながら自己中な上司や同僚への鬱憤を晴らしてきたけれど、早乙女さんが隣人になったからにはそれも出来なくなる。少し寂しい。
そして早乙女さんはやって来た。
大型トラック三台を引き連れて。
「いや、そんなに荷物入るかーーーい!!!」
この寮がどんな豪邸だと思ってるんだ!
普通の1Kだよ!!
「これでも家具や家電を厳選してきたんですが……」
「うん。入りきらないね。ちょっと一回ご自宅に戻そうか」
そして大型トラック三台は元来た道を引き返し、早乙女さんの入居は家具選びからになった。
「お恥ずかしい話ですが、手狭な室内に合う家具というものが分からなく…山田さんに選ぶのをお手伝いしていただけますと助かります」
「さらっと庶民disるのやめよっか」
こうして有給を使って二人で家電製品から家具小物まで見て回る事になった。
そういえば、今のところで同僚とこうして二人で出掛けるの初めてかもしれない。
「早乙女さんはどんなのが好み?」
「そうですね……今までは天蓋付きのベッドでしたから上部がなくなると開放感がありますね」
「うん。そっちの方が特殊だからね。とりあえず色々見て回ろっか」
こうしてあれでもない、これでもないと二人で普通の友人のように喋りながら店舗を見て回るのは新鮮だった。
戦いか基地内でしかほとんど会わなかったもんな。こうして話をしてみると早乙女さんのズレたお嬢様っぷりも楽しい。
カフェに入るのも初めてのようだった。
「見るもの触るものすべて新鮮で楽しいです」
にこにこ笑う早乙女さんに、今日着いてきて良かったなと思った。
最低限の物は大体買い揃えた。
あとは生活していきながら必要な物を揃えていけばいいだろう。
「山田さんの値切り交渉、鮮やかで粘り強くて凄かったです!」
「ふっふっふ、そうでしょう。一店舗であれだけ買ったんだから多少勉強してもらわないと」
ブラックカードも実家に置いてきてこれまでのお給料しか所持金がない早乙女さんにはいきなりの家具家電の一式購入は懐が痛むだろうと頑張ってみた。
「このあとどうする?せっかくの休日に二人で居るんだし、買った小物とかの荷物をロッカーに預けて映画でも見る?」
私の提案に早乙女さんが瞳を輝かせた。
「映画!私、映画館で観たことないのでぜひ映画館で映画を観てみたいです!」
あまりの食い付きに苦笑して、ロッカーに荷物を突っ込んで居たショッピングモール併設の映画館に来てみた。
「今の時間帯なら流行りの恋愛物かロボットアニメか……海外のヒーロー物だね。どうする?」
「私、恋愛物を見てみたいです!実家では御法度だったので!」
「えっ、なんで?」
早乙女さんは少し寂しそうにした。
「政略結婚をするのに恋愛感情を持ってしまったら不都合があるからじゃないでしょうか?」
「それは……」
早乙女さんに政略結婚の相手でも居たんだろうか?許婚とか?いやでも踏み込んじゃいけない事だろう。
「よし!恋愛物を見よう!私の持ってる少女漫画も帰ったら貸すよ!」
「はい!あ、あとポップコーンとジュースを食べながら観てみたいです!」
「ははっ、定番だねぇ。私も大好きだよ!」
こうしてポップコーン選びもわいわい騒いで映画は静かに観て主人公の女の子に感情移入……出来んかったわ。
そんな男、スクリューパンチで沈めたれやって思っていたけどなんとかすれ違いから復縁してスクリーンの中の二人はハピエンを迎えていた。
隣の早乙女さんを見ると感極まったように目が潤んでいたので、そっとティッシュを差し出した。
「ありがとうございます」
ここで私が映画の感想に男をドロップアウトさせたいとか言ったら台無しになるだろうから先程とは違うカフェで黙って早乙女さんの一生懸命な感想の聞き役に徹した。
粗方喋り終えたら、そこでぽつりと早乙女さんが呟いた。
「…………私、友達居たことないんです」
「えっ」
いくら純朴栽培お嬢様早乙女さんでも今までの人生で友人の一人も居ないなんてことはないだろう。
「お祖父様が、付き合う友人は選びなさいと仰って、でも誰も祖父のお眼鏡に敵わなかったんですよね」
寂しそうに過去を思い出して切なく控えめに微笑む早乙女さん。
なんてこった。
早乙女さんのお祖父さんは悪の組織なんてアホみたいなものを作るだけじゃなくて早乙女さんの人生にもこんなに深く介入していたのか。
しかも悪い方に。
「じゃあ、私が早乙女さんの、由利亜の友達一号だね」
ニカッて笑って由利亜の手を取って握った。
「山田さん……」
「真理亜でいいよ!」
呼び方で何が変わるかも分からないけれど、こうして笑い合えることに理由なんて要らない気がした。
由利亜は少し照れくさそうに返してくれた。
「真理亜…これからもよろしくお願いします」
「もちろん!仕事でもね!」
ふふふっとカフェで手を握って笑っているのもいつかいい思い出になるだろう。
「前から思ってたけどさ、真理亜と由利亜って名前が似てるよね」
「ふふっ、そうですね」
由利亜が楽しそうに笑うから、やっぱりすべての元凶のお祖父さんが尚更許せなくなってきた。
「私は、由利亜のお祖父さんが悪の組織の会長だからだけじゃなくて色々許せなくなってきたな」
「真理亜……でも、お祖父様も悪い人じゃないんです。厳しいところはありますが」
うん。悪い人じゃなかったら悪の組織なんて作らないよね。
でも、なんで悪の組織なんて作ってエイリアンに街を襲わせたりしているんだろうか?
「まあ、とにかくこの鬱憤を由利亜のお祖父さんにぶつけよう!」
決意を込めて自身の手をグッと手を握る。
「そんでもって由利亜のお祖父さんの歯を総入れ歯になるくらいぶん殴ろう!」
「いえ、さすがにそこまでは…」
由利亜が秘密を告白してくれた時のように、おー!と握り拳を天に掲げたら由利亜からストップが掛かった。
まあね。実の祖父がそこまでボコ殴りされるのは見たくないよね。百発くらいにしとくよ。
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