第19話 初めての敗北
フレンチコース料理にも打ち勝ち、早乙女さんのセレブピュアオーラ後光にも慣れた私は早乙女さんがどれだけピュアオーラ後光を出しても平気になってきていた。
サングラスももう要らない。
「どうしよう…どんどん無敵になっていく…」
自尊心も増長されていった。
要するに、私は調子に乗っていたのだ。
ある日、珍しく全員が出動している戦闘でとうとう四天王であるパシリが現れた。
私はパシリなんて名前なら余裕で勝てるだろうと、油断は決してしないながらも思っていた。
しかし、結果は敗北した。
こんなに痛くて苦しくて何故戦わなくてはいけないのかという気持ちになったのも久々だった。
最前線で戦い無惨にぼろ負けした私にユリアさんも戦意喪失し、それでも自力で立てなかった私を必死に連れ帰って敗北のまま基地に全員逃走した。
医務室で手当てをされ、点滴を見ながら「ああ、負けたんだな」と思った。
魔法少女になってから負けなんてなかった。
筋トレも欠かさないようになった。
これまで勝つために頑張ってきた。
それでも負けた。
私は負けたんだ。
泣くに泣けなかった。
…泣いたらまた立つことも出来なくなる気がした。
でも、泣かなくても結局私は立ち上がれなかった。
痛いのが怖い。
負けるのが怖い。
あの時の絶望的な早乙女さんの顔が怖い。
みんなの期待を裏切るのが怖い。
魔法少女を辞めたいと思いながら戦ってきたのは、次の職場が見つからないのも本当だけれど結局楽しかったから。
屑だけどボスや口の悪いキュートさんや働かないと愚痴りながらも個性的な仲間が好きで楽しくて長々と居座っているうちに愛着が湧いてしまった。
そんなみんなのあんな顔を見たくはなかった。
ベッドで丸まって、何も考えたくはなかった。
しばらくして、丸まったまま無防備に寝ていたのかキュートさんがいることにすら気付かなかった。
正直、まだ誰にも会いたくはなかったが、そんなこと気にもしないキュートさんに訊ねられた。
「大丈夫かい?」
「……大丈夫じゃない人間に聞いちゃダメらしいよ、それ」
「そんな憎まれ口が叩けるならまだ大丈夫だ」
全然大丈夫じゃない。
まだ震えが残っている。
またあの痛みと苦しみとみんなの顔を見るのが怖い。戦いたくない。
「怖いのなら戦わなくてもいいよ」
キュートさんは淡々と言った。
「今までもたくさんの魔法少女が絶望して辞めていったんだ。ボスや僕のことは言い訳。だからボスも屑の振りをしているんだ。本当に活動資金をパチンコに注ぎ込んでいるならさすがに上からクビになるはずだろう?」
何も言えない私にキュートさんがなおも続ける。
「辞める言い訳でも理由でもなんでもたくさん用意が出来ている。ステッキはまだ君に預けておくけど、不要になったら気軽に返却してくれればいい。ここにいる職員の誰にでも渡してくれれば構わない。みんな、慣れているからね」
ステッキがなくなったら私は魔法少女になれない。
……負けたままはいやだ、勝ちたい。
街を、人々を、仲間のみんなを守りたい。
でも戦いたくはない。
「用件はそれだけだよ」
キュートさんは一方的にそれだけ言うとのんびりと医務室から出ていった。
私はベッドに丸まったままシーツを握り締めるしかなかった。
私を魔法少女に誘った気軽さのように、魔法少女を辞めることを気軽に提案してくる。
ボスやキュートさんの屑さは魔法少女が辞めるための言い訳?
そんなの、今更言うなんてずるい。
結局私は立ち上がることも辞めることも続けることも出来ずに医務室で寝ることにした。
四天王のパシリであんなに強いなら、その上の専務、社長、会長はどうなるんだろう?
…私は怖くなった。
死ぬかもしれない。
今までも危険や恐怖があることもあったけれど、こんな明確な殺意に当てられたことがなかった。
魔法少女として、なんで戦わなきゃいけないんだろう。
……そうだ。応援してくれている子がいる。
その子のためにも茶色い魔法少女でも戦わなきゃ。
……本当に?本当に、その役目は私じゃなきゃだめなのかな?
私が魔法少女である意味って、なんだろう?
再び警報音が鳴り響いた。
敵には四天王のパシリもまたいるという。
とりあえず、基地に向かうためにと点滴も外され医務室からよろよろと歩いていく。
まだ万全でもないのに、敵が出たからには戦わなくてはならない。
だって、みんなを守る魔法少女だから。
…魔法少女は誰から守られるんだろう?
ボスやキュートさんが辞める理由になってくれていても、最前線で戦うのは私達だ。
仲間のみんなで力を合わせて頑張る?
負けたのに?みんなボロボロなのに?
基地内には既に全員が揃っていた。
最後に来た私を一瞥してみんながボスを見た。
他のみんなは満身創痍ながらも出動の準備をしていた。
まだ戦うんだ。
私は他人事のように思った。
「……魔法少女に、なりたくありません」
決死の言葉だった。
怒られてもいい、罵られてもいい。
また負ける痛みよりもあの感情を味わう方が嫌だった。
ボスは一言「そうか」とだけ言い他のメンバーに出撃の命令を出した。
他のメンバーは痛む体を押さえて戦場に出た。
出れなかったのは私だけだ。
早乙女さんだけは気遣うようにこちらを見たが、向き合えなかった。
私は、私自身にも負けてしまった。
その日も、みんな敗北して帰還した。
二連敗だ。メディアにも叩かれている。
SNSも炎上派と擁護派で別れている。
私は、私達はどうしたらいいんだろう?
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