第7話 三崎兄弟

「どういうことですか?」

ミサキさんが珍しく出勤したと思ったらずずいとスマホを私の顔面に押し付けてきた。

「ちょっ、近い、近いです!何がですか!?」

「この写真です。なんで直人が魔法少女にノリノリでなっているんですか?」

「その件に関しては直人くんが学校から帰ってきてからご本人にお尋ねください。私は転職活動で忙しいので」

デスクに向き返り求人を見る。

なかなか条件に合うのがないな…。


直人くんが魔法少女になった件に関しては、兄が好きすぎて同じく魔法少女になりたがって押し掛けてきたとか言いたくない。

抱き枕とか変身の掛け声が「兄さん!大好きーーー!!」とか言ってるブラコンの責任取りたくない。

私はなにも知らない。知りたくもない。




知らない間に新人が入ったということで今日はボスもパチンコに行かずに基地内にいる。

「まったく。ボスである私も知らない間に新入りを入れないでほしいな」

「いや、ボスがパチンコ中にスマホの電源切ってて連絡取れなかったからですよね?」

「正論過ぎてなにも言えないな!」

わはははは!!と豪快に笑うが上司としてダメ過ぎるからな?

だからこれまでのまともな魔法少女が辞めてったんだからな?

私も転職してすぐ転職活動することになってるんだからな?

どこの会社も、やめる原因は分かっているのにその原因だけはいつまでも辞めずに会社で長々といてはのさばって出世してでかい顔をする。

やってらんねー。

かつてのブラック企業の数々を思い出しては胃が痛む。

あの頃は精神も病みかけてたからな…。

今はボスやキュートさんが何か言ったら即どつけるくらいには図太くなれた!

ボスやキュートさんが規格外の屑のおかげだね!




そうこうしている間に直人くんが学校から真っ直ぐ基地に来てしまった。

弟が勝手に魔法少女になってお怒りのお兄さんと、兄の魔法少女姿の抱き枕がほしい…違った、魔法少女として支えたい弟との対決だ。


切り口はミサキさんからだった。

「魔法少女は、直人が思っているほど楽じゃないんだ」

いや、あなた変身すらしたことありませんよね?

兄に憧れる直人くんのために名誉を傷付けないよう言わないけど。

「温泉地巡りをしてSNSに感想や情報を載せるだけじゃないんだ」

いや、それはあなたしかしてませんよね?

兄に憧れる直人くんのために名誉を傷付けないよう言わないけど。

「凶悪な敵エイリアンと戦わなくてはいけない」

いや、あなた戦ったことすらありませんよね?

兄に憧れる直人くんのために名誉を傷付けないよう言わないけど。


………あれ?直人くんの方が魔法少女として優秀なのでは?

変身して真面目に敵エイリアンと戦って勝ったし…。

未成年とブラコンなのが問題だけど…。




でもちょっと待てよ。

魔法少女にまともなメンバーが居ないせいで未成年にワンオペ魔法少女を任してしまうことに罪悪感をほんの少しだけ持っていたけれど、ここまでミサキさんが直人くんが魔法少女として戦うことに反対なら、ミサキさん自身が魔法少女として変身して戦ってくれるのでは!?

兄弟魔法少女として、大活躍してくれるのでは!?

「ミサキさん!そんなに直人くんが心配ならミサキさんも魔法少女として戦えばいいんですよ!」

「そうだよ、兄さん!僕も兄さんが一緒に魔法少女として戦ってくれるなら心強いよ!あと写真たくさんほしいし抱き枕とかほしい!」

「後半の自分の欲望は抑えようか!直人くん!」

本当に自分の欲望に忠実だな、この兄弟。家系か?

「だけど…、それは……」

言い淀むミサキさん。

そうだよね。

今まで変身したことも戦ったこともなかったもんね。単なる穀潰しだったもんね。

全部弟に先越されちゃったもんね。




言い合うまま先に進めない兄弟にキュートさんが軽く声を掛ける。

「まぁまぁ、ミサキくん。三崎直人くんももう兄好き∞のナオとして魔法少女登録しちゃったし~!許してあげてよ~!」

「そんなにひどい二つ名なの!?」

「いえ、事実なので大丈夫です」

なにも大丈夫じゃない!

いやでも魔法少女に変身中は美少女な小中学生にしか見えない…。

そんな少女が兄好き∞とかいってるならまだ許される…。許されるよね?知らんけど。

「もう登録しちゃったなら後には引けないよ。ここは直人くんの想いを受け取って、一緒に魔法少女として戦おう?」

「そうです!兄さん!そして僕に魔法少女姿を見せてください!記録映像を撮らせてください!抱き枕だけじゃなくて手縫いでぬいぐるみ作っても許してくれる?」

「ちょっと本音隠そうか、直人くん」

私が直人くんの肩に手を置いて宥めていると、ミサキさんは悩んだ末に答えを出した。

「抱き枕以外なら許可する」

「ありがとう!兄さん!」

いや、抱き枕以外もやべーだろ。

許可していいんかい。なんだよこの兄弟。




私がブラコン兄弟の茶番劇やってらんねーという感情を隠しきれずにキュートさんとお茶請けのお菓子をボリボリ食べていると、けたましい警報音が鳴り響き、敵エイリアンの出現を警告した。

食べたばかりで現場まで全力ダッシュか…きついな…と思っていると、キュートさんが魔法の力で三人とキュートさんを現地送りにした。

「いつもの全力ダッシュじゃない!そういえば初回は魔法の力で転送してましたよね!?なんであれ以降ダッシュさせてるんですか!?」

「僕が疲れるからね!走って辿り着くなら走らせたいのさ!山田真理亜くんにとってもいいダイエットになるだろう?」

「言い方!!!!」

贅肉が気になるお年頃なんだから配慮してよね!!




悪のエイリアンは蛸みたいな見た目で、目の前でビルに絡み付いている。

敵エイリアンを倒したらあの吸盤が着いているところも壊れそうだな。

まあ、魔法少女の会社から補填金出るから許してほしい。


「兄さん…」

直人くんが期待した目でミサキさんを見守る。

多分変身待ちをしてるんだろう。

ミサキさんは少し深呼吸して覚悟を決めたように、いつものゴテゴテ魔法少女ステッキを取り出した。

とうとう…とうとうミサキさんが変身を!?

私より長く魔法少女をしているくせに温泉地巡りしかしていなくて魔法少女として戦ったことのないミサキさんが!!

ある種の感動と共にミサキさんの変身シーンを見守る。




「温泉地の湯船最高!!お酒もあるとなおよし!」

「掛け声ーーー!!!」

自分に!!正直すぎる!!!

三崎兄弟は自分の欲望に正直すぎる!!!

もう少し自重して!!!


ミサキさんは温泉推しということで青・水色タイプの魔法少女だった。

さらりとした水色のボブヘアに浴衣をモチーフにしたのか和装っぽい姿に頭につけた青い蝶の形をした組紐と同じ形の小さな組紐が衣装に取り付けられており、長袖と足元まで浴衣で隠されている衣装のせいか大きく動くとちらりと見える手足が悩ましい。


浴衣のデザインが徳利柄なのはチャームポイントとしておこう。

そうしよう。




「兄さん!かわいいです!最高です!」

直人くん、その一眼レフどこから出したの?

「大丈夫です!動画はドローンで撮影しています!」

聞いてもいないその情熱、魔法少女にも向けてほしいな!


「とりあえず、私達も変身して戦おうか」

「そうですね!撮影会しなきゃ!」

「違うからね?敵の悪のエイリアンを倒すのがお仕事だからね?撮影会はそのあとにしてね?」


直人くんを説得し、お互い魔法少女の変身ステッキを天に掲げ本音と共に魔法少女に変身する。

「魔法少女のこんちきしょーーー!!」

「兄さん!大好きーーー!!」

ミサキさんのこと言えないくらい私達の掛け声もひどかった。

でも本音を叫ぶことも大切だよね!


「魔法少女のリア、華麗に見参!」

「兄好き∞のナオ、華麗に見参!」


二人揃ってびしっとキメたのをミサキさんから死んだ目で見られた。

「ほらほら!ミサキさんも登場シーンキメてくださいよ!ミサキさんの格好いいとこ見たいなー!」

「そうですよ!!兄さんの登場シーンが魔法少女としての兄さんアルバムの一枚目にする予定なので、びしっとお願い!」

私はともかく、直人くんに言われると弱いのか渋々敵に向かおうとしていたのをこちらに戻ってきて謎のポーズをしてくれた。


「温泉地最高!ミサキ!華麗に見参!」


やっぱそうなるよねー。わかってた!期待もしてなかった!


三人揃うと、というかミサキさんに格好いいところを見せたい直人くんがめちゃくちゃ頑張った。すごく頑張った。

ブラコンすごい。


そのままの勢いであっさりと敵は倒された。

吸盤が着いたところはやはり破壊された。

ごめんよ、罪もない人々とビル。

魔法少女の会社から補填金が出るから許して。

エイリアン保険に入っていたらそこからも保険金出るかもしれないし。

悪いのは悪のエイリアンだけど。


さて、終わったし帰るかーと変身を解いて三崎兄弟を振り向くと撮影会が始まっていた。


ミサキさんが直人くんに様々なポーズをさせられていた。

中身がミサキさんといえど照れた美少女魔法少女かわいい。中身がミサキさんといえど。

「私も一枚いいですか!?」

どさくさに紛れて一枚撮った。




しかし、この兄弟に地球を任せて転職活動して大丈夫かな…。

そんな一抹の不安があったのも事実だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る